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いつかを夢見るアンドールの大会

皆川万結に連れられてやってきたのはアンドールの大会、フラッグウォーズが開催されている遊戯ドーム。

中には椅子の形したメンテナンス機械に多くの子供とアンドール。中には狭間進歩のように流暢に喋るアンドールも。

流暢に喋るアンドールはアニマルデータがインストールされた証明で、その数は以前とは比べ物にならないほど増えていた。


アラリスも画面越しに賑やかな子供達の様子を眺めて、少しだけ名残惜しそうに見ている。

かつてアダムスと過ごした日々、参加できたフラッグウォーズは一回だけ。しかも憎しみや計画、思い出すのも苦しいほどの感情に突き動かされていた日々の中でだ。

自分勝手に動いて、誰かに殺意を抱いて、友人であるはずの笹塚未来に見放されるほどの愚かな自分のせいで窮地に追い込まれた。


いまや最強のウィルスであるAliceとデータが融合してしまい、データの世界で自由に動き回れる力を手にしてしまった。

しかしどんなに強くなっても、フラッグウォーズは人間とアンドールのコンビによる大会である。アラリス一人では参加できない。

誰かと一緒に、その価値を知ったアラリスから見たら、笑いながらアンドールと走り回る子供達は眩しかった。


今も金龍のアンドールを抱えてせわしなく首を動かす皆川万結という少女が眩しかった。

すぐにでも大会に飛び入り参加しそうな勢いでまだ短い脚を動かして走り出す。


「え?大会受付もう終了したよ」


DJアイアンもとい信原鉄夫にそう言われて皆川万結は子供らしい愕然とした表情をする。

フラッグウォーズは朝早くから参加受付を行い、昼前には締め切ってしまう。

周囲が昼ご飯のお弁当を食べている最中であるため、信原鉄夫も手作り弁当を食べている。


ちなみに信原鉄夫は竜宮明美という同じ大学の女性と付き合っており、手作り弁当の作成者は彼女である。

ただし卵焼きには卵の殻が混じり砂糖多すぎの糖分過多、食感は最悪と言える仕上がりである。

さらには梅干しおにぎりはハート形だが、梅干しが三個以上含まれている。しかし信原鉄夫からすれば彼女の手作り弁当というだけで、最高の食事である。


「まゆ……でれないの?」

「こ、こればかりは専属実況の僕には……そうだ!霧乃ちゃーん」

「うぃーす、呼ばれて飛び出てじゃじゃのじゃーん、外見美少女アイドルで御堂霧乃ちゃん参上だぜ、ベイビー★」


七段重箱の三段目に詰め込まれたおにぎりを頬張りながら、御堂霧乃が声に呼ばれて近寄ってくる。

御堂霧乃はフラッグウォーズの発案者の一人として進行役をすることが多く、今日も信原鉄夫と盛り上げるために裏方で働きまわっている。

見知った顔を見て皆川万結は顔を明るくするが、御堂霧乃は大会運営の一員として断言する。


「時間厳守。大会規定、いわゆるルールにも書いてあるから、知り合いでも特別扱いはなしだぜベイビー」

「そんなぁ……ベイビー」


まだ幼い皆川万結はすぐに他人の影響を受ける。今も御堂霧乃の影響で語尾にベイビーをつけるのを無意識でしている。

デバイスの画面の中ではアラリスが珍しい組み合わせと会話内容に苦笑いし、狭間進歩は落ち着きのない様子で皆川万結の腕の中で首を動かしている。

信原鉄夫としてはこんなに幼い少女の悲しむ顔を見るなら参加させてあげたいが、立場が上の御堂霧乃が駄目と言うならそれに倣うしかない。


「どうせ来月にも再来月にも大会はあるんだ。今は全国大会目指して体制も整えているところだし、気長に待ちなよ」

「そうそう。もし万結ちゃんが参加したら熱い実況するからね!約束するよ」

「じゃあ、ゆびきり」


信原鉄夫の約束を確かな物として実感するため、皆川万結は小さな小指を差し出す。

それに笑顔で応じて信原鉄夫はお決まりの歌をリズムよく歌う。

ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼん。


