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出会いの挨拶

皆川万結に連れてこられた先にあったのは、広大な敷地を有する料亭だ。

隣の家まで何kmあるのかを考えるのも馬鹿らしいほど広く、荘厳な木造りの門は小さな客人を丁寧に招き入れる。

狭間進歩は龍の首を器用に動かして何度も庭を見渡そうと努力する。和風の庭だが、塀までの距離が遠くて目が眩みそうだ。


そんな広い庭を徒歩でいくわけではなく、敷地内専用の無人小型カーで移動するのだ。和風の庭に合うように黒と赤の色をした、人力車に近い形だ。

小道の砂利下に敷かれたレールが磁力を纏い、それに反応して小型カーは移動する。激しい動きやスピードは出ないが、庭を眺めながら移動するには申し分ない。

また人工AIも搭載されているロボットに近い物で、乗っている人間の視線に合わせて庭の説明をしていくサービス付きだ。


確実に庶民が来ていい場所じゃないと思いつつも、狭間進歩は無邪気に庭を見て喜ぶ皆川万結の言葉に相槌を打つしかない。

今日はこの料亭を担う一族の人間が皆川万結を呼んだのである。皆川万結が慕うキツネ顔ながら影の薄い少年、瀬戸海里が。

狭間進歩に会わせたい人間がいるということで東エリアに来てほしいと言われたのだ。しかし狭間進歩自身に思い当たる人間はいない。


皆川万結にはムーくんと呼ばれ、眠り続ける女性の流川綺羅に狭間進歩という人間データを与えられた存在。

本当の狭間進歩は十年以上前に死んでいる。花山静香と海林厚樹という少年少女と共に。

一人の少女に深い傷を残して死んだ少年。その傷を舐めて血を啜るかのように利用する人外。


このままだと流川綺羅は衰弱して死んでしまう。待ち続けている実畑八雲の誠心も知らないまま。

海林厚樹のデータが入ったマーリンというアンロボットも、道具のように利用されて壊されてしまう。

そして一週間で消える世界の中で、いつ花山静香が消えるかもわからない。そしたら狭間進歩は約束を守れなくなる。


南エリアの海よりも大きな海に行こう。日常の中でした些細な約束、ゆびきりまでした大事な約束。


最初はそれだけが狭間進歩の原動力だった。だが今は違う。

皆川万結と一緒に思い出を作り、この件に関わるデータや子供達の思惑に触れ、諦めの悪い友人の意思を知った。

記憶を失くして楽になろうとは、もう思わない。全てがデータに変換されたとしても、忘れない。


そう考えている内に小型無人カーは庭に負けないほど豪華な屋敷の前に辿り着く。

皆川万結は手慣れた様子で降り立ち、玄関口で三つ指揃えで待っていた女将の案内を受けて移動する。

木の床に柱、障子や吹き抜けの構造など内装も外見に恥じない趣である。だが防音設備として優秀なのか、無駄な音が一切聞こえない。


床を歩く音すらも静かなもので、軋み一つ聞こえない。庭の鹿威しの音の方が大きいほどである。

案内されたのは松の部屋という上等な和室構造の部屋で、畳の上には五つの座布団。

その内二つは無人だが、それ以外には既に皆川万結を待っていた少年達が座っている。


「海里おにいちゃん!」

「万結ちゃん、ようこそ。今座布団用意するから待っててね」


そう言って立ち上がった瀬戸海里の横では鞍馬蓮実が和菓子を繊細な手つきで食べているところである。

大柄な外見からは想像もできない丁寧さだが、算盤が得意な鞍馬蓮実からすれば簡単なことである。

その向かい側では相川聡史が大声でデバイスの向こうにいるであろう人物に大声で怒鳴りたてている。


「だから!どうして!同級生の悩み相談で来るの遅くなったのかの説明を……あん?青い血が関与ぉ?」

「聡史お兄ちゃんあいかわらずだね」

「だから相川聡史なのかもしれんよ」

「外野うっさい!!というか人の苗字で遊ぶな!!ああ、悪い。で……その無茶な計画にゴーサイン出したのかよ、大馬鹿野郎!」


今にもデバイスを壁に向かって投げそうなほどの怒りを見せる相川聡史だが、それが電話向こうの相手を心配してのことだと瀬戸海里や鞍馬蓮実にはわかっている。

