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終わらない一週間と、終わり続ける一日

『皆さんおはようございます。本日は世界滅亡まであと一週間、暑い日が続きそうです。最後の良い月曜日を』


狭間進歩が気付いた瞬間は、朝食を食べ終えて呆けていたところだった。

金管楽器がけたたましいBGMを背景にニュースキャスターは面白くない冗談を告げていた。

暑さ以外の要因で流れる汗が頬を伝う。今日はいつもの五人で夏休みの宿題用に虫取りをする約束だった。


戻ってきた。青い空が頭上を押し潰すように広がっている、流川綺羅が望んだ幸せな世界に。

ぬいぐるみのような体ではなく、一番自分が動きやすい少年の体。広い家の中に外から響く蝉の声が掻き消えていく。

家が静かなのは、土曜日まで家族の存在を気にしなくていいからだ。土曜日は地底遊園地に家族と一緒に出かける約束がある。


しかしそれを気にしないまま同じことを繰り返せば、日曜日には全て消えてしまう。狭間進歩は二度も生き残ると考えるほど楽観的ではない。

流川綺羅との約束を無視して確かめなくてはいけないことがある。そう思っていつものサンダルを履いて玄関の扉を開けた。

だがそこには学校の前で待っているはずの海林厚樹がいた。その顔は悔しそうに歪められている。


「あ、つき……なんで?」

「すまない。進歩」


それだけを告げて海林厚樹は背を向けて歩き出す。その先には笑顔で待っている花山静香。

懐かしい顔ぶれに狭間進歩は感動で泣きそうになった半面、違和感を感じて思考を整えようとする。

海林厚樹の行動は明らかにおかしい。なのに花山静香はいつも通りといった様子で、早く待ち合わせ場所に行こうよ、と誘ってくる。


もしかして流川綺羅が望む形に構成された世界だから、データもその通りにしか動けないのか。

例え反抗の意思を持った所で、他のデータ達で整合性を取る仕組みなのかもしれない。だとすれば二人は世界のために動いているようなものだ。

狭間進歩はそれでも会いたかった二人に無理矢理背を向けて走り出す。慌てた声で声をかけてくる花山静香に見向きもしない。


確かめなくてはいけない。誰がこの青い世界にやって来て、どんな光景を見つめているのか。

幸せを享受するのか、振り払うのか、それとも間違ってると叫ぶのか。走り出したら足は止まらなかった。

熱く輝く陽射しは足元を照らす道筋ではない。本当に必要なのは狭間進歩が受け取った物の中にある。


海林厚樹は笑っていた。自由にならない体と、自由を与えられた意思。相反する二つの要素で苦しんでいた。

狭間進歩は違和感を読み取っても、そこまでは気付いていない。だから二人を置いて走り出すことができた。

無表情になった花山静香に海林厚樹は悪役のような笑みを浮かべて問いかける。


「なぁ、どんな気持ちだ?」

「貴方が満足する答えは持ち合わせていません。ただ予定通りではあります」

「そうかよ」


それ以上の会話を海林厚樹は諦める。システムエッグの設計図や演算システムをコピーし、流川綺羅の記憶から構築した花山静香の中に保存した存在。

仮の人格を得ることである程度の受け答えや発言ができるようになったが、自分の意思などない。全てはジョージ・ブルースの思うがまま動く人形だ。

海林厚樹の前では隠さなくなったが、狭間進歩の前ではまだ花山静香のつもりで行動すると決めたようだ。確かにそちらの方が狭間進歩は戸惑うだろう。


約束した少女と同じ姿と声と人格を持った、青い血の操り人形。この事実を知るだけで狭間進歩は大いに揺らぐ。

もし狭間進歩が主人公として成就する時にはこの秘密を大いに活用するのだろう。守るべきヒロインが倒すべき敵の駒である状況。

その時の狭間進歩の苦悩も判断もデータとして収集し、自分のためだけに使う。ジョージ・ブルースが狙うのはやはりそこなのだ。


「どうやらここで決めるようです。何度も繰り返された実験の結果を。時間進行がわずかに現実と呼ばれる世界に近づきます」

「……お前は、いつからお前なんだ?」

「私はこの世界が始まる前にすでにコピーされました。始まると同時に花山静香となりました。オリジナルには劣りますが、全ての結果をもとにある程度の成果を予測できます」

「俺よりもこの世界の繰り返しを体験した、ということでいいのか?」

「肯定を返します。ただしシステムエッグのコピーをデータとして保存しているだけで、花山静香として過ごした記憶のほぼ全てを日曜日には消去しています」


青い空を見上げる花山静香の頬には汗一つ見当たらない。少しだけ日に焼けた白い肌が赤くなりつつある。

蝉の声が熱い空気を唸らせて、耳の奥まで鬱陶しさを届けてくる。本来ならこれも三ヶ月程度で終わる夏の風物詩である。

しかし海林厚樹はそれを数十倍の期間味わっている。ただし花山静香の全てを借りた彼女はそれ以上の全てを味わっている。


無機質だと感じた表情に親近感がわきそうになって、海林厚樹はこれ以上の感傷は避けようとした。

花山静香として過ごした記憶のほぼ全てを忘れたというのなら、この暑苦しくも幸せで塗り固められた日々も消去したということだ。

今更同情したところでジョージ・ブルースの手先である限り、花山静香に生き残る道はない。


