夜の探検隊
ひっそりと静まる夜、NYRON郊外の病院で動く影が五つ。
四つは自分達のエゴのために命を賭ける羽目になった子供達。今にも心臓が破けそうなプレッシャーで吐きそうになっている。
最後の一つはそんな子供達と上からの指示で夜勤を命じられた実畑八雲。怪訝な顔で懐中電灯を片手に廊下を見回っている。
夜とはいえ多くの患者は寝ており、あまり刺激しないためと節電のために廊下に明りをつけていない。
実畑八雲を先頭に子供達四人がムカデ競争のように一列となってついていく隊列で、実畑八雲は絶えられずに一番近くにいる羽田光輝に尋ねた。
「一体なにがあるんだい?僕は今度のお見合い話が水面下でもっぱら進行していることで胃を痛めているわけなんだけど……」
「俺も詳しくは聞いてないけど、今夜で全部解決できる事件が起きるしか、なぁ?」
羽田光輝は確認するように自分の後ろにいた女子三人組、特に馴染み深い浅野弓子に強く尋ね返す。
二宮吹雪と山中七海と同様に頷いただけで浅野弓子の返事は終わってしまう。実畑八雲は頭痛もしそうだと眉をしかめる。
大体事件が起きる、と言っている時点で悩みしかない。どうして防止しようとしないのか。
「言っとくけどにーちゃんにも関係あるらしいぞ。過去の因縁がどうとか」
「過去の因縁って……そんな御大層なものじゃないよ。事故は事故、もう変えられないことさ」
「それすらわかってない奴を叩き起こす、っていう話だけどな。とりあえず一緒にいてくれよ、きっと朝にはなにかが変わってるからさ」
そう言って歯を見せて笑う羽田光輝に、実畑八雲は顔を思い描くのも難しい昔の友人を思い出した。
バスの事故で亡くなった友人が丁度同い年くらいだろうか、と暑い夏の日が脳裏に蘇える。
呼吸するたびに生温いお湯を飲むかのような湿気と温度が忘れられない。照りつける太陽がアスファルトを焼く音の代わりに蝉の声が響いていた。
いつもの五人で仲良く後部座席に座って、反対側にいる女の子の友人に何度も視線を向けてしまった。
恥ずかしくて何度も目線を逸らして、また少女の楽しそうな横顔を見つめる。甘酸っぱい幸せだった、と今なら言葉にできる。
そんな少女は今や大人になって、昏睡状態のまま目覚めない。十年以上待ち続けて、自分よりも先に周囲がくたびれた。
青い春はどこか味気なくて、無味無臭のパンに齧りついているようだった。
あまりにも楽しかった夏の日が美化によって磨かれて、人生を色褪せてしまった。
もしバスの事故がなかったら、来週の水曜日に女の子とデートして、きっと友人達と日が暮れるまで遊んでいたはずなのに。
間違った、狂った、壊れた。そうやって評価された人生はどうすればいいのかわからない。
だから我武者羅に勉強して看護師になり、ずっと彼女の傍にいる。いつか奇跡的な回復を見せて、人生が変わるのを待っている。
本当は心の底であり得ないと泣き笑う自分がいることを知りながらも、実畑八雲は焦がれている。
「そんな一晩で変わるような簡単な、人生なのかな……」
「簡単なわけね―じゃん!!俺達だって命がけ、友達も死にもの狂い、人外とかも四苦八苦!!」
「へ?人外?」
「いやそこは置いといて。とりあえずさ、皆必死なんだ。にーちゃんにも少し頑張ってもらうから、よろしくな」
羽田光輝の言葉に要領を得ない実畑八雲だったが、自分の方が大人であるため頷いておくことにした。
それが後で了承と捉えられえて大変なことになるのを、今はまだ知らなかった。
そんな地上のことも知らないまま、病院の地下では電車が迫りくる音が鳴り響く。
電車の中に詰められた子供達は阿鼻叫喚を体現し、つり革や座席にしがみついて高速で走りながら突撃しようとする状況に涙目だ。
モグラのロボットであるモグリが独特な口調でアナウンスを始める。
『あと二十秒で目的地でさぁ!!ぶっこみよろしくぅ、キッキオーナー!!』
「地底遊園地から病院地下直通で路線を築いたのは良かったんだけど、ホームは作れなかったんだよね。というわけで、衝撃に備えて!!」
「それってつまり電車の勢いで穴を開けっつぅうううおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