なので追及はせずに持ってきた座布団を畳の上に敷き、皆川万結に楽に座るように言う。正座では足が痺れてしまうからだ。

皆川万結は上機嫌な様子で瀬戸海里の隣を座る。鞍馬蓮実と皆川万結の二人に挟まれた状態で、瀬戸海里も笑顔で座る。


地底遊園地の事件で助けてもらって以来、皆川万結は瀬戸海里に懐いている。恋慕というよりは尊敬の類ではあるが、多大な好意を抱いている。

瀬戸海里自身も好かれる点において不満はなく、年の離れた妹ができたと思って可愛がっている。

そんな二人が微笑ましい鞍馬蓮実は純粋な温かい目で見守っている。森の動物に囲まれた少女のような光景だと、狭間進歩は感想を抱く。


相川聡史は通話を終えて、不機嫌な顔で二人は遅れてやってくるとだけ伝える。

事情説明しようとして複雑な内容に顔を顰める。どうしてあの馬鹿の周りには変な奴が集まるのかと悪態をつくほどである。

だが瀬戸海里にその変な奴の中に僕達もいるじゃないかと笑われ、自分の失言に俯く。


「海里おにいちゃん。きょうはなんのあつまりなの?」

「……万結ちゃんにとっても、ムーくんにとっても大事なお話の集まりだよ」


そう言って笑う瀬戸海里だが、少しだけ曇った笑顔に皆川万結はすぐ気付く。

金色の体をした東洋龍のアンドールを強く抱きしめ、ずっと待ち構えていた不安がやって来たのだと知る。

鞍馬蓮実に渡されたお菓子を食べ進めるが、その動きに精彩はない。


「大馬鹿と優香は遅れるってよ」

<えー?せっかく今回はセイロンを引きずってきたのに~>


いきなり相川聡史のデバイス画面に現れたアラリス。そしてデータで作られた首輪をつけられたセイロンが画面の奥で苦しそうにしている。

どうやら犬の散歩のように連れてこられただけではなく、首輪のベルト穴位置もきつくされたらしく、首の皮が皺になるほどである。

データとはいえアラリスのネット上では最強の力により、痛みも再現されているようだ。呼吸は必要ないというのに、息がとてつもなく荒い。


「お、ま、ちょ、あ、って、な、か、うあ……」

「聡史くんがツッコミの言語化に苦労している!?」

「気持ちはわかるんよ。助け舟を出すことができないのが辛いんよ」


相川聡史のデバイスに勝手に入ったアラリスは、暇潰しと称して相川聡史の極秘ファイルを開き始める。

と言っても些細なもので、鍵保護をかけた写真の閲覧や意識している同じクラスの女子への連絡メール読み上げなどだ。

しかし相川聡史からすれば拷問に等しく、アラリスの実況音声に対して大声で対抗するしかない。


<えー、昨日のメールではなんと聡史くんはこの紗代ちゃんという女子に、遠足のおやつ交換という逆チョコ作戦が見え隠れする文面を……>

「うぎゃああああああああああ!!!ぷ、プライバシーの侵害だ!!セイロン、この暴走オカマを止めろ!!むしろ息の根を止めてくれぇえええ!!!」

<す、すまん。俺の息の根が止まりそうで……>

「役に立たねぇ!!」

<続きましては聡史セレクション秘蔵にゃんこ写真フォルダを>

「だからやめろっつってんだろうがぁあああああああ!!!」


瀬戸海里と鞍馬蓮実は視線で会話する。内容は、下手に関わって飛び火しないよう黙っていよう、ということである。

皆川万結のデバイスは基本機能以外は使用していないので、相川聡史と比べれば綺麗な中身なのである。

だからこそアラリスは嬉々として相川聡史のデバイスに入っているデータを暴いていく。もちろん悪戯で済むように計算しながらだ。





相川聡史が声も枯れて畳の上にふて寝する頃、皆川万結もお菓子を食べてお腹一杯になったので、瀬戸海里の膝を枕にして寝ていた。

その腕の中には金色の東洋龍。蛇のような体をした、狭間進歩はまだ相手が来ないのかと少しずつ苛つき始めた。

だが感情に連動して動く尻尾で皆川万結を起こさないように、細心の注意を払う程度には理性的だった。


瀬戸海里は健やかな寝顔を晒している皆川万結の頭を撫でつつ、少しだけ寂しそうな面立ちで庭を眺める。

