地底遊園地と青い血
『やあ、君の血は何色かな?』
「社長さん、経過報告の時でもその挨拶は止めようよ。大体最近そのネタも飽きられている頃だろうし」
和やかな笑顔で挨拶をした青頭千里は、冷たい返事に涙することはない。傷つく心も持ち合わせていない。
青い血からすれば地底人も人間も同じ物であり、餌を食べにくる野良猫が冷たいからといって気にすることはない。
ただ大人になったと感心する。前は子供の反応をしていたというのに、成長とはこんなにも寂しい物なのだろうか、とらしくないことを考えている。
画面向こうで泥だらけの姿のまま対話している地底人の子供、キッキは鼻の頭をこすって泥を落とそうとしている。
だが逆に軍手についていた泥がこびり付くだけの結果となる。その姿がまだ子供のように思えて、青頭千里は笑みを深くする。
キッキからすればニヤニヤ笑って気持ち悪いなこの人外、という感想を抱かれるだけの表情だ。
『で?大分掘り進んだのだろう』
「もちろん。あとは開始の合図があれば、いつでもOK」
『お兄さんの方はどうかな?』
「……かなり本気になっていて、僕が心配するレベルだよ」
苦悩した顔でキッキは小さな声で呟く。その後ろでは車椅子の上で寝ているように見えるトット。
キッキの兄であるトットはとある事情から弟を見守るため、体から意識を抜き出しすことができる。
意識を光信号というデータに変えて、ネットや回線などを自由に動き回れる。その自由度はアラリスに次ぐ。
だが意識を失くしている間の体は無防備な上に、ウィルスに襲われたらそのまま意識が戻らないという危険性も数多く存在している。
なのでキッキとしてはなるべく意識を飛ばさないでほしいのだが、トット本人は以前までそれが一番動きやすい状態だったので遠慮しない。
今も特訓と称してネット上に意識を飛ばし、光の速さで駆け巡っている。大丈夫かとキッキは不安で仕方がない。
車椅子を見守る妖精のロボットであるフローゼも、どこか不安そうな様子で立っている。
かつてトットと完璧なクロスシンクロした影響で、フローゼだけがデータとなったトットの意識に干渉できる。
と言っても無理矢理意識を体の中に戻すだけのことしかできず、戻せたとしてもウィルスも一緒に連れてきた場合どうなるかはわからない。
しかしトットは一切躊躇わずに手に入れた力を奮う。それは何もできないまま死にそう、というより死んだことがある体験談からきている。
偶然か奇跡か、トットは心拍停止後に息を吹き返し、生き返ったに近い状態となった。周囲にはゾンビだと恐れられたことは都合よく忘れている。
なんにせよ眠り続けたまま死んだという経験により、どうせ死ぬくらいなら大暴れしてから死にたい、というのがトットの心情なのである。
だが兄が一度死んだことにより、キッキとしては無茶をしないでほしいというのが本音だ。
それでも見守るしかないのは、兄が意外と頑固で譲らないことと、いずれその力が必要になると知っているからだ。
現在ネット上で一番強いのはアラリスだろう。さらに電気を操ることで直接干渉できる豊穣雷冠。
マスターの場合はネット上ではなくパソコンとなるので、少々役場違いとなる。これは玄武明良などの他の人員にも言える。
問題は豊穣雷冠が予想以上に繊細な電気操作が苦手なことと、アラリスだけでは手に負えない場面が出てくると予測できること。
アニマルデータ達はまた別の場面で必要になるため、期待はできない。そこで白羽の矢が立ったのがトットなのである。
アラリスでも難しいであろう光の移動を可能とし、最強ウィルスAliceにわずかながら抵抗できたトット。
挑む場所がシステムエッグと流川綺羅の脳内で作り上げられた電脳世界ならば、これ以上の人材はないと言える。
キッキは青頭千里の顔を画面越しに見上げながら、舌を出すという挑発行為をする。
「なんにせよ、社長さんは社長さんしかできないことをやりなよ」
『やってるやってる。おかげで足刺されたよ』
