金髪組の恐ろしさを思い知れ、愚民どもぉ!
最初に目的地にたどり着いたのは豊穣雷冠と、彼に姫抱きされているクラカである。
極小の能力行使によって大多数の狼型ロボットを沈黙させたことにより、走るスピードが落ちることなかったのが幸いした。
実際は多数のハズレ部屋、ロボットが待ち構えていた部屋を引き当てたが、それらも全て豊穣雷冠が鎮圧した。
クラカは自動ドアが開いた瞬間に襲い掛かってきた狼型ロボットが、豊穣雷冠の体術、正確には回し蹴りによって部屋に強制的に戻されたのを見ていた。
さらに今後事態が終わるまで開かないようにネット上にいるキッキの兄であるトットがドア開閉に必要なパスワードを操作し、最強ウイルスの力を得たアラリスがロボット達の回線を混乱させる。
一連の滑らかな行動により多くのロボットは戦うこともなく、今頃アラリスによってCPUが暴走して、熱を上げた末に爆発連鎖というのが閉じ込められた部屋で広がっているであろう。
なんにせよ前哨戦は問題なくクリアできたと言ってもいいだろう。クラカは目的の部屋に着いたことにより、豊穣雷冠に降ろすよう要求する。
辿り着いた場所は全体的な指揮を繰り広げられる部屋、指令室だ。ネットによってこの部屋にシステムエッグやジョージ・ブルースはいないが、電脳世界に一番近いと言ってもいい。
クラカは天井を見上げる。地図把握とGPSによって地上と位置関係を照合する。やはりこの指令室の真上に流川綺羅の病室が該当した。
流川綺羅の病室に配置されていた機械の多くは存命ではなく、この指令室と密な接続を継続させるための電子機械である。
電波にしろケーブルにしろ、二点の距離は近い方がいい。近すぎても電波は調子が悪くなるが、遠すぎたら切断が目立ってしまう。
そしてクラカは嫌な予感が当たりそうだと天井を見上げ続ける。地下にしては深すぎると思ったが、どうやら地下も一階構造ではないらしい。
隠れるように配置されている階段が走っている間に見つけたものの、そこを上る余裕はなかった。豊穣雷冠がこれから挑むことを考えると、無駄な力は使わせたくなかったのだ。
しかし二階、もしかしたら三階もあるかもしれないが、その中にシステムエッグが保存されている部屋があるだろう。おそらく流川綺羅と指令室の中間として、真上にあると推測できる。
そして一階とは比べ物にならないほどのロボットが配置されているだろう。もしかしたら狼型だけではないかもしれない。
だがクラカは溜息などつかない。人間に近づけた体であるため、溜息をつくなどといった行動は可能な上、感情を掴むよりも簡単だ。
それよりも優先しなければならないことがあるため、必要のない行動を排除するだけである。小さな西洋人形のように愛らしい姿で部屋の中央に進む。
床から天井に伸びたように見える巨大な筒形コンピュータ。スーパーコンピュータと間違えてしまいそうだが、間近で見れば多くの機械を継ぎ接ぎしただけの構築物だと判断できる。
継ぎ接ぎした機器の中で明らかにはみ出たパソコン画面とキーボード。手動で操作するためにパーツなのだろう。
部屋の前で息を荒げながらも追いついた扇動美鈴の存在を感知しつつ、クラカは下準備のためにキーボードを操作していく。
パソコン画面には文字列が高速で流れていくが、それすらも解析できるCPUを持つクラカには問題ない。必要なのは会議室と呼ばれるスーパーコンピュータとの接続。
扇動美鈴がクラカの素早いタイピングを眺めてから、処理時間を効率よく減らすためにピアノの連弾のように同じキーボードを操作し始める。
お互いに手が触れてしまえば大幅のロストになるが、ロボットと人間でありながら息の合ったタイピングによって、手をぶつけることもなく進めていく。
こればかりはさすがの豊穣雷冠も感心する。未来人とはいえ豊穣雷冠では百年生きてもできないような高等技術である。
「すげー、すげー。さすがアンロボットの祖とクローバー博士原型ってところか?」
「いえ。おそらく私より楓や柊の方が性能的には高いでしょう。しかしあの二人はCPUの多くを戦闘など雑事に回している印象ですが」
「柊さんは戦闘というより家事っぽいですけど。確か悠真さんの身の回りの世話をしていたとか」
「それはクローバー博士が家事一切できない駄目人間だが、開発などは天才なため、家事ができるロボットを作った方が早いと判断したためでしょう」