地鳴りと盛大な震えを伴って、地底人所有の電車が病院地下の床に巨大な穴を開けた。
勢いが強すぎて天井に電車の頭がめり込み、巨大な箱が廊下を塞ぐように斜めに突き刺さっている状況だ。
すると箱の中身は本来下になった部分に集まるものだが、乗客全員が電車の上下左右を間違わないまま、その場に座っていられているという奇妙な状態だ。
「いやー、マスターが味方で良かった。アンドールにも装着できる小型反重力装置のおかげで、電車内は外の重力に影響されない空間にできるんだよ」
「窓から見える光景は上下斜めなのに、普通に座れる方が怖いよ……えー、これ降りる時平衡感覚狂いそう」
「それより天上に突き刺さった部分って運転席……モグリは?」
外を眺めて心配している猪山早紀の横で玄武明良は明らかに破壊されている先頭車両の運転席部分を眺める。
キッキは笑顔のまま敬礼し、遠くの空を眺めるかのように視線をあらぬ方向へ彷徨わせる。
「モグリ、君の犠牲は忘れない」
「おい、地底人」
『あのー、勝手に殺さんでください。こうなることを予想してあらかじめ反対側から運転してますから―』
スピーカーから聞こえてきた声に何人か安堵する。電車は下り上りなどで方向が違うため、後頭車両からでも運転できる仕組みである。
もちろん地底遊園地経営の際に電車運行も担っているキッキは知っていたが、これから冗談も言えなくなるだろうと思ってからかい半分で言っただけである。
電車の中ではすでに臨戦態勢万全な子供達が多く、血の気が多いと言うと少し語弊がある。切迫した状況に変わりない。
能力がある子供はまだいい。なにかしら特徴があるならば、少しましになる程度。なにもない子供達は少しでも力に、と武器を持っている。
しかし武器と言ってもゴルフに使うクラブや金属バットと言った日用品で、剣や銃といったものは見受けられない。
平和な国日本らしいとキッキは肩を竦める。本当は凜道都子あたりが少しは家の物を拝借してくれないかと期待していたのだ。
むしろ嬉々として改造モデルガンを手の中で回している袋桐麻耶の方がおかしいといった雰囲気すら見受けられる。
これから相手する物体のことを思えば、それでも頼りないというのに。キッキは自分が活躍するか、と巨大なドリルを肩に担ぐ。
「それにしても面白い構図だよね、これ」
最初は東エリアで遊んでいた子供達、次に南エリア、西エリア、最後に北エリア。
地底遊園地では地底人とそのロボット達と大暴れして、気付いたら友達に。
未来という時間軸が現在という過去に割り込んで、ほんの少しお別れをした。
魔法使いの弟子達が能力を使って好き勝手しようとしたのを止めて、あっという間に新しい事件が発生。
主人公を作るために構築された夢の世界で、データだけの存在が世界を飛び出していた。
その五つ全てが集結したかのような面々は、きっとどこにもないほど凸凹している。
赤い血の子供達、能力に目覚めた人間、地底人の末裔、ロボット、人間に最も姿を近づけたアンロボット、魂のないデータ、アニマルデータ、最強ウイルス、青い血。
語れば限りなくて、単語にまとめれば仲間という二文字で終わってしまう。そんな関係。
青い血の一番はマスターという天才と青の魔女に翻弄されつつも自らの計画を進めている。
二番は今すぐにでも絶望を啜ろうと舌なめずりして、遠くから静観しているだろう。
親や保護者の中には子供達が何を成し遂げようかしていることすら知らない者もいるだろう。
ネットの中では最強ウイルスと合体したアラリスが、同じく意識をデータ化して高速で移動できる地底人のトットと行動している。
消失文明から生き残った魂、アニマルデータも会議場というスーパーコンピュータ内部から、合図を待っている段階だ。
誰も知らない隙間では赤い魔女と一人の錬金術師と名乗る男がこっそりと行動している。
地上の病院で先程の電車衝突を地震と勘違いした子供達が大慌てで、実畑八雲と共に流川綺羅の容態を確認している頃。
幼い少女である皆川万結は祖母の腕の中で寝息を立てて、安らかな夢を見ているであろう。
それと同時刻、柊というアンロボットの腕の中で、金色の東洋龍を模したアンドールがある技術をアラリスから受信している。