「一つ、困ったことがあります。既に報告済みですので、貴方に話しても問題ないでしょう」

「なんだよ、狭間進歩が戻ってきた。新しく作り上げた狭間進歩は消えて、お前はあの約束も忘れたんだろう」


狭間進歩が花山静香と火曜日にした小さな約束。南エリアの海よりも大きな海に行こう。

それはジョージ・ブルースの策略によって、消えたはずの代行品である狭間進歩が戻ってくることによって、一時的に保存していたが破棄する流れとなっている。

だから海林厚樹は今回の月曜日が始まった際、花山静香に約束を覚えているかと確認していない。確認する必要もなかったからだ。




「その約束ですが、バグとなって消去不能となりました。どうやら貴方が何度もこのデータを検索照合したことにより、不都合が起きたようです」




予想外の返答に海林厚樹は息を忘れてしまった。花山静香は冷静な顔ながらも、少しだけ眉根を寄せているように見える。

確かに何度も確認した。鍵になると信じて、使い続けたからだ。それも花山静香から情報を聞き出せた時点で終わったと思っていた。

それがどうやら消去する際にゴミデータとなってブロックがかかってしまい、忘れることができなくなったらしい。


「しかしこの約束を私が覚えていたところで、なにも変わりません。彼を動揺させるには、私の口から忘れたというだけで充分です。もしくは私が花山静香ではないと告げるだけでもいい」

「それでも覚えているんだな。あんな小さな約束を」

「ええ。どうやら流川綺羅が花山静香を構築する際に狭間進歩と強く関連付けるため、必要な要素となってしまったようです」

「綺羅が?そういえば俺達は公式の記録と流川綺羅の記憶から構築されてるとあったが……」

「狭間進歩と花山静香を構築する際、最も強い記憶を貴方に教えましょう。抗えない貴方に贈る絶望、とジョージ・ブルースは笑っています」


視界だけでなく脳内まで映像が飛び込んできたような衝撃。鈍痛がするかと思ったが、映像が一瞬で終わったことにより痛みを感じる暇もなかった。

映像ははっきり言えば見ていい気分がするものではない。それでも確かに重要な意味を持ったそれを、海林厚樹は何億と世界を繰り返した中で初めて知ることができた。

花山静香は無駄のない動作で立ち上がり、流川綺羅と約束した学校の校門前に向かう準備を始める。海林厚樹も行動を制御されているため、それに従うしかない。


「さらに追い打ちをかけますと、この世界に赤い血の子供達が数人やってきました。その中で竜宮健斗は予定通り罠にかかりました」

「おい、待てよ!主人公の要素として竜宮健斗の記録データを取り入れたとあるのに、せっかくの素材を捨てる罠を仕掛けたということか!?」

「そうです。理由は簡単にジョージ・ブルースは彼が大嫌いなんです。殺したいくらいに。なによりあれはこの世界にきっと適合できません」


優しい世界、幸せな世界、完璧な世界。多くの子供達が渇望してやまない世界であることを、海林厚樹は知っている。

そんな場所に適合できない、という意味を計り損ねる。なぜならそれは、厳しくて、不幸な、不完全の世界が素晴らしいと感じるのと同じだ。

花山静香は海林厚樹に背を向けたまま、何の感情も込めずに答える。それは青い空に吸収されることもないほど小さな声だ。


「彼が一番帰りたい場所は、ここじゃない」






その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの東エリアでそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


綺麗とは言い難いが、あまり汚れてない水が流れる河原。そこで崋山優香と一緒に相川聡史に会いに行ったのだ。

音楽を聞いていた相川聡史は少し遠くから声をかけても気付かなかったので、近づいて肩に手を当てて着いたことを知らせた。

揺れるイヤホンのコードと最新の音楽プレイヤーはどこか見覚えがあって、イヤホンから漏れ出る音は聞いた覚えのある曲。


相川聡史がイヤホンを外さないまま振り向いた瞬間、両足の筋肉が内側から弾けたらしく、皮が裂けて血が噴き出る。

そのまま倒れていく体を受け止めることもできずに竜宮健斗は立ったまま動けなかった。忘れられない、ある光景に酷似していた。

時計塔の事件の際に相川聡史が竜宮健斗達を裏切り、その決着をつけた時に起きた現象だ。シンクロ現象による負荷に人体が耐えられなかったものだ。


ただしその時相川聡史は骨まで見えるほどの負荷を受けたわけではない。音楽プレイヤーもこの河原で捨てたまま、誰も拾い上げていない。

何故いまさらこんな思い出を引きずり出されるのか。しかも一番最悪な形による再現以上の悪質な何か。

血によって赤く染まっていく砂利とは反対に、相川聡史の肌は不気味なほど白くなっていく。魂が抜け落ちて、エネルギーがなくなったロボットのように動かない。


叫び出しそうになる一歩手前、テレビ画面の砂嵐のように視界が荒れて、途切れた。




その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの南エリアでそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


