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力を一つに

最初に子供達と電車の姿を確認した狼型のロボットは、迷いなく鋼鉄の牙を柔肌に食い込ませようと大口を開ける。

その次の瞬間には空気の波によって体を床や天井にバウンドさせ、オイルを節々から垂れ流していた。

狼ロボットに負けないほどの大口を開けて、音波千紘が能力を使ったのだ。


耳は聞こえていないが、迫りくる足音は感じ取っていた。音の能力者である音波千紘にとっては造作もない。

やろうと思えば音速で動ける上に、空気の波を意図的に変動させながら指向性をもって標的のみを叩き潰す。

目立った勝利や功績はないが、音波千紘とは恐ろしい能力を持っている存在である。


倒れた狼ロボットが警報で位置を知らせようとするが、その音すら捻じ曲げられ内部で反響するように操作される。

自分自身が発した音で破壊された狼ロボットは、それでも負けじと無線通信で仲間に連絡とろうとする。

すると愛らしい金髪の少女らしき存在があくどい笑みを浮かべ、そのシステムを乗っ取る。


最強ウイルスの力を持つアラリスはそうやって子供達のフォローをし続ける。

その傍らにはウイルスの力はないが、ネットの中を光速で動き回れる特性を手に入れてキッキの兄である地底人のトットが意識体として浮いている。

まるで幽霊のように、アラリスほど濃くはない存在だが、次々と動き回っては情報を抜き取る手腕はアラリスも舌を巻くほどである。


しかし破壊された音は聞こえていたらしく、次々と狼型のロボットが目の前に集まっていく。子供達の表情は悲壮に染まる。

なぜなら今からあのロボット達は能力者やそれに等しい力を持つ、魔法使いの弟子と名乗るほどの自信がある子供達に壊されることになるのだ。

襲われているのは自分達なはずなのに、思わず同情してしまう。運が悪かったとは言わないが、可哀想だとは感じている。


『ヌハハハ!待っていたぞ、赤い血のぉ……』


狼ロボットが出した小型テレビで悪役らしく口上をのたまろうとしたジョージ・ブルースの音声が中途半端に途切れた。

うるさいと感じた豊穣雷冠が小指から出した小さな電撃がロボット全ての回線をショートさせ、その隙をついて鞍馬蓮実が筋力を増強させる力を使って倒れたロボットをぶん投げて当てたのだ。

廊下の天井近い部分から幾つもテレビ画面が出てきてはジョージ・ブルースの顔を映し出しまくる。今は憤慨の表情でカメラレンズを揺らしているらしく、砂嵐が小刻みに発生している。