「一体僕の未来はなにがあったのか……なんかもう思考の使い方が、卵割るの面倒だから全自動卵割り機を作った、みたいなんですけど」
扇動美鈴の例えの使い方が豊穣雷冠にはツボだったらしく、大笑いし始める。あまりにもうるさいので追いついた求道哲也に本の角で殴られるほどである。
ちなみに全自動卵割り機、というのはよく馬鹿にされる案件ではあるが実現が難しい発明でもある。多くの人は自分で割った方が早いと思うだろう。
しかし卵を機械のアームで潰さずに的確にひびを入れて二つの殻に分別、欠片を黄身と白身に混ぜないように皿に移し、殻を捨てる。
この一連の流れを再現するのは予想以上に難しいことである。まず卵を持つ時点で機械の腕では力のあまり潰してしまうため、力調節のプログラミングが必要なのだ。
そこから欠片が発生しないようにひびを入れるための角度調整及びこれまた力調整、皿の上に的確に入れるための認識をインプットするためのカメラや位置調整のシステム。
さらに殻を捨てるためにゴミ箱や捨ててもいい袋を判断させるための学習機能付きの人工知能。完成度の高い全自動卵割り機を作るためにはこれほどの労力と技術がいるのである。
お金や時間の問題も発生してしまうため、多くの人は自分で割るという結論が近道ではあるが、馬鹿にしたものではない。
全自動卵割り機を作るということはロボット、しかも人体に近いロボットを作るのと変わらないのである。着眼点を変えてしまえば、馬鹿げた発想すら大いなる発明への第一歩となる。
しかしクローバー博士のアンロボット使用法が明らかに全自動卵割り機を作ると同じなので、馬鹿と天才は紙一重という言葉は的を得ているのであろう。
会話を続けながらも会議室というスーパーコンピュータとの接続が半ば完成した頃、別の場所で微笑む金髪の美女が一人。
この時代においては扇動岐路や扇動美鈴だけでなく玄武明良も凌駕するであろう才能の塊、青い血に雇われた天才、マスターだ。
自分用にカスタマイズした、他の人間では到底扱えない自作キーボードのキー一つを人差し指で押すだけ。
それだけで扇動美鈴とクラカが進行した作業の半分以上の成果を見せる。もはや魅せると言っても過言ではない。
一秒も満たずに人間とロボットの共同作業をあっさりと超えてしまう。敵に回せば恐ろしいが、味方にするなら現代社会においてここまで心強い存在はいない。
意地悪な笑みを浮かべて、マスターは独り言を誰にも聞かせるつもりもないまま呟く。
「指を咥えて見ているつもりはないが、精々楽しく観戦させてもらおうか」
会議室との接続を感じ取ったアラリスが色味のない無重力空間のようなネット世界において、自分の後ろを振り向く。
ほぼ無制限の力を持つアラリスだが、決定的に事態を変える役割を持っているわけではない。どちらかというと後始末やフォローが大半だ。
金髪のツインテールを揺らして、同じく子供達のために行動している、今はデータ状態の地底人トットへと言葉をかける。
「僕はこれからある準備に入る。これが成功するか否かで大分変るから、君に何かあった時助けられないかも」
「大丈夫だよ、王子様。僕は一度最強ウイルスのAliceに呑み込まれたけど、今はちゃんと生きてるからさ」
「全く安心できない情報なんだけど!?ていうか君一度死んだって聞いたよ!?その際に姉さんらしき人物を走馬灯で見たとか羨ましすぎる!」
「ちょ、ちょっと!落ち着いてよ、というか本題や主旨がいつの間にか王女様に切り替わってるよ、弟くん!?」
外見は金髪少女だが、これはアラリスがデータ構築による外見構成において最近の流行を取り入れたためだ。実際は男性である。
そして奇しくもネットで活躍を続けるこの二人はシスコンとブラコンであり、消失文明や最強ウイルスといった繋がりを持っている。
なんにせよほぼ初対面のはずだが、背後関係のせいか衝突もなく息の合ったコンビネーションを見せる二人だ。
「むっがぁああああ!なんで姉さんはセイロンや地底人ばっかりぃいいいい!たまには僕の夢に出てきてもいいじゃないか、でもセイロンとの結婚式夢オチは絶対許さない!!」
「だから出演拒否してるんじゃ……ま、僕はウイルスに対抗できる力はないけど、それ以外なら役に立てると思うから……」
「一番不安だよ、ネット上なんだから!仕方ない、本当は普通に生きるなら必要ないけど、アンチウイルスセキリュテイデータを組み込んであげるよ」
