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第五話:変わりゆく日々

 夜。

 ルークとレイリアはすやすやと寝息を立てて夢の中にいる。

 それを見て、寝ようと言い聞かせてみるが目が冴えてしまい眠れないライザ。

 夕暮れに見たエルウィンの悲しげな瞳が、切ない笑顔が、何よりも。

『俺は君が羨ましいよ。なりたいのに』

 それは、どういう意味だろうとライザは考えているからだろう。

 そして、眠れなくなってしまった。

 初めて会っただけだがエルウィンは明るくて快活で人懐こい笑顔で周りをパッと華やかにさせる力を持っている。

 ライザからすればエルウィンが羨ましいと思う。言いたいこともはっきり言えて憧れる。

(早く眠らなきゃ……)

 時計を見上げるとまだ夜が濃い時間だ。加えて朝は講義がある。

 講義中に寝たら同室者と一緒に全部屋掃除である。それだけは避けたい。 

(何を気にする必要があるんだよ。またエルウィンに聞けばいいじゃないか。レオンに会う時間ができれば、エルウィンだって一緒にいるはずだろうし)

 アディンゼルの家にいてレオンともあれだけ親密ならほぼ毎日いるのは間違いないだろう。

 人の発した言葉の中にある思いが分かればこんなにも悩むことはないのだが。

 寝る時間まで奪ったエルウィンを恨めしく思いながら目を閉じたが、脳内に霧があって前が見えない。

 瞼の裏に藍色の空が一面に広がり、スッキリしない目覚めを味わうことになったのだった。


《16》


 次の日、ライザはゆっくりと瞼を開け、漸く顔を出した朝日の淡い光を視界に入れる。

 今日は眩しい光ではなく入道雲が太陽を覆っていて強い日差しではなくふんわりとした心地よいものだった。

「うーん……ライザ、おはよー……」

 此処で長い間暮らしていると時計の短い針が六を指した時点で自然に目覚めるようになる。相変わらずごわごわした髪に跳ね回る寝癖を気にせずライザに向かってとろんとした笑顔を投げ掛けるレイリア。