それは誰もが知っている約束の歌で、狭間進歩は体が震えそうになった。

かつて青い空が夕焼けで赤く染まる時間、幼馴染の少女とした約束を思い出す。

南エリアの海よりも大きな海に行こう。叶えられなかった、データだと知らなかった、幸せの日々。


幸せな一週間。消えてしまった世界。その思い出が美しくなればなるほど、狭間進歩は苦しむ。

作られた幸せ、電脳によって再現された仮想世界、データ上の登場人物である自分。

どんなに願っても取り戻せない終わってしまった時間。もう少し早く一歩踏み出せば、何かが変わったかもしれない瞬間。


思い出して、何度も繰り返して後悔する。終末の黒に呑み込まれていく最中、目の前で笑って消えた少女が忘れられない。

幸せなまま消えた少女、ゆびきりをして約束したのに守れなかった無念。何度も振り向いて、目の前が見えなくなる。

全て忘れて皆川万結のアンドールとして可愛がられたら全て解決するのに、受け入れることができなかった。


「ムーくん?やっぱりぽんぽいたい?」

<いや……痛くない。大丈夫だ>


皆川万結に声をかけられて、はっとして狭間進歩は思わず素っ気なく答えてしまう。

優しい声は狭間進歩の心を癒すことはない。アンドールの体は痛みを感じないはずなのに、錯覚しそうなほど胸の辺りに内蔵された動力部が激しく稼働する。

頭にあるCPUも熱を持ち、思考を鈍らせていく。狭間進歩は思う、全てデータの代用品である自分が痛みを感じるのも、データ上の構造ではないかと。


優しくされて嬉しく思うのも、思い出しては悲しくなるのも、なにも考えたくないと自暴自棄になる気持ちも。

全てあらかじめ作られたシステムで、本当の自分はどこにもなくて、ただ与えられた情報に対応するデータを引き出しているだけではないのかと。

人間だと思っていた頃なら馬鹿な考えだと鼻で笑えた。しかし今はデータだと自覚しているため、無視することができない。


「……きょうはかえる。てつおおにいちゃん、きりのおねえちゃん、またね」

「ああ、またね」

「気を付けて帰るんだぞー、なにかあればこの美少女に相談していいからなー」


信原鉄夫と御堂霧乃に見送られて、皆川万結は帰り道を歩いていく。

人の雑踏は幼い少女から見たら動き回る壁のようで、同じ視線で眺めている狭間進歩からしたら自分に襲い掛かる驚異のように見えた。

だが少女は慣れた足取りで雑踏の中を歩いていく。川に流されるような淀みのない動きだ。


狭間進歩はそれを見て、全て忘れて流されるまま身を任せてしまおうかと考えた。

自分自身がデータの塊なら記憶除去、いやデータ消去は容易いはず。

これ以上自分を好いてくれる少女を困らせるくらいならそちらの方がいいかもしれない。


東洋の龍、蛇みたいな体なら流れに乗るのも、らしい、と思えた。

思い出してもどうしようもない過去を振り返って苦しむくらいなら、忘れてしまおう。

あの暑い上に透き通るような青い空も、幸せな日々も、天まで伸びるエレベーターのことも、約束のことも、友達のことも。




大切だと思っていた一週間全てを捨てよう、と思った矢先。大きな鐘の音が鳴り響いて、狭間進歩の意識を別方向に向けさせた。




そこは中央エリアにある公園の一つで、NYRON中に鐘の音を響かせる時計台が聳え立っていた。

狭間進歩の記憶ではそこには宇宙エレベーターがあったはず。だが実際に目の前にあるのは少し古びた塔だ。

五階くらいの高さで、もし階段を上るとしたら息を切らすだろうと思う高さだ。


「へへー。ここね、かいりおにいちゃんが好きな場所なんだって」


照れたように笑う皆川万結は金龍のアンドールを精一杯持ち上げて、時計台が見えやすいようにする。

そこで起きた様々な事件を皆川万結は知らない。子供達が必死になって行動した、最初の場所。

裏切りがあった、葛藤があった、諦めがあった、それでも誰かを信じて階段を駆け上がった子供がいた。