アラリスは最強ウィルスAliceを取り込んだため、環境に合わせた変化や自分の意思による進化を可能としたデータである。
またウィルスらしく他のデータに干渉し、仕組みを変えることができる。ただしトットの安全性を重視するため、大幅な変化はしない。
トットはあくまでも意識体をデータに変換しているため、変化が大きすぎると生身の体に戻れない可能性があるからだ。かなりギリギリの調整だが、アラリスからすれば簡単なことだ。
ちなみにトットの体は現在地底遊園地で、三人の地底人女性が見守っている。地底世界の文明が築き上げた最新医療技術で、呼吸や影響補給も万全である。
トットのデータである体全体に薄い膜のようなものが貼られる。これによって多くのウイルスは弾ける上に、生身の体に戻る頃には剥がれる仕様だ。
感心しつつもすぐさま会議室へと向かうアラリスにトットは声をかける。どうしても気になることがあったからだ。
「さっき、ムーくん?だっけ。狭間進歩とも言うらしいけど彼との通信で何を教えてあげたの?」
病院地下に入る前にアラリスは狭間進歩から通信を受けていた。皆川万結と別れた後、彼から知りたいことがあると言われたのだ。
今更何を知る必要があるのか、そしてアラリスはなんと答えたのか。トットはどうしても気になっていた。
データの中で最強の知識と力を持つ存在であるアラリス、使い方を誤れば恐ろしいことも容易く実行できる知識も豊富だろう。
もし弟であるキッキに何かあれば、兄であるトットも黙ってられない。だからこそ知っておきたい、不安要素排除のため。
アラリスは大したことではないんだけど、と思いつつもあっけらかんと答える。隠す必要のない事柄であるためだ。
なにより下手に隠してトットに不信感を持たれた挙句、作戦が失敗するのは最悪の愚作である。アラリスはそれが一番怖いのだ。
「データの吸収方法。例えば記憶映像を奪ったりする感じかな?ウイルスである僕しかわからない知識と言えば、そうなんだけど……どのデータでもできるよ」
「狭間進歩はなんでそれを欲したのかわかる?」
「推測だけなら。ま、悪いことには使えないよ。彼の性格ではね」
「そうか、わかったよ。引き止めて悪かったね、頑張って王子様!」
トットはハイタッチするつもりで手を上げる。アラリスもその意思がわかった上で、軽く拳をぶつける。
外見には似合わない行動だが、男である中身を鑑みれば、らしい、行動。勇ましさを感じる力強いハイタッチの亜種である。
そしてアラリスはハイタッチした手とは反対の手で拳を作る。トットは主旨を理解した上で同じく拳をぶつける。
「僕が戻るまでに死なないでよ、地底人兄」
「それはこっちの台詞かもね、女王様の弟くん」
歯を見せて笑いながらお互いを見合った後、二手に分かれる。ネットで自由に動き回れる二人にはやることが沢山ある。
金髪のツインテールを風に乗せるように流しながら、アラリスは会議室へと飛ぶように向かう。同時にマスターからあるデータを受け取る。
それは懐かしくも忌まわしく、しかしアラリス、正しくはアダムスの姉であるクラリスが大事にしていた六つの楽譜から成立する曲だ。
指令室に続々と子供達が集まってくる。入りきらなくて廊下でロボットが来ないか見張る者も出てくるほどである。
そして今にも床に倒れそうな玄武明良と付き添いの猪山早紀が辿り着いたのを確認してから、豊穣雷冠はやっと出番かと首に手を当てて音を鳴らす。
歯を見せて笑う姿は獰猛な獣のようで、それでいてクラカの頭に添える手は不器用ながらも優しい年相応の少年のそれである。
「それでは皆さん覚悟してください。私と雷冠さんの共同作業により、電脳世界に回線を無理やり繋げます」
<会議室からアニマルデータ移動も完了。ただ一瞬もない間に何人が侵入できるかは不明だよ>
「上々です。いざとなったら狭間進歩さんだけで気張って貰えればいいですから」
<わかっている。これは俺が、いや、俺の友達が招いた問題だ。ここまで協力してもらって悪いくらいだ>
狭間進歩である金色の東洋龍のアンドールは、目の前にある筒のようなコンピュータからケーブルを取り出して、口の中にある接続部分に繋げる。
多くの子供達は冷や汗だが、能力者やアニマルデータを持っていない者達は皆不安そうな目で行方を見守る。
