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第二話:出会い

「はあ、退屈だなあ」

 朝食を終え、ライザはぼんやりと外に出て歩いた。

 ルークとレイリアは買い物当番で料理人ファーターに連れられ、出掛けている。退屈だった。

 何もすることがないと何度か目の寂しさの溜めをついた。

「ねえ、君」

 ライザとは反対側に立つ青年に話しかけられ、戸惑った。金の髪が光輝いて綺麗だ。

 端正で柔らかな青が魅力的な青年。

「レオン、さ、ま……?」

 レイリアが言っていた青年だ。

 確か、アークシティの私立学校に通うお金持ちの青年。私立というだけで行ける人間は限られる。

 しかも小中高エスカレーター式の学校らしい。

「様付けかあ、皆からレオン様って呼ばれていてね、何だか距離を取られてるみたいだね」

 それはそうだと思ったが彼の瞳が寂しげに揺れていたから黙っておいた。

「あ、そうだ。せっかくだから借りていた本を院長さんに返してくれないかな。えーっと」

「ら、ライザです……」

「うん、御願いできないかな? ライザ君」

「い、いいです、よ……」

 そうしてライザはレオンに会釈を早々にして足早に孤児院の中へ入っていった。

「レオン様……」

 端正な顔。

 黙っていても綺麗なのにあんな風に笑いかけられたらどうしようもない。

「緊張したよ……」

 そう言ってライザはよれよれしながら歩き出した。

 レオンに渡された本を早く返さなければならない、返さないと何を言われるか分からなかった。


 何故、こんなことをしているのだろうかと、半ば強引に押し付けられた本を抱えながら、ライザは溜め息をついた。

 そもそも、あのレオンと偶然にも会うとは全く予想がつかなかったのだ。

「相変わらず、長身だよな。あと、美形の部類に入るよね」

 爽やかさを売りとし、ニコニコと微笑みかける。

 遠くから眺めているぶんには良いが、

「あ、ライザ。どうしたかな?」

 院長は本棚の整理をしている最中で呼び止めるのが申し訳ないと思ったが、整理した後に渡されると手間も増えるだろうと思い、手渡した。

「レオン様から借りた本を返すように言われたんです」

「おや、レオン君が誰かに頼むなんて珍しいなあ。いつもなら自分で来るのに」

「そうなんですか?」

 レオンがよく分からないとライザは首を傾げる。自分で返す方がいい筈なのにどうして頼むのか。

 考えていると院長がライザに本を一冊渡す。

「あ、ライザ君。これ違うよ。レオン君のものだね……どうしようか」

 一冊の白い本を手にとって悩んでいる。

「あ、僕がレオン様に返してきましょうか?」

 院長の手を煩わしてはいけないとライザが申し出た。

「いいのかい?」

「はい、持って行きます」

「ごめんね、ライザ君」

 手短かに言葉を交わし、院長は一冊一冊を元の場所に戻していく。

 小さな図書館としても使われるこの場所は多くの人が本を借りに来るので、行き来は多い。

 ライザはあまり本を読まないので此処に来るのは院長を手伝う時くらいなのだが。

 会釈をして図書室を後にする。

 どうしてレオンが忘れ物をしたのか、ライザには分からなかった。


 通路を渡ると騒がしい声もあまり聞こえてこない。外に行っているのかと把握し、少しだけ寂しくなった。

 此処は広いんだなと思い、寂しさが膨らんでいく。

 それに最近はルークとレイリアが一緒にいて、ライザは置いていかれたような感覚に陥る。

 将来をしっかり見据えている二人と全く考えていない自分。

 このままでは置いていかれると、更に距離が広がると焦っていた。

 誰もいないと色々なことを考えるのか。

 一人では答えなんか出るはずないのに考えてしまう。

「待とう待とう。どうにもならないだろ」

 焦る思考を振り払い、ライザは何となく周辺の机や椅子を眺めていた。

 人を待つのに最適な机と椅子が広間には設置されていて、木製の温かみを感じるものである。

「えっと、ここは……」

 そこで、ライザは全身を硬直させた。

 落ち着いたトーンで整えられている部屋の隅に、本を読んで待つレオンがいた。

 彼はライザの気配に気付いたのか、顔を上げて手を振る。

 彼の振る舞いに戸惑いながらもライザは教科書を抱えて走った。