どんな別れも寂しい。嫌いだった相手でも別れれば途端に寂しくなる、それが大好きな相手ならなおさらだろう。

それを膝の上で寝ている少女に与えるしかない自分が不甲斐なく、だからといって他の方法が見つからないことに無力さを感じ取る。


鞍馬蓮実はそんな親友の複雑な心情を理解しつつも、口には出さなかった。

慰めの言葉一つで解決できる気持ちではない。自分の中でゆっくりと解きほぐすしかない感情だ。

誰かに言われてはいそうですかと納得できる物ではない。そんな簡単な物だったら、迷わず口に出せただろう。


<なんていうかさー、君達二人って大人びてるよねー。そんな表情、十代の若者がする顔じゃないよ。最近の若者は……>

「アラリスさん、アンタの年齢幾つだよ、バーカ」

<それを言うには聡史のデバイスにあった口に出すのも躊躇うほどのメールを読み上げる必要があるけど、聞きたい?>

「遠慮しますよ、アーホ」


ふて寝しつつ憎まれ口が微妙に通じない相手に負けじと悪口を言う。

その背中はまさしく機嫌を損ねた猫の背中のようで、瀬戸海里は少しだけ微笑ましい気持ちになった。

デバイスの中ではセイロンがやっと首輪を外すことができ、一息ついた時だった。






「応、おまたせ」





セイロンがデバイス越しで嬉しそうに返事する前に、俊敏に立ち上がった相川聡史が暴言の散弾を連射する。

おかげで皆川万結は涙目で起き上がる上に、狭間進歩はその衝撃で転がり落ちて畳に頭をぶつけてしまう。

アラリスはデバイス画面の中で爆笑しており、場が治まるまでに少し時間がかかるのであった。


「聡史―、本当にごめんって。泰虎と真琴がなんか青い血のおっさんに対抗するために口添えとかいうからさー」

「私達がどうにかできる相手だとは思えないけど、でも弓子ちゃん達本気みたいで」

「それよりも大事な用事があるだろうがっ!?おかげで俺がどれだけの屈辱と辛酸を舐めたかっ!」

<秘蔵にゃんこフォルダ暴露くらいで大袈裟な>

「誰のせいだよ馬鹿野郎!?うがぁああああ、お前に関わると俺はいつもこうだよ、ちくしょー!!」


半ば泣き叫ぶ勢いで竜宮健斗の首元を掴んで揺さぶる相川聡史。おかげで瀬戸海里と鞍馬蓮実は話に入り込む余地がない。

崋山優香は頭痛がするのか、顔を顰めながらも話をしようと勧める。皆川万結は瀬戸海里の横で目をこすり、まだ眠そうにしている。

狭間進歩はやって来た二人をどこかで見たことがある気がして、思わず凝視してしまう。確か幸せしかない世界と、変わらない姿で笑っている二人だ。


ただし竜宮健斗の肩に青い西洋竜のアンドールはいない。中に入っていたアニマルデータは今やデバイスの中で人の姿を取り戻した。

悲しい出来事や別れがあったはずなのに、それでも幸せしかなかった世界と変わらない姿を保つ少年。

眩しいほどの笑顔で金龍のアンドールである狭間進歩に手を差し伸べ、そして挨拶をする。


「俺は竜宮健斗。お前は?」

<狭間進歩。でも今はムーくんだ>


蛇の体から足が生えたような前脚で、狭間進歩は差し伸べられた手の平に触れる。

歪な握手ではあるが、確かに手を取り合った。竜宮健斗は歯を見せて笑い、そして告げる。


「これがジョージ・ブルースと決着をつける、最後の合戦だ」


その言葉の力強さに、全員が無意識に頷く。役者が揃った舞台のように、場面は動いていく。

そして皆川万結は悟る。瀬戸海里達が挑む合戦に自分は参加できないだろう、と。

瞬きをしてもなにも出てこない。それは竜宮健斗達の行く先にたった二つつしか絶対はないということ。


皆川万結が隠している一枚の写真。金龍が鱗を剥し落ちながら天へ昇る姿。

もう一枚はどうしてこうなったかわからない、崋山優香がバットを振りかざす写真。

百%の未来を映し出す写真、それ以外に起こることを誰も知らないまま、事態は動き出す。


たった一晩の、電脳世界では七日間の、全てを巻き込む合戦が静かに動き始めた。


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