かつて苦しめられたある現象が、今では希望に繋がる道筋となった。それでも死に近い体験で味わった恐怖は拭えない。
誰かが生唾を呑み込み、喉が上下した瞬間。豊穣雷冠が荒れた金髪からも電気を放出する勢いで、雷の能力を使用する。
溢れ漲るその力をクラカが制御して、自分自身のCPUがオーバーヒートしないように気をつけつつ、同時行使していく。
電気で動く優秀なCPUを持つアンロボットのクラカと、雷の能力を持つ豊穣雷冠だからこそできる電気信号連結による能力制御。
豊穣雷冠が電気の力を示すボルトとするなら、クラカはそれを加減するアンペアの役割だ。
二人で同時に行う作業は制御された電気によって電脳世界への侵入経路作成だ。力技空けた穴の中に狭間進歩のデータが一番槍として飛び込む。
その姿は金色の東洋龍からどこにでもいる少年の姿に変わっていく。狭間進歩が自分であると認識できる、過去に死んだはずの人間の姿だ。
追うようにセイロンといった消失文明の人間、アニマルデータ達が飛び込んでいく。無理矢理こじ開けた穴は修復しようと狭まっていく。
その隙を逃さないようにアラリスは筒形コンピュータのスピーカーからある音楽データを流す。未来から手に入れた、完成している楽曲。
六つの楽器と六つの楽譜によって構成された、六人の魔女が作成した希望と絶望の両面を持つ壮大な楽曲。
ANDOLL*ACTTION。
完成しているため特別な小細工も必要なく、クロスシンクロが行える。シンクロ現象のように体に負荷がかかることはない。
クロスシンクロはアニマルデータとその持ち主である子供達の意識をデータに変換した後、交換するという行程が選択できる。
交換の意思はアニマルデータ側が決められ、かつてはこのクロスシンクロによって子供達は体を奪われるかもしれない危険に陥った。
しかし遥か過去に金髪の王女が残した言葉が、その危険を破壊した。自らの首を絞める結果となったが、王女は結果に不平を言うことはなかった。
そして今お互いの了承をもって、子供達とアニマルデータはクロスシンクロを実行する。目的は電脳世界に子供達という無限の可能性を放り込むため。
魂がデータとなって体と分離されていく。竜宮健斗は分離されていく最中、意識の中で青年の姿をしたセイロンと対面する。
「あの時と同じことを繰り返すとは思わなかった。だが今はあの時と違う。必ずお前の体を守って、返そう」
「応。頼むよ、セイロン。ついでに俺がいない間、優香も守ってくれ」
「もちろんだ。む?な、こ、これはっ!?」
「セイロン?」
いきなり慌てはじめたセイロンに竜宮健斗は疑問符を浮かべた視線を送る。それもすぐには消えてしまう。
クロスシンクロは葛藤するなら交換時間はかかるが、あらかじめ決めていたのならその速度は段違いだ。
なのでいきなり停止することはできない。セイロンが巧妙に仕掛けられた罠に気付いた時は、クロスシンクロは完成していた。
待機を命じられた地底遊園地のロボット達は、もし生身の体を持っていたら冷や汗をかいていただろう。
実はオーナーのキッキにも内緒で電車の最後部車両にある人物達を乗せていた。できればこの作戦には呼びたくなかったが、確実に力になる者達だ。
愉快そうに地底遊園地での待機を命じられていた、帽子屋と呼ばれるトチ狂ったロボットが車両から顔を覗かせる。
<くくく、こんな面白そうなことに我等を参加させないとは……お茶会開催には素晴らしい環境じゃないですか、ブハッハハハ!!>
<全くだにゃ☆にゃあの透明化が唸るのであるにゃー!見えないけど>
<ワシは待機でもよかったが、あの重力小僧が参戦すると聞いて仕方なくついてきてやっただけのことよ……ふんっ!>
「まあ、なんにせよダーリンに死んでもらってはあかんべぇのどくろべぇなのですしねー。ぼく、じゃなくて私も参戦決定のオールスターといきまっしょい☆」
いつの間にかロボット三体と気が合ったらしい、金髪の美少年に間違えられる美少女は、整った笑顔のままマシンガン片手に電車から降り立つ。
実を言えばマシンガンだけでなく手榴弾や光源弾から口に出すのも躊躇うほどの重火器を電車内部に持ち込んでいる。
猫型ロボットのチェシャ猫や巨大鳥ロボットのドードー鳥が帽子屋と一緒に重火器の数々を運び出す。
この後相川聡史が、なんでこいつらを呼んじまったのか、とツッコミをいれるのに、時間はそれほど必要ないだろう。