 胸を掴まれるような痛み。

 決して不快なものではないが酸っぱくて苦しくなるような痛み。

「よっ、ライザー!」

 起きて早々抱き付いたルークによってその痛みは無くなったが。もしかしたら自覚しなかっただけなのかもしれない。

「ルーク、朝から五月蝿いわよ。早く仕度しなくちゃ……」

「そーだな、ライザ、やろやろー」

 もう一度ルークはライザに甘えるように抱きついて、朝の着替えを始めた。

 二人とも寝相は他人がさーっと遠ざかりたくなるくらい凄まじい悪さでルークの下敷きになったり、レイリアの足に頭を挟まれたり、ライザからすれば堪ったものではない。

「あー、寝癖いっぱいついてる。長いの鬱陶しいし切っちゃいたいわ!」

 苛々を隠さず櫛を通すレイリアにルークは笑いながら「理容師、講義終わったら来るんだと」と言ってレイリアを宥める。

「ホント? ルークって頼りになるわー」

「こういうときは調子いいんだから困るよなあ。ライザも呆れてるよ。なー、ライザ」

「えっ、えっ、えっと」

「ライザを困らせるんじゃないわよ!」

 レイリアはルークの足を容赦なく叩き、ルークは痛いと言いながら苦笑を漏らした。

 満更でもないルークの笑顔にレイリアの真っ赤になった顔。

 ライザは寂しそうにそれを眺め、気付かれないように透明な息を吐いた。

 じゃれあう二人を放置してライザは一人先に抗議室へと走る。家庭教師のようなものだ。

 学校へ行けたら、きっと楽しいのだろうが人の多いところは苦手だ。顔馴染みの子が殆どだと言うのにライザは未だに上手く話せない。

「やあ、ライザ」

 今日は爽やかで頼れる皆のお兄さんが隣らしい。ルーカスというのだが、彼は母親が経済的に苦しくなり、暫くここにいるのだという。

「ルーカス兄ちゃん」

 人見知りの激しいライザにも優しく接して待ってくれる。

 レオンを思い出すなあとライザはぼんやりと考えた。

 ルーカスは年を跨ぐと母親の元に帰り、アークシティの学校で寮生活をしながら通うのだと言う。

「ルークは相変わらずなのかい?」

「うん、自覚があるのかどうかは分からないけどさ、多分……」

 そこでライザは言葉を詰まらせた。

 走馬灯のように流れる二人の照れた顔、ルークの前では女の子になるレイリア、見せつけるようにじゃれあう二人。

 ルークは見せつけるような性格はしていない。しかし、どうしてもそう思ってしまう。

「ライザ、大丈夫かい? 顔色が悪そうだけど」

 ルーカスの心配そうな声にハッとして顔を上げたライザは慌てて取り繕う。

「ううん、大丈夫だよ。兄ちゃんありがとう」

「いや、それなら良かった。でも無理したらだめだよ。いいね?」

 ルーカスの優しさに気分は少しだけ落ち着いたが、ルークに対する醜い感情を前にライザは困惑するばかりであった。


《17》


 講義は終わり、ライザはそれなりに板書をしたノートを見て、ルーカスのを見る。

「いつも丁寧だよねえ、ルーカス兄ちゃんの」

 筆で書いた達筆と分かりやすく纏められたもので、とても眩しい。

「アークシティのエリート校……レオン様が今行ってるところ。あそこに行きたいんだ」

「えっ……」

 レオンの名前が出て、思わずライザは目を見開いた。

「どうかした?」

 ルーカスが心配そうに問い掛けているのを見て、慌てて笑顔を意識した。

「レオン様って、皆の憧れの的なんだなあって思ってさ!」

「そりゃそうさ。容姿端麗、勉強もできる。女の子だけじゃなくて男の子の目指すべき頂点ってやつかな。レオン様はそこにいるんだよ」

 冷静で爽やかで正に兄と言うべきルーカスの無邪気さにライザは苦笑した。

「レオン様って凄いね」

「そうだよ、ライザ!」

 胸を張って言い切った彼にライザも思わず笑い、その時間はレオンの話で持ちきりだった。


《18》


 相変わらず若葉が生い茂り、枯れる様子もない並木道。

 白く綺麗な道を動きやすい靴が踏み、土が少しだけついた。

 噴水と銅像の近くには賑やかな声が聞こえてきて、内容は少女が少年を叱咤しているものだ。

 彼には二人の少年少女が、幼い頃から一緒の恋人同士に見えた。

 少しだけ躊躇ったが、悩んでも仕方ないと思いきって前進した。

「あ、ねえ」

 それでも話しかける。

「……えっ、誰ですか?」

 円らな瞳が警戒心で大きく揺れている。怖がらせただろうか。

「レイリア、ルーク、お待た……エルウィン!」

 ルーカスとともにやって来たライザが二人ーールークとレイリアの目の前にいる青年を見て驚いた。

「よう、ライザ。驚いた?」

 レオンの幼なじみで真っ直ぐで騙らぬ青年、エルウィンだ。

 どうして彼がここにいるのだろう。

「知り合いなの、ライザ」

「えっと、まあ、うん」

 レイリアの困惑した問いに無難に答えたライザだが、自分自身が突然のことに頭がついていかないのでどうしようもなかった。

 とにかくエルウィンがなぜここにいるのか分からない。

 ルーカスもポカンとした様子でライザとエルウィンを交互に見る。

「すぐ終わるから、ちょっとだけライザと話がしたいんだ。いい?」

 エルウィンは大して気にしていないのか軽い調子で言ってくる。

「ああ、構いませんが……」

 いつも動じない二人も戸惑い、ルーカスは話をつかめていない。

「じゃあ行こうか、ライザ」

 終始エルウィンに翻弄され、ライザは頭を抱えた。


《19》


 ずんずんと、緑が眩しい野原の道を、エルウィンと二人で歩いている。

 変な話だが風の心地よさと太陽の暖かさで程よい温度。歩くには最適かもしれないとライザは思う。

 まさか、エルウィンと二人で昼下がりの道を歩くとは思わなかったが。

「ライザ、いきなり押し掛けて悪かったね。今日、学校が昼までで終わったからアリアスに帰って来たんだ。レオンは長期休暇だからずっといるけどテスト勉強だからなあ」

 昨日の夕暮れの時とは違う、のんびりした彼らしい明るい声。

「エルウィンはレオンとは学校が違うの?」

 ライザの問いにエルウィンはクスリと笑って「違うよ」と答えた。

「じゃあ、普通?」

「そう。アリアスの時はライザと同じくあそこに通って、中等部は受験して入った」

「受験?」

「そう、受験。多分、もうすぐ説明があると思う。ライザ、ライザはさ、レオンのそばにいたい?」