「怪我一つしてないのによく言うよ。せめて包帯巻いてから嘘吐きなよ」
そう言われて通信を切られた青頭千里の顔は、笑みが張り付いたまま固まっている。
別に嘘などついていない。嘘を吐く必要はないし、足の怪我がないのはなかったことにされたからだ。
しかしそんなに自分は嘘くさい顔をしているのかと心配になり、試しに仲良く雑談しているマスターと神崎伊予に尋ねるのだった。
「え?いまさら?」
「人外。心からの笑みも見せないお前を誰が信じるんだよ、いい気味だ」
容赦のない二人の言葉にも青頭千里は笑みを崩さないまま受け止める。青い血の二番や十三番に比べたら、本当に可愛い暴言である。
そういえば七番と八番はどうしているのだろうか、と確認を取ることにした青頭千里は白子泰虎の携帯電話へと通信する。
コール音が数回鳴り響いた後、意味もなく通信を切られた際に聞こえる耳障りな音が響く。
そして繋がっていないことを示す音が虚しくも耳に届き、仕方ないと青頭千里は再度かけなおす。
今度は先程よりもコール音が長かったが、切られることはなかった。眠そうな声が電話越しに聞こえてくる。
しかも心地よく寝ていたところでいきなり起こされた人特有の不機嫌な声である。タイミングが悪かったと思いつつ、青頭千里は話を進める。
「おはよう。君の血は何色かな?」
『青色だよ。ほら、これが青い血のリーダーの声』
電話の向こう側から子供達の反響する大きな声が聞こえてくる。
あまりに大きすぎて機械が耐えられずに音割れするほどで、青頭千里は二重の意味で顔を顰める。
そして電話の向こう側にいるであろう白子泰虎に再度問いかける。
「どういうことだい?」
『どうもこうも、友達に事実を話しただけの日常会話だよ。ふぁあ……一安心したら眠くなってきた』
「七番は?」
『あはははははは!もちろんいるに決まってんじゃーん。よっしゃあ、一番に一泡吹かせられたっぽい』
七園真琴の楽しそうな声に深いため息をつく青頭千里。別に悪いことしていないのに、この扱いである。
青い血をなんだと思っているんだと小一時間は説教したいが、ばれてしまったなら仕方ない。
ただし厳しく口止めはしなければいけない。青い血の脆弱性とは数である。世界で十三人しかいないという事実は変わらない。
もし赤い血の人間が本気を出して青い血を殺そうとすれば、容易く十三人は死んでしまう。
代わりに社会に多大な影響を及ぼしてから全員死ぬだろう。経済恐慌を覚悟しているなら、青頭千里は受けて立ってもいい。
それほどの力を持つからこその、極秘ではない。青い血という人外な存在と自覚しているからこその、秘匿。
「全く……それが君達の個人的な理由で動く本質なのだね?」
『そう。僕はどんな血が流れていても、友達と言ってくれた健斗を信じる』
『アタシも。赤い血と共に生きて、赤い血になら殺されてもいい。アタシ達二人は青い血が大嫌いじゃなくて、赤い血が好きなの。人間が、好き』
「好き、と、信じる。相変わらず七番と八番の言葉はこそばゆい物ばかりだね」
肩を竦めながらも、少しだけ嬉しそうに笑う青頭千里。様子見を続けていた二人が、青い血として生き始めたのだ。
七番は赤い血を好きになり、八番は赤い血の力を信じる。だからこそこの数字達は短命で、代替わりが激しい。
幸福と末広がりという縁起のいい数字を持った人外は、一番人間らしい感情を本質として動く。
ただしその本質に目覚めなければ二人は白子泰虎と七園真琴のままでいれた。
だが今二人は青頭千里に本質を見せつけた。それは青い血として生きていく運命を提示したということ。
青頭千里は青い血の一番として二人に青という字を授けなければいけない。赤い血として生きていく仮の人生は終わりを告げる準備を始めた。
「いいのかい?君達は好きで信じるべき友達と別れる運命に自ら足を踏み入れたのだけど」
『うん。でないと僕達は無力なまま、健斗達が挑む事件に協力できない』
『あはははは!ほっんとうに、二番と一番は最悪。だけど今回は、一番側についてあげるね。あはははは!』