だから瀬戸海里は時計台が好きだった。複雑な思いはあったが、ここが最初だと感じるほど強い気持ち。

皆川万結にここで起きたことを知らせていないのは、まだ瀬戸海里自身もどう説明していいかわからないことだからだ。

色んな巡り合わせが絡まって、誰かを想うからこその暴走があって、それらを幼い少女に教えるのは難しいことだ。


だからこそ瀬戸海里は中央エリアの時計台に関しては、大切な場所としか伝えていない。

皆川万結は地底遊園地で助けてくれた大好きな恩人の大切な場所ということに、同調して、自身も時計台を好きになった。

鳴り響く鐘の音はどこか寂しげで、空まで届くかと思ったら途中で消えそうな不安も残る響き。


それでも皆川万結と狭間進歩、まだデバイスの画面の中にいたアラリスにはその音が届く。


「ムーくんもすきになってくれたらいいなとおもってね、つれてきちゃった」

<……>

「あれ?きらい?もしかしてかねのおとうるさい?」


慌てはじめる皆川万結に対して狭間進歩は首をゆっくり左右に振る。

さっきまで考えてた恐ろしい考えを吹き飛ばす轟音、それは意図せずに狭間進歩の何かを揺らした。

何かとは、体かもしれない、心かもしれない、魂かもしれない、データかもしれない。


だけど狭間進歩にとって、そんなことはどうでもよかった。


<万結……ごめんな>

「どうしたの?」

<俺、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ>


忘れたくなかった。例え偽りの幸せしかない作られた世界だとしても。

忘れたくなかった。幼馴染の少女とした約束から始まる来週の予定を。

忘れたくなかった。主人公になって世界を救おうとした自分の意思を。


そのためには目の前で自分を気にかけてくる少女の期待を裏切るしかない。

体が張り裂けそうなほどの苦しみが襲い掛かる。それでも狭間進歩は決意した。

もう一度、あの青い空の下に戻ろうと。その選択肢を待っていたであろう画面越しのアラリスに話しかける。


<アラリス、頼む。手伝ってくれ>

<はいはーい。了解したよー、でも本番まで時間はあるからね>


そう言って画面から姿を消すアラリス。おそらくネット通信の波に乗って、会議場と呼ばれるスーパーコンピュータに戻ったのだろう。

皆川万結は何かを感じ取ったのか、少し悲しそうな顔をしつつも笑顔で問いかける。


「ムーくん、なにをしにいくの?」

<大切な約束を叶えに行く>

「……そっかぁ。それまでは一緒にいてもいいんだよね?」

<ああ。それまでは、一緒に楽しい時間を作ろうな>


狭間進歩は置いていくであろう少女が、自分がいなくなっても笑い続けてくれるように、楽しい思い出を作ってあげようと思う。

完璧な幸せを与えることはできないけど、全てがデータの自分だけど、幼い少女が進みつづけられるような記憶を。

いつか大人になって、一度だけでもいい、自分を懐かしんでくれて微笑を浮かべられるような幸せを。


その代り皆川万結には辛い思いをさせてしまうだろうということも、狭間進歩は理解していた。

今日、信原鉄夫とした約束を皆川万結は守ることができない、という苦痛を与えてしまうだろう。

だからもう一度だけ狭間進歩は心の底から謝る。それがデータだとしても、皆川万結の魂に届くように。


<ごめんな。そして俺を励まそうとしてくれて、ありがとう>

「いいの。ムーくんが、ともだちがげんきになるなら、まゆはなんだってできるんだよ」


腕の中にあるぬいぐるみのようなロボット、アンドールを皆川万結は強く抱きしめる。

限られた時間を背後に感じて、それでも最後まで涙を見せないようにと決意する。

友達が、狭間進歩が自分のことを思って笑ってくれるように。絶対に辛い思いをさせないために。


お互いを思いやる二人は、生まれた世界は違っても、存在自体が異質であっても、確かに通じ合った。


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