『おいいいい!!人の話は最後までぇ……』


またもや一つの画面が沈黙する。耳がかゆいらしく人差し指で穴の中を掻きつつ、掻いてない方の手で改造モデルガンの銃口をテレビ画面に向けている袋桐麻耶。

銃口から煙は出ていないので、耳から掻きだせた埃を息で吹き払う。西部のガンマン気取りらしく、どこかご満悦な表情をしている。

他の子供達も自前の武器や道具でテレビ画面を破壊していく。いちいち構っていると面倒だと知っているからだ。


「いくぜ、野郎共!!悪ガキの本領を見せてやろうじゃねぇか、グヘへへへへへへへへ!!」

「一緒にすんなや!しかも笑い方気持ち悪ぅ!!」

「あ、あの麻耶くん私また銃を使うのは……」

「撃たないと俺がお前を撃つからな、チキンガール」

「はいぃいいいいいいい!!」


袋桐麻耶に圧倒されて凜道都子は泣く泣く改造モデルガンを両手に持って、走り出す。涙目だが確実にロボットの急所である胸部や頭部を狙い撃っている。

御堂霧乃はゴスロリ服なのに、レースや服の重みを感じさせない動きで肉弾戦に挑み、思ったより硬かったロボットのボディを涙目で睨む。

それで狼ロボットが怯むことはなく、襲い掛かろうとした矢先で籠鳥那岐が振り回した棍棒で脳天をかち割られる。


「ちっ、もう一本折れた。伊藤三つ子、次の棍棒!」

「なんでアタシ達が荷物持ち、ぐずん……」

「あははは、でもあの戦線に立つよりはマシじゃん」

「怒りよりも憐みが大きいとか……」


籠鳥那岐が使うための棍棒を何本も持つ伊藤三つ子は、走る先に広がる光景に絶句する。

アンロボットである楓と柊が先行し、トンファーやスタンガンで敵に先制して動きを鈍らせる。

その次に能力者達が致命傷になる攻撃を送り、武器や道具を持った子供達がトドメをさしきれなかったロボットに引導を渡すのである。


地底人であるキッキも能力者の子供達と一緒に前線に出て、兎のような身軽な動作でドリルを振り回し、ロボットのパーツを粉々にしていく。

電車ではモグリだけでなく地底遊園地のロボットである花の妖精の姿をしたフローラや、ピエロのロボットやゴーレムロボットのレムなどが待機している。

廊下でロボットを撃退しながら進むとはいえ、電車が安全とは限らない。帰りに使うため守らなくてはいけない。


「おほほほ!良いざまね、泣き女!」

「キャラ違うし、健斗さんの傍にいられない人が吠えても、負け犬標識を貼るだけだし」

「うっ、うっさいわね!ここからよ、ここから!できる女アピールでハートをわし掴んで握り潰せば!!」

「失恋決定ね。ぷぷっ」


走りながらも口喧嘩する幼い少女達に、同い年の男子達は冷や汗だらけだ。その先頭を走る錦山善彦と瀬戸海里は苦笑いだ。

錦山善彦の能力は情報をもとに予測する先読みという地味なもので、瀬戸海里は能力どころが戦う力も度胸もない。

そのため後尾を走る子供達の中でも年齢が低い六人に付き添うように走っているのだ。


しかしここが最後尾ではない。この八人よりも少し後ろで今にも呼吸困難に陥りそうな玄武明良と、付き添う許嫁の猪山早紀である。

扇動美鈴は先に向かえと言われたことにより、今は豊穣雷冠に姫抱きされているクラカに不具合がないか様子を見ているところだ。

能力者ではないが前線にいる求道哲也は手に持っているペンで通路に印をつける。後続に通った場所を知らせるためだ。


辿り着くべき場所は三つ。この病院地下での指令室に近い心臓部、システムエッグが保管されている部屋、そしてマーリンというアンロボットが監禁されている場所。


そのため前線が二つに分かれた廊下でいきなり三つに分断される。能力者の多くは魔法使いの弟子達だが、その全員が右へと曲がったのだ。

駿河瑛太に手を引かれながらも息が荒い神崎伊予が、震える指先で右を指差したのだ。彩筆晶子はウインクしながら絵心太夫に告げる。


「すまんね、ワッチ達は先生が大事だからさ!」

「わかっている、囚われのヒロインを助けるヒーロー達、最高にカッコイイじゃないか!滾るじゃないか!!」


そう言って絵心太夫は左から迫ってきたロボットの牙を避け、腹部分を手で触れる。重力が無くなり、絵心太夫は軽々と狼ロボットを持ち上げる。

触れた物と自分を対象に重力を操作できる絵心太夫にトドメをさす力はない。なので別れ道で倒してくれる相手を待つことにする。

その間に豊穣雷冠がその横を通り過ぎて右へと向かう。求道哲也は足を止め、絵心太夫に事情を聞いてから道に印を残す。


左は全くの心配いらず。予知の能力を持つ神崎伊予に、姿を透明にできる駿河瑛太。この二人はまだ頼りないが、他の三人が化け物級なのだ。