火葬も施すキリスト教の宗派による、葬列。黒い服の人々が顔を下に向けたまま歩いていく。

崋山優香と一緒に籠鳥那岐を遊びに誘いに来たのだ。それなのに墓場に向かって進んでいるのは、なぜだろうか。

白い花と黒い服、灰色の墓石が寸分の狂いもなく綺麗に立ち並んでおり、それが逆に薄気味悪かった。


色味のない視界の中、一際輝く物を見つける。曇り空まで突き破りそうなほど燃え上がった火葬用の焚火。

綺麗な顔した少女が硝子の棺桶に入って眠っている。その傍を籠鳥那岐が寄り添っている。

棺桶を運ぶ人々の動きは機械的で、止まることなく少女の棺桶を火の中へ投じる。


籠鳥那岐はその棺桶に手を伸ばしたまま、火の中へと入っていく。

黒い手袋をしていた両手は、酷い火傷で真っ赤になる。水ぶくれが皮膚を醜く歪ませていく。

それでも籠鳥那岐は止まらずに、ついには全身を火の中に潜り込ませる。赤い輝きの中で黒い人影が踊っている。


確かに籠鳥那岐は大好きな少女の葬儀の際に、両手を火の中に入れて火傷を負っている。

だが周囲の人間に止められて、全身は入っていない。そもそも全身を入れたら焼けるショックで死んでしまう。

目の前で燃え上がっていた火は、薄暗い雲から零れ出た雨によって消えていき、残ってたのは触れば崩れる黒い炭だけだった。


事態を受け止める前に、またもや視界が切り替わろうとして一瞬停止する。




その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの西エリアでそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


白い楽譜の紙飛行機が飛んでくる、心地よいクラシックが流れる家。

クラシックは最初子守唄のように優しい曲が、魔王という曲に切り替わる。弦が引き千切れそうなほど削るようなヴァイオリンの音が耳に届く。

嫌な予感がした竜宮健斗は、崋山優香を置いて走り出す。いつの間にか紙飛行機は風に乗ることもなく、家の庭に死んだ鳥の群れのように横たわっている。


芝を覆い尽くすほどの白い紙飛行機の上に、一人の少年が頭から飛び降りていく。床に落ちた無気力な人形のように、関節がおかしい方向へと曲がった。

血は流れていない。ただ明らかに死んでいるとわかるほど、首や腰が折れ曲がっていた。落ちた衝撃で少し浮かんだ紙飛行機が、仁寅律音の死体の上に音もなく着地する。

窓の枠に引っかかったヴァイオリンは、弦が千切れていた。それどころが床に叩きつけたかのように二つに折れている。


仁寅律音は時計塔で飛び降り自殺をしようとした。それを止めたのは紛れもなく竜宮健斗だった。

しかし目の前で仁寅律音は死んでいる。死に顔は苦痛すらもないほど無表情で、どこか安らかそうだった。

流石におかしいと思い始めた竜宮健斗は、ついてきているはずの崋山優香へと振り返った。


視線を向けた先にいた見知らぬ少女に誰と尋ねる前に、全てが暗転していく。




その日はいつもと変わらない日常だった。

NYRONの北エリアでそう思いながら、竜宮健斗は立ち尽くしていた。


触れれば痛いほどの冷たい雪が降るエリアの音もない家の中。崋山優香と遊びに来たが、インターホンを鳴らしても返事がない。

鍵が開いていたので中に入っていけば、玄武明良が毛布に包まったまま本に埋もれていた。エアコンが故障しているのか、まるで冷凍室のような部屋の中で眠っている。

瞳孔が開いた瞳が、青く光るパソコン画面を無気力に映している。そこには猪山早紀が財閥全体を狙った襲撃で、死亡したというニュース記事だった。


玄武明良の手の中には白い錠剤が入った瓶が一つ。半分以上中身が減っているが、新品の睡眠薬だった。

涎を垂れ流したまま動かない玄武明良の頬には一筋だけ、涙を流した跡があったがそれも乾いていた。

生きているとは思えない状況だった。呼吸することすら忘れたかのように、頭の中は真っ白だ。


それでも玄武明良がこんなに簡単に死ぬとは思えなかった。確かに死ぬ理由としては十分だが、なにかがおかしいのだ。

まるで自然な流れのように見せかけた、意図的な殺人を見せられている気分。自分の身の周りを利用した三流以下のミステリやスプラッタを作っているようだ。

今度は違う誰かに縋るように振り返る。そこにはやはり崋山優香ではない、知らない少女が立っていた。


可愛らしいフリルの服を着た少女は、呪いの言葉のように竜宮健斗に伝える。


「これは悲劇で終わり続ける一日」


再び全てが極彩色に塗り変えられていく。背中から落ちていく浮遊感を味わいながら、竜宮健斗は奥歯を噛み締めた。


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