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潮騒が広がるエリアで

有川有栖は家の道場があまり好きではない。

強い武道の流派とは聞いているが、そのせいで無暗に力を行使してしまう時がある。

それを見た親や祖父は天才というが、誰かを傷つけることには変わりない。


今もからかってきた基山葉月の顎にめがけて正拳突きをし、空中に体を浮かせたところである。

同い年とはいえ幼い少女が少年を吹き飛ばすのである。どう見ても異様な事態であるが、布動俊介は慣れ始めていた。

しかし吹き飛ばした有川有栖は顔を青ざめ、最近では持ち歩くのが普通になってしまった救急箱を取り出す。


「あっただだだ……有栖、そんなんでよく、健斗さん、とか媚び売れるな」

「媚び売ってるんじゃなくて、好意を態度にしているだけ!!ほら、顎見せなさい」


赤くなった顎を擦る基山葉月の手を退かし、有川有栖は手荒く治療していく。

布動俊介はそれを見ながら今日も平和だと思いつつ、空を見上げる。夏が近づいた、白い雲も眩しくなる季節だ。

その空の下にいる子供達は三人、ではなく六人である。


伊藤一哉、伊藤二葉、伊藤三月の三つ子も有川有栖達と一緒に公園で待ち合わせし、基山葉月が綺麗に吹き飛ばされているのを見た。

三つ子にとっても見慣れた光景であり、最早驚く方が不思議なのだ。

伊藤兄弟の中で紅一点の伊藤三月は有川有栖に向けて、涙目ながら侮蔑の視線を送る。


「健斗さんだって暴力女はお断りだと思う、ぐすっ」

「そういう泣き女こそ鬱陶しいと私は思うなー」


そして始まる女同士の戦いも少年達は慣れすぎて、今日も平和だなーと空を見上げて視線を逸らすのである。

男同士の戦いが女に理解しにくいように、女同士の戦いに男が手を出せないのも日常の中では普通のことである。

しかし今日は一味様子が違うらしく、少女達がお互いの顔を見合った後に溜息を盛大に吐き出す。


「どっちもお断りかもね……ぐすっ、ううぅ……」

「そうなのよねー。健斗さんの本心が知れたらなぁ……」


誰も知らない、竜宮健斗が本当に好きな人。だからこそ突撃もできるが、同時に怯えが姿を見せる。

いつも傍らには崋山優香がいるが、それすら竜宮健斗が好きな相手なのかもわからないほどだ。

なにせ竜宮健斗と言えば鋭いかと思えば、鈍さではピカイチという謎な性格をしている。


それに振り回されるのが楽しいこともあれば、度が過ぎれば辛くなっていく。

このままではらちが明かないと思った少女達は、真向いにある恋敵の顔を睨みながら提案をする。

共同で作戦を立てるような顔ではないが、戦いに挑む顔としては十分な気迫があった。


「どうせ今回もまた変なことに巻き込まれるだろうし」

「それで健斗さんが動き回るわけだから」

「タイミングさえ合えば」

「都合が良ければ」


そして少女達は目線を逸らしていた少年達の首根っこを掴み、作戦会議のためとのたまって引き摺っていく。

結果は見えていそうなものだ、という顔をしている少年達だが、拒むことはしない。このまま答えが出ないのであれば、その分だけ巻き込まれていく。

ならば少女たちの気が済むということであれば、付き合うのも悪くないかと四人揃って苦笑するのであった。






海を眺める籠鳥那岐は、残念ながら一人ではなかった。

できれば一人で物思いにふけたかったのだが、彼にとっての人生最大汚点はそれを許さない。

今もコンビニアイスを食べながら籠鳥那岐の隣に立つ御堂霧乃。棒アイスの棒の部分を噛み砕きかねない食べ方をしながら、口を開く。


「なっちゃーん。どうすんべよ、あの世界に涼姉がいるとかさぁ……」

「どうするもなにも、壊すしかないだろう。どうせ他人が作った偽物だからな」

「……アタシはそれでもいいんだけどねぇ」


食べ終えたアイスをビニール袋の中に入れ、今度はカップアイスを別の袋から取り出す御堂霧乃。

これで三つ目のアイスなのだが、彼女の普段食事する量に比べれば序の口である。

外見がなまじ美少女アイドルな姿なので、通りかかる人々はそのギャップに驚いて二度見するほどである。


「誰かの思い出の涼姉も、アタシの思い出で笑ってる涼姉も、似たようなもんじゃないか」

「似ているもんか。彼女は……」

「でも違わないだろう。どちらも記憶や記録から形成された涼姉なんだ。だったら、アタシは会える世界を選ぶ」


扇動涼香。籠鳥那岐と御堂霧乃よりも少し年上で、二人よりも早く死んでしまった少女。

病弱であったが、死因は他殺。蘇える方法を知った御堂霧乃がクラリスに殺害を頼んで、殺されてしまった。

そして蘇えるかと思われた矢先、データである自分に絶望して消えてしまった。