「やあ、ライザ君。院長に返す本の中に教科書が混じってるのに気付いてね。慌てて取りに来たんだよ」

「……そうなんですか」

 どうも、わざとらしいと内心疑ったがレオンの顔を目の前にすると何も言えなくなった。

 俯き加減で本を渡して、さっと離れようとしたが。

「ちょっと待ってライザ君……ライザ・アレイスタ君」

 フルネーム呼びされるのはレオンが初めてだ。

 ライザが驚きの声を上げて彼を見るが、相変わらずにこやかに微笑むだけだ。

 呆然としていると、スッと白い手を差し伸べてくる。

「僕はレオン……レオン・アディンセルって言うんだ。レオンでいいよ」

「レオン、様……」

「え、呼び捨てじゃないのか?」

 様付けで彼の名前を呼ぶと、レオンは一歩前進して距離を詰めてきた。

「レオン様、ですよね! 呼びました、呼びましたから!」

 見逃してほしいとライザは懇願するがレオンは笑うだけだった。

 じりじりと距離を詰められ、ライザが戸惑っていると追い討ちをかけるように彼はもう一度要望する。

「ライザ、レオンって呼んでほしいな。呼んでくれたら解放するんだけどね」

 絶対にわざとだとライザは思った。

 教科書を忘れたのはわざとで自分が此処に来るのを待っていたに違いない。

「ライザ、どうしたの? 呼んでくれないのか? 可愛い従弟にレオンって呼ばれるの待っているんだけどなあ」

 従弟?

 ライザは自分の髪とレオンを交互に見る。

 どこも似てない。従弟なら少しでも似てる部分があるはずだが従弟とは言われないと全然分からない。

 信じられない。

「ライザ」

 レオンは本気で自分のことを従弟だと思っているのだ。それか両親のことも知っているのだ。

 そして彼は本当に自分の名前を呼んでほしいのだ。

 レオン様と呼んだときの彼の目をふと思い出したからだ。

 自分よりも長身なレオンを見上げ、ライザは小さく呼んだ。

「レオン……」

 しっかり聞こえたようでレオンは満足気に笑ってライザの頭を軽く撫でて離れた。

「ワガママ聞いてもらっちゃった。ライザ君、君はおじ様に似て真面目なんだね。うん」

「……父を知ってるんですか?」

「敬語はダメだよ、ライザ」

 ピシャリと言いつけられ、ライザは内心かなり溜め息をつくがレオンに従うことにした。

「父を知ってるの? レオンは」

「知ってるよ。ついでに言うと君のことも知ってる。ライザって名前をつけたのは僕だからね」

「レオンが!?」

「そうだよ。僕がつけたんだ。ライザに会うのが楽しみで毎日アレイスタさんのところに通ってた。君が四歳の時までは……」

 そこでレオンは眉間に皺を寄せ、ライザも俯いた。

 もう両親が亡くなってから六年になる。アークシティに出掛けたときに事故は起きた。

 アリアス・タウンから船で通い、アークシティに向かうのだが父が車を運転していた。

 操作を間違え、ガードレールに車をぶつけ、それから……。

 今は朧気程度の記憶で、アディンセルさんや親戚がいなければ此処にはいられなかった。

 親戚もいなくなったと聞いて弟と妹はアディンセルさんのところに引き取られたと聞く。

「……レオン、ありがとうね」

 あまりにも辛い記憶で、忘れたくて押し入れの中に仕舞い込んだ。

 自分は思い出したくないと、身寄りのない孤児院に行くと言ったのはそれから間もなくだ。

 此処にいるのは自分から選んだもので、全然後悔していない。

 親戚も少なくて、しかも病気がちで。

 ルークとレイリアが気さくに話し掛けてきて、仲良くなったのが切欠で事故のことを考えなくなったのだ。

 レオンのことは、その時から考えないようにしていたのだろう。

「まあ、会えて嬉しいよ。その様子だと大分元気になったみたいだし。僕の名前を様付けで呼んだのは悲しかったけど」

「当たり前でしょ。アディンセル様だもん。資産家だし」

 あの幼いときみたいに気軽にレオン達のところへは行けなくなった。

「そんなあ……僕にとってライザは大切な従弟のままなのになあ」

 拗ねたレオンの顔が視界に入るが、ライザからすればもう少し自分のことを把握してほしかったのだが。

「まあ、いいや。それにしてもライザは此処での暮らしを思いの外気に入ってるみたいだね。父さんも早く来てほしいなんて言ってるから連れていこうと考えたんだけど楽しい場所から無理矢理離したくないし」