 受験。その二文字に心臓を跳ね上がらせているとエルウィンが奇妙なことを聞いてくる。

「……レオンのそばに……」

 考えたこともなかった。レオンのことはいつからか距離を離していたからだ。

 答えに戸惑っているとエルウィンが切ない笑みでぽつりと言った。

「レオンは眩しいよな、いつだって」

 それは、どういうことだろう。

 エルウィンの項垂れる姿を見て、ライザは彼の抱える闇を見た。

「エルウィン、どうかした? 僕に……何かできる?」

 その、痛々しい姿を見ていられず、ライザはエルウィンにそっと手を差し伸べた。

「……ライザ、君は……」

 足音を潜ませて、しんみりとした空気にエルウィンの重々しい声が乗る。

「エルウィン、レオンと何かあったんだね」

 いつもレオンといるエルウィン。少なくともライザはそう思っていた。その彼がレオンの所にはいない。

「何もないよ、無いけど……ライザがレオンのそばにいられなかった理由が分かっただけ、なんだ」

 その一言を聞いてライザは納得した。するとエルウィンは辛そうに頭を垂れて謝罪の言葉を紡ぐ。

「……ごめん、ライザ。あんなことを言って、本当にごめん」

 悲痛な叫びにライザは何度も首を振ってエルウィンの肩を叩いた。

「大丈夫だよ! それより、エルウィン、顔をあげて。いったい何があったの?」

「……ライザ」

 ゆっくりと顔を上げたエルウィンの目尻には筋がある。

「レオンと喧嘩したの?」

 理由が知りたくて質問してしまう。喧嘩という理由にはエルウィンはすぐに首を振る。

「いいや……」

 こんなとき、当たり前のことしか思い浮かばない自分の思考に渇を入れた。それでも思い浮かばなかったのだが。

「何なんだろ……うーん、分かんないなあ……」

 それらしい理由も思い浮かばず呻いてるとエルウィンは「ごめん」と言ってライザの頭を撫でた。

  ごしごしと乱暴に撫でられ、ライザは口を尖らせてエルウィンを睨み上げる。

「意地悪してごめん。でも君の一生懸命な所がかわいくて、ね」

「それ、理由になってないよ……何か、けなされた気分……」

「悪い悪い。うん、君のお陰なのは本当だよ。ちょっとだけ、冷静に話せるようになったからさ」

 エルウィンは太陽みたいに眩しい笑顔でそう言う。

 まだ、拭いきれていない涙がキラキラと、まるで小さな宝石のように煌めいていた。

「……俺にとっては、もうレオンとは、今までの関係にはなれないって思ったんだ」

 ひとしきり関係のない話題で盛り上がった後、エルウィンは真顔でこう言った。

「……どうして?」

 あの、仲の良さ。

 昔から一緒にいて、築かれた自然な空気。

 それが、たった何時間か。或いはたった数分間で無理だと言うのは余程のことがあったのだろう。

「……レオンは、皆のアイドルだ。俺なんか、寧ろ邪魔なんじゃないかって……」

「そ、そんなことないよ!」

 慌てて否定するライザだがエルウィンは首を振る。

「俺は高等部には行けない。夏が過ぎたらさ、アークに出て働かないといけないんだ。父さんがアークで店をやっててさ、そこの修行しないといけない。でも、レオンは違う」

 複雑な家だとライザは思ったが、自分のところにいる友人は同じくアークやアリアスで働くことを希望している。

「学費を出せないんだね」

「そう、それに高等部に行ったらまた勉強したくなるかもしれない。レオンはできるけど、俺にはできない。家族も店を手伝うのを望んでる」

 ゆっくりと自分のことを話すエルウィンに、ライザは、自分の力だけではどうにもならないことを知ったのだ。

「レオンを見たら、羨ましくなると思う」

 心の中にある幼い嫉妬心をエルウィンは、重たい口調で、ライザに向かってはっきりと言ったのだ。

「ライザー!」

 そこへ、レイリアとルークが走りながら此方へ向かって来る。

「レイリア、ルーク! どうして分かったの?」

「どうしてじゃないよ。ええっと、エルウィンさんも。レオン様が探してるから」

「えっ」

 レオンが探していると聞いてエルウィンとライザは顔を合わせた。

「いないって言ったけど、知られたらレオン様に何か言われるじゃない」

 腕を組んで叱るのはレイリアだ。

 ライザは項垂れ、エルウィンはただただ笑うしかできない。

「まあ、エルウィンさんが取り乱した様子だから悪いなあと思って黙っておきましたけど」

 玄関前の通り道で会ったのが初めてなのにもうこんな親しく話せている。

「その代わり、今とても退屈だから付き合ってくださいね、エルウィンさんっ」

「レイリア、やめなよ……」

 どうせ海とかにいこうとでも言い出すのだろう。これだけ人数がいれば近くでは物足りないと思っているに違いない。

「……しょうがないなあ、じゃあ川に行く?」

 エルウィンはすっかり参ったと言った感じで笑いながらすぐ先に見える川を指差した。

「やったああ。そうと決まれば今すぐ行きましょう!」

 言うが早く、レイリアは真っ先に草むらを駆け出し、ルークも続く。

「せっかくだから、ライザも行く?」

 二人の元気な様子を見て、エルウィンは聞いてくる。

 見ればバシャバシャと水音を立てながら掛け合っているのだ。

「二人とも、早く来いよ!」

 一瞬で水浸しになったルークの弾んだ声が誘ってくる。

 暫し考えたが、今日は思い切り遊びたかった。我を忘れて、心行くまで。

「行こうよ、エルウィン!」

 ライザがエルウィンの手を握り、うなずく前に引っ張って草むらを駆ける。

「ライザ、待ってくれよー!」

 エルウィンはぐいぐいと引っ張られ、川の中に入っていく。

「手加減しませんからね!」

 二人の元にやって来るとルークとレイリアが揃って水を掛けてきた。

「負けないからな!」

「エルウィン張り切りすぎだよー!」

 腕をまくりバシャバシャと誰よりも派手な音を立てて応戦する。

「ライザも来いよー!」

「じゃあ遠慮なくいくからね!」

 服はあっという間に水浸しになるが、どうでもよかった。

 それよりも、今を思い切り楽しもう。

 日が眩しく輝く中、心から思ったのだった。

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