表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/36

本気&不安&悪ガキ

畳が何十と敷き詰められた和室。襖には鮮やかな水墨画の虎と龍が争う姿が描かれている。

その部屋にいる二人の間には気まずい空気が流れている。一人は体の半分が火傷で覆われ、さらにその上に入れ墨が彫り込まれている。

火傷と刺青の少年は畳の上に寝転がりながら、水槽天井を眺めている。今では珍しい形式のものだ。


澄み切った水の中を優雅に泳ぐ鯉や金魚達。見ているだけで涼やかな気持ちになる。

しかし少年は不機嫌そうに、隣で正座している奥手そうな少女に目を向ける。

凜道都子、極道の一人娘という肩書を持つ。少年は氷川露木、将来マフィアのボス予定である。


二人は魔法使いの弟子という事件において知り合った。ただし仲が良いわけではない。

氷川露木という少年は裏世界でも表世界でも大暴れした経歴を持ち、また目立つ外見をしている。

そのため匿っているのが広い屋敷を持ち、裏社会からも守れる凛道組で預かっているのだ。


期限は氷川露木と他の弟子達がマーリンというアンロボットを助けるまで。

その後はイタリアのマフィアへと移動する予定だ。引き取り相手はアントニオ・セレナ。

アントニオ・セレナは諸事情から男として育てられた少女で、かつては凜道都子の旦那候補だった。


だがアントニオ・セレナは力のある人材と結婚するために、日本に来ただけであった。

今は氷川露木の目的を優先にしており、それが達成され次第イタリアから迎えに来る。

凜道都子は早くその時が来てほしいと願う。正直な話をすれば氷川露木が怖いのだ。


熱を操る能力者である氷川露木。裏社会で盗みや殺人も行ってきた。

生きるためか、死ぬためか。与えられた能力で好き勝手してきた相手。

自分と同い年のように見えるのに、辿ってきた人生が違いすぎるが故の畏怖。


そんな凜道都子の態度が氷川露木は気に喰わない。

明らかに怯えた様子を隠そうとしない。気弱な姿はこれから極道の一員として育っていく姿には見えない。

自分の運命を受け入れられないくせに、死ぬほどの気概も見せない。優しい世間に触れすぎた少女だ。


「お前さぁ、十五になるまでに結婚相手を見つければ極道と縁が切れるって、本当に信じてるのか?」

「そ、それ以外に私が打てる手は……」

「あるだろう?この家を捨てる、焼き払う、親を殺す、警察に実家の悪の部分を晒す」


密やかに吹き込むような話し方をする氷川露木。その内容に凜道都子は目を見開く。

確かにそうすれば簡単だろう。だがそれは非道な話であり、育ててきた両親や組の者達に迷惑をかける話だ。

あり得ないと首を勢いよく左右に振る凜道都子。その顔は青く、氷川露木は溜息をつく。


「だから竜宮健斗を逃げ場所にして安らいでるわけだ。可哀想な奴」

「わ、私は可哀想なんかじゃ……」

「お前じゃなくて逃げ場所にされている竜宮健斗のことだ。本気で好きと言えない奴に、依存されるなんて同情するね」


鼻で笑いながら氷川露木は凜道都子に背を向けて寝転がる。凜道都子は言い返す言葉が見つからずに俯く。

すると襖が綺麗な音を立てて開かれ、何人もの凶悪顔の男達が部屋に乗り込む。

一斉に氷川露木を取り囲み、刃物を見せるまではいかないが指を鳴らしたりなどして視覚的な脅しを向ける。


「おんどりゃぁ、お嬢に失礼な口を聞いてんじゃねぇぞホモ野郎!」

「イタリアの伊達男に尻尾を振ったと思ったら、お嬢に噛みつくなんて躾のなってねぇ居候じゃねぇか!」

「お嬢、安心しなされ。わしらの全力を持ってこの男には厳しく……」


「静まって。大事な御客人だということを忘れたの?」


静かな声だったが、それだけで男達は言葉を止めて少しでも動こうとしても足が竦む。

十代の少女とは思えない、普段は表に出さない堂々とした態度。いつもの凜道都子を知っている者だったら驚くことだろう。

しかし氷川露木はその正体を居候を始めてから数日で知ったので、今更驚くなどと特別なことはしない。


ただ溜息を再度吐き出すしかない。使い分ける器量を持ち合わせているくせに、自信のない性格で誤魔化す。

そして一般生活を過ごしている少年を逃げ場所にして、相手に理解されるまで好きと言えないまま時間を費やしていくだけ。

進むべき道から目を逸らして、だからといってどこに進もうか決まっていない。氷川露木からしたら苛つくしかない。


氷川露木は幼い頃に誘拐され、気付いた時には家庭は崩壊。一緒に生活していた魔法使いや弟子達とは別の道に。

最終的にマフィアのボス予定。それに抗う力や意思の強さを氷川露木は持っている。だがあえてそうしなかった。

最悪な人生、だからこそ最悪のまま突き進む。いつ死んでも後悔が残らないような、未練もない最低な生き様。


縋りついただけ辛くなるのは自分だと知っている。だから氷川露木は切り捨てていく。

幸せから、優しさから、思い出から、全て。欲しいのは生きていると実感できるような死の駆け引き。

凜道都子とは逆の生き方。だからこそ文句を言いたくなるのだ。救いを求めてどうするつもりだと。


幸せな一般家庭でも築いて、好きな男性と一生を穏やかに過ごしたいのか。

それとも諦めて実家の極道を継いで、屈強な男共を平伏せるような立派な女組長になるのか。