崩壊と再構築を秒単位で繰り返す電脳世界で、一人の少女は笑い続けている。
それを観察するシステムエッグの設計図や仕組みをコピーしたデータを収容する、狭間進歩が最も会いたい少女も付き合いで笑っている。
青い空の世界で意識だけを残された海林厚樹は、動けない体から目を逸らして弟子達と過ごした懐かしい日々を思い出していた。
少し前。
青い血の二番を倒すため、集合場所に地底遊園地を指定したのはキッキだ。
最初にやって来たのは魔法使いの弟子達。今にも単独でマーリンを助け出そうと目が血走っていた。
その次に南エリアに住んでいる子供達。籠鳥那岐が少し考え込むような顔をしていたが、その後すぐ来た御堂霧乃によってその表情は崩される。
北エリアが思いの外早くやって来たのは、いつ雪で中央エリアに着くのが遅れるかわからないため。だけではなく玄武明良を家から引きずり出す時間を大きく見誤ったためでもある。
その次は予想外に西エリアの子供達で、少し遅くなったのは袋桐麻耶の祖父と凜道都子の家に住み込みで働いている者達の目をかいくぐるのに時間がかかったからである。
意外にも東エリアは遅れた。というのも地上で活動する人選と笹塚未来が口論になり、さらに南エリアについていこうとした布動俊介を含めた三人組との連携が上手くいかなかったのだ。
おかげで笹塚未来は不機嫌な顔をひっこめず、仕方なく時永悠真が慰めたのだ。ただ彼の傍にいる二人の友人、豊穣雷冠と求道哲也、の存在が余計な茶々を入れたので多少失敗している。
白子泰虎と七園真琴は重大な用事があるので病院の地上地下どちらにもいない。青い血関係ならば仕方ない、と数人が溜息をつく。
そして最後の最後でやって来たのは狭間進歩を回収していた柊と楓である。東洋龍のアンドールの顔で器用に驚いた狭間進歩は、思わず尋ねる。
<こんなに沢山いたのか?あっちのが厚樹が集めた弟子達……>
「まだまだですよ。私も今回は参戦しますから」
「クラカちゃん!?来ちゃったの!?」
素っ頓狂な声を上げて崋山優香が金色の髪が美しいアンロボットに近づく。どう見ても戦力外にしか思えないほど華奢なアンロボットである。
柊と楓も驚いて思わずお互いに高速通信と状況計算を行う。だが答えが出る前に豊穣雷冠が雷の能力で通信妨害をする。
「私は今回どうあっても能力制御が下手な雷冠さんのフォローです。細かい計算や機器の操作を担う所存です」
「そういうことだ!驚いただろう!!俺様と一緒に作戦立てた甲斐があったな、クラカ!」
「く、厄介な御方がタッグを組んでしまった……」
「厄介×厄介の計算式があればよかったものを」
勝手に慄く柊と楓を尻目に、クラカは出し抜いてやったと少し嬉しそうにしている。
益々人間味が増していると思いつつも、厄介な方へ伸びていると扇動美鈴は冷や汗ものだ。
ちなみに玄武明良は厄介×厄介の=に面倒という解を導き出していた。
<……どんな繋がりなんだ?>
「難しいな。でも一番分かりやすいのは……アンドール、かな」
竜宮健斗が思い出すのは、青い西洋竜のアンドールがひとりでに動き出した瞬間。
予想外の出来事に頭は真っ白で、それ埋め尽くすような事件や時間の数々。目が眩むような心や魂のぶつかり合い。
全身全霊、全力で進んだ結果。アンドールで繋がって、切れないまま動き続けている。
「だからあの曲の題名みたいに、俺達は行動するんだ」
<あの曲?>
「ANDOLL*ACTTION」
それは狭間進歩が知らないタイトルだった。知った今でもどう対応すればいいかわからない。
ただもし道に迷った時、少しだけ思い出してみようかと思うような、郷愁に近い感情を抱く。
「それじゃあ、揃ったことだし地底遊園地発病院地下直行電車、発車するよー」
「応!じゃあ夜の探検ってことで、行こうぜ!ムーくん!」
<ああ>
伸ばされた手を取って、狭間進歩は決意を固める。
なにがあっても約束を守る、残された小さな自分だけの意思データを、幼い少女から貰った約束を重ねる。
ずっと皆川万結の友達である狭間進歩は、花山静香と一緒に大きな海へ行く。
魂のないデータが揺るがないための、必須条件だった。