描いた絵を実現できる彩筆晶子、熱を操ることでマグマも氷も自由自在な氷川露木、そして先程から圧倒的な力を奮う音波千紘。

音波千紘が活躍しているのは、最終兵器は温存しておきたい心情からだ。能力も無制限ではない、いつまでかかるかわからない戦いではペース配分を見誤ったら負けなのだ。


なので求道哲也は右の道に進むように印を残し、狼ロボットを持ち上げたままの絵心太夫を気遣いつつ、先へと走っていく。

そこへ地底人のキッキが跳躍しながらドリルをロボットの口に突き刺し、高速回転させて中から突き破る。

散らばる破片に痛いと軽く言いつつ、絵心太夫は完全な破壊を確認してからキッキと共に右の廊下へと走り出す。


柊と楓というアンロボットは印を一瞬で確認し、右へと曲がる。彼らの優先事項はクラカと扇動美鈴の身の安全確保だからだ。

自分達の祖とも言える最初のアンロボットであるクラカ、生みの親とも言うべき存在クローバー博士になる可能性を持った少年。

タイムパラドックス、この概念は複数世界構築理論によって作成されたタイムマシン、それを使ってこの時間に来た柊と楓には通じない。


単一世界であったならば時間軸の変化が全体に及ぼすと考えられている。つまり過去が変われば未来が変わる、これがタイムパラドックスだ。

しかしクローバー博士が立証した複数世界構築理論は、過去が変わっても違う未来世界が誕生するだけという理論だ。

つまり時間軸が木の枝のように派生することにより、自分の身で体験したことや確定した事項を変えることはできないということだ。


柊と楓が突き進んだ少し後に時永悠真と笹塚未来、竜宮健斗と崋山優香に相川聡史、鞍馬蓮実が大きな体を揺らしながら別れ道の印を確認するために足を止める。

右の道へ進むべきだと理解した時永悠真は笹塚未来に声をかけようとして少し躊躇う。明らかに不機嫌な顔をしているからだ。

おそらく自分の能力では今回の能力が役に立たないとわかっているからだ。


「くっそ……細胞に命令する能力とか、ロボットに細胞なんかあるわけねぇ!!!」

「それなんだけどさ、未来……」


竜宮健斗がテレビ画面に気を使いながら耳打ちする。その言葉に笹塚未来の顔が凶悪な笑みに包まれる。

味方なはずなのに相川聡史は本能的な恐怖を抱く。一体何を言ったのかと竜宮健斗の顔を眺めてしまう。

その間に崋山優香は自分の手にあるバットを眺めて微妙な顔をしている。なぜかここに辿り着く前に瀬戸海里に渡されたのだ。


「多分この写真の、この時間。優香は何かに向かってバットを振るんよ。だから持たせたんよ」

「万結ちゃんの写真は百%の未来を写し出すからね。それはわかってるけど……うぅん」


納得のいかない崋山優香は持ちなれないバットに怪訝な目を向ける。鞍馬蓮実の手にある写真は、確かに夜明け前の時間にバットを振る崋山優香が映し出されている。

写真に焼けた文字のように表示された、意外と遅いその時間。それが言外に告げるのは夜明け前までこの作戦が続くということ。

今は順調でもいつ不備が起きるかわからない。なにを仕組まれているか理解できない。だがジョージ・ブルースがこのまま快進撃を許すはずもない。


「行こう、この先に答えが雁首揃えているだろうしな」

「応、ほら優香!」

「……もう、しょうがないなぁ」


竜宮健斗の誘いに乗るまま崋山優香は走り出す。アニマルデータも特別な出生も能力もない、本当に普通な少女。

誰かのヒーローになったこともない、今だって幼馴染の少年である竜宮健斗が手を差し出しただけで嬉しくなるほどの片思い状態。

それでも告白する勇気がないまま今の関係を続けている。そんな自分がなにかを変えられるとは信じていない。


だが凜道都子はそんな崋山優香が羨ましかった。右の廊下へ進む背中を眺めながら、眼鏡越しに寂しそうな目をする。

極道の家に生まれた上に十五までには結婚相手が決まる運命。それに抗う方法は十五までに好きな人を見つけて結婚前提まで持っていくこと。

そんな中で彼女が恋したのは竜宮健斗。明るくて優しい、でも崋山優香のように自分へと手を伸ばしてくれない憧れ。


袋桐麻耶と葛西神楽はあまりにも気まずい空気のせいで、かける声を見失っている。筋金太郎は印の確認をしている。

仁寅律音は片手にヴァイオリンケース、もう片方の手に金色の東洋龍である狭間進歩を鰻でも掴むかのように首筋を締めている。

別に苦しくないのだが雑な扱いに地味なショックを受けている狭間進歩。確かにこちらの方が手の平に乗せるより負担は少ないが、あんまりである。