まさか他の道を探したいと言うのか。なんにせよ決められる道は一つだけしかない。


「わかりました。露木くんがそんなに言うなら、私告白します」

「……は?」

「本気の本気で健斗くんに告白します!そこでケジメをつけましょう!!」


一人燃え上がる凜道都子に対して冷ややかな視線を送る氷川露木。

本人は何度も本気と口にしているが、暗示のようにしか見えない空回りの意思。

好きにすればいいと氷川露木はそっぽを向く。告白が成功するなんて誰も保証していない。


しかしこれで少しでも凜道都子の進む道が塞がるなら、少しは進みやすい人生になるだろうと、軽い気持ちで考えていた。




仁寅律音はフランス映画を字幕で何度も見ていた。他にも日本映画をフランス語訳したアニメなども参考にしている。

ヴァイオリンをやっているため耳には自信があった。だからこそ発音や簡単な単語を身に着けるために鑑賞している。

参考書で見るフランス語は基本ではあるが、日常で使うものではない。そう教えたのは仁寅律音の母親である仁寅薫子だ。


例えば英語の教科書で教わる、これはペンです、なども基本ではあるが、日常では滅多に使わない。

また文字だけでは独特のイントネーションや発音が理解し辛い。一番手っ取り早いのは状況に合わせた発音や単語の意味。

先生は英語でティーチャーと教わるが、映画などで見ると校長先生など威厳の強い人はプロフェッサーと呼ぶこともある。


このように学校の英語は基本で重要な物であるが、すぐに使えるものではない。

しかし仁寅律音は一年以内にフランスへ音楽留学の予定が入っている。基本を一から学んだのでは時間が足りない。

だからこそ実践的な方法を仁寅薫子は勧めた。他にも楽譜の読み方や授業の評価方法、有名な歌劇のフランス語の日本語訳付き本を読ませている。


あとは辞書を片手に意思の疎通を図るアドリブも鍛えていきたいところである。

いくら効率的な方法だと思っても全く違う環境に身を置けば、いつも通りの行動などほぼ不可能である。

言語も文化も違う場所に息子を見送る。そのために自分ができることをしようと仁寅薫子は張り切っていた。


だが仁寅律音の表情は冴えない。今も窓から空を眺めては意識をどこかに飛ばしている。

意識は近々訪れるであろう事件、その原因。全てが揃っているという幸せしかない世界。

それを聞いた時から仁寅律音は落ち着かない。そこには父親が生きていて、自分の家族が幸せなまま生活をしているのだろうか。


母親は正気を失うこともなく、自分を父親と間違えることもしなかったのではないだろうか。

そうだとしたら父親の振りをして十年間耐えてきた自分の人生はなんの意味があったのか。

気が狂いそうなほどの日々と、そんな自分を救ってくれた仲間達との時間は消えてしまうのだろうか。


「どうしたの、律音?映画を止めて少し休憩する?」

「あ、いや、大丈夫だよ母さん。続けて」


心配そうに顔を覗きこむ母親に、仁寅律音は笑顔を向ける。

作られた笑みではなく、心の底から母親を心配かけまいとする笑顔。

母親は深く追及せずに改めて映画の続きを再生し、フランス語の実践的な使い方を教えていく。


それを聞き流しながら仁寅律音は思考に這い寄る不安に目を向ける。

幸せだけの世界。まるで苦労してきた全てを高みの見物で笑いものにするような世界だ。

なのにとても魅力的で、確認したくなる。一回でも不幸を感じたことがあるから、尚更に。




神社の境内で袋桐麻耶は箒を片手に、葛西神楽と紙を丸めたボールで野球の真似事をしていた。

飛んでいくボールを受けとる係りが音波千紘と筋金太郎、そして駿河瑛太だ。

掃除のことも忘れて勢いよく箒を振りかぶった袋桐麻耶、力強く投げられた葛西神楽の紙ボールははるか空、ではなく神社に向かうための階段下に。


「まぁあああやぁああああああああああああああ!!!このクソガキ共、全員頭丸めて反省じゃぁあああああああ!!」

「しまった、クソジジイだ!逃げるぞ!!」

「瑛太が姿を消す能力を使えば……」

「俺には効かないんだっちゅーのぉおおおおおお!!!」


階段下から聞こえてきた声は、救急車のように近づくほど音の質が変化していく。

バリカンが電動音を迸らせているのがわかった音波千紘は、本気かと嫌そうな顔をする。

今はお面をかぶっていない駿河瑛太の顔は蒼白で、自分の両手で頭髪を保護しようとしている。


新しい語尾をつけ始めた葛西神楽は袋桐麻耶よりも早く逃げ出す。能力を無効化してしまう能力の弊害で、早く逃げなくてはいけないのだ。

そのことに気付いていた上に、おそらく一番の標的は自分であろうと理解している袋桐麻耶も素早い。

戸惑う駿河瑛太の背中を押すのが音波千紘で、筋金太郎は殿として最後尾で走っていく。


近付いてい来る嫌な予感も気付かずに走り回る五人組の少年達。その顔は焦っているが、どこか楽しそうである。

悪ガキを追いかける袋桐麻耶の祖父も、変わらない日常に笑みを見せる。だが両手にあるバリカンが容赦しないと物語っている。

そして始まる神社の鬼ごっこは悪ガキ五人が逃げ切ったことにより、誰も頭を丸めずに済んだというオチがつくのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