 その話は驚きだ。

 ライザが目を見開いてレオンを見ていると今度は彼が呆れる番だった。

「そもそもライザ君が孤児院に行くって言ったのが驚きだよ。あの頃から君は人に遠慮ばかりしてた」

「だってウィライルは四歳だったしアレスは生まれて間もない時だもん。負担はかけられない」

 ライザの妹ウィライルと弟アレス。彼らは自分のことも両親のことも恐らく覚えていないだろうが。

「アレスもウィライルも君に会うのを楽しみにしているよ」

 レオンの言葉はにわかには信じがたい。疑念を向けるライザにレオンは更に溜め息をついた。

「アレスが覚えているのは意外だろうがウィライルは四歳だ。覚えているに決まってる。それにウィライルがライザのことばかりアレスに話すからアレスも会いたいと言っているよ」

 それでもライザは会いに行きたいとは言えなかった。こういう時に彼は素直になれない。

 会いたいが、いきなり来ても大丈夫なのか。

「君さえよければいつでも行くよ。さて、僕は帰ろうかなあ……早く帰らないとウィライル達が拗ねる」

 今すぐ返事を求められても困る。

 レオンに会って話をするのが精一杯なのに。

「ただいまー、ライザ。手伝ってよー」

「お、ライザ。さっきレオン様とすれ違ったけど何の用で此処に来たんだろ?」

「ルーク、レイリア……」

 ライザが安堵したように二人の名前を呼んだ。

「どうしたのよ、ライザ。ねえ、ライザ、何かあったの?」

 ライザが呻くような悲鳴を上げたのでレイリアとルークが慌てて彼の背中を擦る。

 何故悲鳴が出たのか、自分でも分からないままレイリアに抱きついた。


「いただきまーす」

 晩御飯は皆と一緒に机を囲んで食べるのが決まりである。

 仄かな灯りとほかほかのご飯と見るだけでごくりと喉をならすほど美味しそうなおかず。

「ライザ、どうしたんだよ。さっきはあんなに泣いたりしてさ」

 唐揚げを手で摘まみ、口の中に放り込む。

「ルーク、食べながら話さないでよ。唾が飛ぶでしょ」

「だって美味いんだもん」

「よく噛みなさいよ。丸呑みして」

 頭が痛いと呆れるレイリアと唐揚げの次はポテトを頬張るルーク。

「全く、ルークはいつもああなんだから……ライザ、さっき、あんなに取り乱したりしたけど大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。ごめん」

「謝らなくていいけど、大丈夫? 何かあったら直ぐに言うのよ。あんたいつも抱え込む癖があるから。どこかの誰かさんと違ってね」

「それどういうことだよ」

 ひとしきり食べ終え、レイリアの言葉に反応する。

「誰もルークのことなんて言ってないわよ」

「目が言ってるよ、レイリア」

「どういう根拠で言ってるのよ?」

「目は口ほどに物を語るっていうじゃないか。つまりそういうことだよ」

 ルークは豪快に笑うとライザの頬を突っつく。同い年なのにふにふにと柔らかくて気持ちいい。

「ライザ、レイリアの言う通りだよ。あまり抱え込まないで何かあったら相談してくれよ」

「ルーク……」

「はい、約束のキス」

 ルークが口を突き出そうとしたところをレイリアが即座に反応し、ひっぱたく。

「なにやってんのよ! ライザにやらしいことしたら私が承知しないわよ!」

「冗談だよー、な?」

「冗談でもやめなさい!」

 二人のいつもの喧嘩が始まり、ライザは苦笑気味に見守っていた。

 このペースに助かった。悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきたのだ。

「ライザ、何がおかしいのよ?」

「レイリアの怒り方がおかしいんじゃないか?」

「なんですって?」

「まあまあ、仲がいいよね」

 それだけ言うとライザはクスリと笑ってご飯を口の中に入れた。

 今はまだ考えなくてもいい。

 レオンも、きっと待ってくれるだろうから。

 すっかり振り切ったライザは晩御飯を楽しみ、二人の会話を楽しそうに聞いていたのだった。

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