「……神楽くん、麻耶くん、今日の私は違います!必ず健斗くんに告白しますから!」

「お、おおお!!とうとう決心したなりか!?」

「玉砕したら胸くらい貸してやろう、極道娘、いや都子」

「ま、麻耶くんの言葉は励ましとして受け取っておきます!が、頑張りますよー!!」


空元気を見せつけるかのように凜道都子は息まく。しかし仁寅律音の目は冷たい。

何故ならば凜道都子はすでに竜宮健斗へ好きと告白している。そして大ボケによってスルーされている。

今更望みはないと仁寅律音は冷静に判断していた。しかしそのことを言っても自分に利益はないので、告げることはない。


<どんな時代も女は恋か……綺羅もそうだったな、あの馬鹿>

「恋も愛も馬鹿にしたもんじゃないよ。女はそれで狂うんだから」


やけに実感がこもった言葉を仁寅律音は吐き出す。実際に母親の愛に振り回された経験があるからだ。

狭間進歩は予想以上に重い返答になにも答えられなかった。ただ首を絞める力がわずかに強まったことへ驚いた。

先程まで均等な力で首を掴んでいたからだ。それだけ動揺するような過去なのだろうと判断する。


「ただ恋は報われなくても、愛で救えることがきっとあるとおもうよ」


狭間進歩が初めて聞く仁寅律音の優しい声音は、年相応の幼い声だった。

その割に台詞が達観しているのが気になったことではあるが、狭間進歩も厳密には半年どころが三ヶ月も生きていない。

電脳世界での一週間と、皆川万結に出会ってからの日々を考えると二か月も経っていない。


「行こうか。僕はさっさと帰って寝たいんだから」

「り、律音さんは相変わらずクールなり」


葛西神楽は少し肩を落としながら進む。彼も能力持ちだが、能力を無効化する能力、という対能力者用と言わんばかりの力である。

となるとロボット相手には全く通じないので、どうしても前線には参加できない。だからこの位置にいるのである。

筋金太郎が右の通路を指差す。そちらが進むべき道だからだ。



そのすぐ後に籠鳥那岐や御堂霧乃が言葉も交わさず、しかし息は揃えた動きで右の通路に止まることなく進む。

二人の背中を錦山善彦と瀬戸海里、そして伊藤三つ子と東の三人組が追いかける。布動俊介は瞬間移動の力を持つが、こんな狭い廊下ではあまり意味がない。

なぜならば移動できるのが視界で捉えることができた場所だけである。壁向こうなどへの移動はできない上、移動できるのは自分と触れている相手だけなので戦闘向きではない。


下手にロボットに触れた状態で誰もいない場所に移動したら、あっという間に孤立して倒されてしまう。

しかし決して役立たずなわけではない。最後尾にいる玄武明良と猪山早紀が離れすぎないよう、たまに瞬間移動で距離の調節をしている。

足を震わせながらも玄武明良が愚痴一つ零さないまま走る。そのことに猪山早紀は驚くと同時に少し悔しかった。


竜宮健斗達、扇動美鈴と出会う前までは考えられなかった行動力。一人じゃないからこそできる。

猪山早紀だけでは叶うことがなかったことだ。家族全てを失った少年は立ち上がる力はあっても、家から出ることを恐れていた。

新しい家族、巡り会えた友達、初めての仲間、失った物以上を手に入れて、玄武明良は走っている。


「ぜぇ、はぁ……さ、き……」

「ん?なになに?」

「絶対全員で帰るぞ。家に」


普段の状況だったら、また引きこもりたいの、と呆れたかもしれない。

しかし今回は意味が違う。家には扇動岐路が研究しながらも帰りを待ってくれている。彼を一人にはできない。

帰りを待ち続けた玄武明良だからこそ、残された者の気持ちを知っている。それを誰かに味合わせたくないという気持ちも同様だ。


「うん、帰ろう。自分はずっと明良くんの傍にいるから」


猪山早紀は潤みそうになる目を何度も瞬かせて、汗ばんだ玄武明良の手を握る。

幼い頃から傍にいた。玄武明良の家族が存命の時も、いなくなった後もずっと隣にいる。

そしてこれからもずっと傍にいると猪山早紀は誓う。それが彼女が玄武明良に手渡す愛の形。


「明良くん、大好き」

「……………………………………………………………………………………俺もだ」


長いためらいの後に小さく呟かれた返事に、猪山早紀は反応が遅れた。

そして耳を真っ赤にした玄武明良が全力で走り始める。といってもかなり遅い上に、足取りも怪しい物だ。

そんな玄武明良を同じく顔を真っ赤にした猪山早紀が、もう一回言って、と追いかけるのであった。


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