かつて御堂霧乃は前述したとおり、扇動涼香が恋しい余りに、健康な体を渡すために、殺すよう頼んだ。

過去で籠鳥那岐は火葬で焼かれていく扇動涼香に向かい手を伸ばし、両手を火傷した。その手には黒いグローブをしている。

どちらも扇動涼香という少女を愛し、それゆえに対立した。同じ少女を愛したからこそ、どうしてもお互いの気持ちが嫌というほどわかる。


御堂霧乃は地獄に落ちてもいいほど彼女を愛し、籠鳥那岐は天国に彼女が向かえるように祈るほど愛した。

その反面で真逆の思想であるお互いの気持ちもわかる。籠鳥那岐はそんな自分に嫌悪し、御堂霧乃はそんな自分を鼻で笑う。

二人は長い時間をかけて扇動涼香が死んだことを認めた。だが青い血が作り上げた世界では全てが、扇動涼香が揃っている。


なんのために対立したのか。どうして今更そんな世界が顔を覗かせるのか。

認めたというのに、納得しきれない気持ちが湧き上がる。少女が別の世界で笑っているという事実。

例え紛い物だとしても、自分達がいる世界ではなく、夢のような世界で生きているという理不尽。


だから御堂霧乃は会いたいと強く願う。大事な、殺してでも救いたいと願うほどの少女に会いたい。

逆に籠鳥那岐は会いたくないと強く願う。大好きな、もう会えないと決別したと割り切った少女に会いたくない。

もし会ってしまったら、今までの自分が道化のように笑われるための存在になってしまう気がするから、籠鳥那岐は会いたくなかった。


「ま、なっちゃんの好きにやるといいさ。どうせ涼姉に会えるとしたら、なっちゃんだろうしな」

「霧乃……」

「ち・な・み・に。涼姉は生前こう言ってたぜ」


生前。それは死者が生きていた頃の話をする時に使う単語だ。

御堂霧乃はあえてそれを使うことで、自分の心にケジメをつけようとした。

本気半分、冗談半分で籠鳥那岐に対して、いつもの軽口に近い、だが違う何かを残していく。


「なっちゃんに名前を呼んで欲しいってよ。夢の世界だけでも、呼んであげたらどうだ?」


去っていく御堂霧乃の背中を眺めながら、籠鳥那岐は白い部屋の中で微笑を浮かべる少女を思い出す。

傍にいるだけで落ち着かなくなって、だけど安心するという相反した心地を味わった。

目が離せないのに、目が合うと逸らしてしまうような、素直になれない自分と素直になりたいという真逆の反応。


たった一人の少女を思い出すだけでこんなにも気持ちが溢れるのに、紛い物とはいえ出会ったらどうなるのだろうか。

死んだと認めたはずなのに、もう二度と会えないとわかっているはずなのに、会いたくないのに会いたいとも思う気持ち。

それを考えるだけで籠鳥那岐は今日も眠れないだろうと、深々と溜息をついた。そしてぼやく。


「忘れたくない、けど忘れたい。この気持ちはなんと言うんだろうな……」




御堂霧乃が聞いていたら、ポエムかよなっちゃん、とからかわれていたであろう呟きを籠鳥那岐が口から出したのと同時刻。

錦山善彦は自室でアラリスから渡されるあらゆる情報に目を通していた。それもこれも彼の能力を働かすには、情報が必要なのだ。

手に入れた情報をもとに予測する、先読みという地味な能力だ。だがそれすらも必要だと言われ、錦山善彦は泣く泣くうんざりするほどの情報に目を通していた。


しかも情報が手に入れば手に入るほど、目の前でフラッシュがたかれたように知らない光景を一瞬映し出すのだ。

一度や二度ならまだしも、何度も同じことが起こると疲れてくる上に、能力を使いすぎて頭も痛くなる。

ちなみに一瞬とはいえ映し出された光景を錦山善彦は忘れることができなかった。まるで焼き付けられたように、鮮明に覚えている。


それでも一瞬を捉えた光景であり、これが何の役に立つかは分からない。ただ備えあれば憂いなしという理由で疲れることをし続ける。

本人も地味で意味のないことかもしれないと考えている。だが誰かがしなければいけないことということもわかっている。

だからおろそかにはしない。それが地味で空気を読むくらいしかできないと自負する錦山善彦の意地だ。


「あああああああ!!!!忘れたい、けど忘れたくない!!この気持ちはなんなんや、どちくしょうぅぉおおおおおおおおお!!!」


それでも叫びたい時だってある。それが少年時代だ。

さらに違う場所で同じような内容を呟いている籠鳥那岐のことを知ってしまうのも、錦山善彦の地味な能力のせいである。

決して彼が悪いわけではないのだが、錦山善彦はバツの悪そうな顔をして、密かに籠鳥那岐に向かって心の中で謝ることになった。


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