そして通話を切られた。青頭千里は浮かべていた笑みを少しずつ深くしていく。
青い血も魔女も古代人も地底人も未来人もデータもロボットも、あらゆる全てを巻き込む事件。
中心に立っているのは少年だ。だが今回の主役は一人ではない。少年が事態を動かし、もう一つの要因が決着をつける。
まるで物語だ。その登場人物の一人として自分が立っているという、スポットライトを浴びるような心地。
青頭千里は本当にほんの少しだけ二番に感謝した。こんな歪んだ舞台に自分を引きずり上げたことを。
そうでなければ見つからなかったであろう人材に気付かせてくれたことに、青頭千里は一瞬だけ感動した。
そして切り替えていく。この物語さえ、青頭千里からすれば足場、踏み台に過ぎない。
もっと大きな舞台を整えて、優秀な役者を揃え、まだ未熟な設定を練り上げるのは自分の役目だ。
行使するために二番のジョージ・ブルースは退場してもらわなければいけない。そして七園真琴と白子泰虎に新たな役者名を。
青頭千里は笑う。だが心から笑うのではない。空虚な笑みを貼りつかせている。
まるで本当は悲しいのに化粧で誤魔化すような道化師のように、青い血の人外は笑い続ける。
別の場所で体の中に青い血を宿した二人も笑っていた。とても寂しそうな笑顔で、大好きで信頼している友を見つめている。
羽田光輝、山中七海、二宮吹雪、浅野弓子、同じ小学校の同じクラスで出会った、赤い血の子供達。
竜宮健斗や崋山優香も同じクラスの友達だが、今はこの場にいない。二人共迎え撃つための準備をしているからだ。
白子泰虎と七園真琴は絆創膏に滲んだ青い血が乾いていくのを感じながら、とうとう話してしまったと苦笑する。
本当は中学進学前まで一緒にいたかった。卒業を機に離ればなれという自然な形で別れたかった。
それを叶えるには無力な赤い血の子供の振りをし続ける必要があった。だが二人はどうしても我慢できなかった。
全てを救いたいと言った少年は知らないまま青い血の一番に利用されている。それを止められるのは同じ青い血だけ。
青い血の二番も赤い血を嫌い、特に少年を邪険にしている。いつ殺されてもおかしくない状況だ。
赤い血の子供の振りをしていたら、助けることなどできない。だから正体を明かした。
「泰虎、お前本当に……赤い血が流れてないのか?」
恐怖を滲ませつつも羽田光輝は尋ねる。目の前で青い血が流れたというのに、冗談だと信じたいようだ。
山中七海も七園真琴の顔を凝視している。浅野弓子と二宮吹雪も二人の次の言葉を待っている。
否定して欲しい心情とは反対に、二人は冷酷な真実を常識のように返す。
「うん。青い血の人外、生まれた時から僕と真琴は……ふあぁ」
「そこで欠伸するなよ!?全く……なんか悩んでるのが馬鹿みたいになるな」
「大丈夫だよ、きっと悩む必要もなくなるから」
欠伸を噛み殺しつつ、白子泰虎は安心させるための言葉を吐き出した。
だがそれは違和感を抱くには充分な言葉で、浅野弓子が首を傾げる。
「青い血がどうして世間に知られてないと思う?ちゃんと口封じするか、記憶をなくすか。もしくは利用価値があれば記憶を保持したままでもいけるよ、健斗みたいに」
「チョーこわっ!?なにそれ、怪しい薬を飲まされてなあれ?」
「あははははは、そんなわけないじゃん!もっと簡単な科学的治療による証拠隠滅だよー」
爆笑する七園真琴の言葉に山中七海は青ざめる。二宮吹雪も自分が思った以上の何かが動くと知って、言葉を失くす。
浅野弓子も怯えて羽田光輝の背中に隠れるほどである。白子泰虎は眠そうな笑顔の裏で、良かったと安堵する。
怖がって忘れたいと懇願された方が楽だからだ。誰だって危ない橋を渡るより安全な橋を選ぶ。
だが羽田光輝は違った。安全な橋の先には友はいない。危険な橋の先にしか、大切な物はない。
考えるのが竜宮健斗並みに苦手な羽田光輝は、後先も考えずに思ったことを口にする。
あと一秒でも出すのが遅れていたら信じてもらえなかったであろう、大事な感情をぶつける。
「俺は泰虎とも真琴とも友達でい続けたい!どうすれば利用価値のある人間と判断されるんだ!?」
「へ?」
眠そうな顔も吹き飛ぶほどの提案に、白子泰虎は思わず素の感情で声を出してしまう。
世渡りが上手い青い血の一番ですら友達という存在はいない。二番は言わずもがな、十三番は論外。
他の青い血も皆同様で、きっと自分達も同じように友達のいない青い血になるだろうと思っていた。
ぶつけられた感情を理解していく内にむず痒くなり、白子泰虎は七園真琴に負けないほどの声で笑い出す。
それはいつも眠そうな少年からは想像もできないほどの姿で、隣にいた七園真琴も驚くほどである。
痛快なほど晴れやかな笑い声は決意を促すには充分で、人の悪い笑みを浮かべて白子泰虎は羽田光輝を見つめ返す。
「その言葉、信じていいの?なら僕は本当に君を巻き込むよ?」
「上等だ、こら!大体俺がいなかったら誰がテメーを朝の登校に間に合うように手を引っ張るんだよ、ああん?」
「……それもそうだね。じゃあ、光輝は遠慮なく」
笑い合う男子を眺めていると、山中七海も獣のような声を上げ、綺麗にセットしていた髪を乱しつつ頭を抱える。
しかしすぐに吹っ切れたらしく、七園真琴の肩を掴んで有無を言わさないほどの距離で睨みつける。
「あ、アタシも巻き込みなさいよ、馬鹿!ななりんと泰虎と光輝だけじゃ不安材料だらけじゃん!」
「チョー正論。ついでにアタシも巻き込みよろしく―」
「え、ええ!?じゃあ私も……」
流れに乗るかのように女子三人も七園真琴を逃さないようにする。
七園真琴は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を思わず背けてしまうが、湧き上がる興奮に体を震わせる。
だから赤い血は大好きなのだ。賢明ではない判断なはずなのに、それが愛おしいと思えてしまう感情による行動。
「なっち―、ふっちー、弓子ちゃん、大好き!」
「うわっ、急に抱きつかれても……あ、なんだ」
「チョー体温高い。青い血も赤い血と同じで温かいじゃん」
「で、でも三人ひとまとめに抱きしめられて苦し……」
抱き合う女子と笑い合う男子。傍から見てそれはどこにでもいる子供達のじゃれ合いだ。
血の色など関係がなくなるほど、自然で当たり前の行動。しかし白子泰虎と七園真琴はすぐにある問題に気づく。
どうすればこんな普通の子供達を利用価値のある存在に仕立て上げるか。青い血の一番が笑顔で、むりでしょー、と言っているのが脳裏に浮かぶ。
「一番を納得させる方法……真琴」
「うん、一か八かの計画。もしくは七転八倒?」
「七と八がつくなら、きっと僕達の勝ちになるよ。ちょっとだけ信じてみようか、あの一番の甘さを」
「そうだねー。嫌いではないけど好きにもなれない奴だけど、だからこそ付け入る隙がありそうだし」
なんの話をしているんだと羽田光輝達が首を傾げる中、二人の青い血は無茶な計画を進めていく。
巻き込んでいいと言われたので、容赦なく目の前の少年少女を巻き込む内容だ。
だが二人は信じている。大好きな赤い血の力は、時に青い血の思惑を凌駕することを。
マスターは密かに届いたメールを見て悪い笑みを浮かべる。青頭千里がその表情に嫌な予感を嗅ぎ取り、画面を覗こうとした。
しかし足払いを素早くかけられた上に倒れ、動き回る回転椅子にマスターが乗った状態でぶつかられ、脇腹に鈍痛が走る。
さらに背中に神崎伊予が正座をして重石の役割を請け負い、その間にマスターは持ち前の技術をフル活用したプロテクトをパソコンに仕掛ける。
そこまでされたら青頭千里には手の出しようがない。社会を動かす人外はマスターを凌駕する技術など持っていない。
なにより無理矢理プロテクトを解除したところで、マスターの機嫌を損ねたらこれ以上に大変な目に会うことは目に見えている。
とりあえずいつの間にこんな連携を組めるようになったのか、マスターと神崎伊予の恐ろしい組み合わせに青頭千里は苦笑いを浮かべるしかなかった。