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第一話:細やかな幸せ

 春の日差しが程よく眩しい、ぽかぽかとして過ごしやすい気温。黄緑の華やかな葉の色が視界に入り、それが日差しと見事に交ざり合う。光を反射させながら煌めく花は少しずつ風に乗って散り始めている。

 小さな町、アリアス・タウンはで水と自然が綺麗なのが売りだ。人々はのどかに農業や漁業に勤しんでいる。一見、空気が良い町だ。

 中でも大きく目立つのは丘の上には孤児院。煉瓦造りの赤い屋根の可愛らしい建物だった。アリアス・タウン唯一の悩みはこのこの孤児院に預けられる子供の多さだ。理由は簡単で、自給自足で生活する人間の中では子供を育てる環境が整わないのが現状だった。

 但し、全てが親なき子ばかりではない。ここは基本的な生活力を身につけるための訓練所も兼ね備えていた。親を支えるために生活力を身につけたいと自らここに来る子供たちもいる。

 そんな多彩な孤児院。そのそばにある野原を駆け回る子どもたち。皆、孤児院にいるが事情は様々だった。

 その中にいる茶髪の少年、ライザ・アレイスタは幼い頃に両親を交通事故で失い、孤児院に預けられた。

 彼には妹がいたが親戚につい最近引き取られた。しかし、ライザは迷惑を掛けたくないと孤児院に行く選択をしたのだ。自分を含めて三人もいる。そんな自分たちを引き取る親戚に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 このような選択をする事は、どこかで仕方ないと思った。何よりも皆を困らせたくない。そんな思いでここに来た。

 最初は慣れなかった集団生活も段々楽しさを感じるようになり、今では此処に来て良かったと考えた。

 此処での暮らしはとても楽しいから、不幸だと全然思わなかった。

 彼の親友にルーク・ベアラントとレイリア・ラムナーがいた。快活な少年と明るい少女。二人に助けられながらもう何年も過ぎた。二人と一緒に集団行動を取り、生活していた。

 ライザにとって二人は親友。もう、二人と離れたくなかった。離れる事は考えられなかった。

「ライザ、こっちよ。誰が一番早く孤児院まで行けるか競争よ」

 女の子なのに勇ましく、周りからも姉のように慕われるレイリアにライザは苦笑しながらも頷いた。

「よーし、レイリアとライザ相手だから負けないぞ」

「あーら、ルークったら自信満々ね。負けたら外の掃き掃除だからね!」

「絶対やだね、レイリアに押し付けてやる」

「ライザ、しっかりしなさいよ」

 二人の気迫に怯んで何も言えないライザをレイリアが睨む。

「……二人相手だし、勝てる気がしないよ」

 内気な台詞にレイリアは呆れ、ルークは苦笑した。

「はーあっ! 全く、頼りないわね。まあでもこの前競争したら抜かされたから負けられないわ」

「ライザは意外とやるからな」

 ルークとレイリアは顔を見合わせ、ライザに笑いかける。

「じゃあ、位置について!」

「よーい…………ドン!」

 掛け声とともに草を踏み、走り出す三人。ライザは颯爽と駆け抜け、レイリアとルークに並ぶ。

「ら、ライザ!」

 慌ててスピードを上げるレイリアだがライザもそれに合わせて上げてくる。

 流石にルークを追い抜かすことは出来ず、孤児院に着いた頃は彼が到着した三十秒後で、レイリアはライザの直ぐ後に着いた。

「ハア、ハア、レイリア、早いね……」

「や、やっぱりライザは早いわねっ……全然歯が立たないわ……」

 息を荒げるレイリアにライザはしてやったりと満面の笑顔を向ける。

「ら、ライザ! 待ちなさい!」

「わわ、レイリアが怒った!」

「ライザ、レイリアを挑発しちゃダメだろー」

 笑いながら逃げるライザと顔を真っ赤にして追いかけるレイリアとそれをからかうルーク。

 その声は孤児院まで聞こえてきて、皆を笑わせた。

「ライザ、レイリア。元気がいいね。外の掃除をしてくれるかい?」

 年老いていて紳士的な振る舞いをする彼はこの施設の院長だった。そんな院長に呼び止められた二人。彼はにっこりと笑いながら箒を三本持っている。二人はこの先にある展開を予想し、顔をひきつらせた。

 そんな二人の表情の変化を楽しみながら院長は先を行こうとするルークも呼び止めた。

「ルーク、悪いが君も手伝ってくれるかい?」

 やはり大人は驚異だ。そして、この人には逆らわない方がよいと学んだ三人であった。


 結局玄関の掃除を三人で一緒にすることになり、砂利や砂を綺麗に掃く。花を咲かせた木々も新緑が目立つようになった。地に落ちた花びらに歓迎されながら通るのも良いと思ったがやはり通路は見栄え良くしなければならない。最も、三人はせっせと掃除をしていた。細部まで拘りながら。

 行き場のない自分たちを暖かく受け入れてくれた孤児院に対する恩義でもあるが、それ以上に院長たちには心から感謝していた。

 院長がいなければ自分は確実に路頭に迷っていたに違いないと分かる。行き場のない感情を持て余しながら荒んでいたに違いない。暖かなご飯と柔らかな布団とこうした基本的な動作をきちんと学ばせてくれる環境。それを三人は有り難く思った。

 もう、そんなことも考えられる年齢に達している。

 三人とももうすぐ十歳で、孤児院にいられるのは十八まで。まだまだ時間があると思いがちだが、後ろ盾がない不利な状況下、先を冷静に見なければならない。幾ら様々なことが学べても身寄りのない子。頼れる者もいない人生には不安を覚えていた。

 もちろん、ルークとレイリアは真剣に考えていた。今から考えなければ確実に路頭に迷う。

「ルーク、将来何やりたい?」

 掃き掃除をしながらレイリアはルークに聞く。ルークは空を見上げながら答えた。

「そうだなあ、人と関わる仕事かなあ。それで帰って来たら家族が出迎えてくれてさー」

「意外と現実的なのね。パイロットやりたいとか言うかと思ったわよ」

「それはなれないだろうなあ。ライザは何する?」

 ルークが聞いてくるが、ライザにはピンと来なかった。首を傾げながら「まだ考えたことないなあ」と答えた。

「まあそんなもんよ。私も人と関わる仕事がしたいとしか考えたことないもん」

 そう言ってレイリアは前を見る。

 玄関から出た先に友人と和気藹々と話しながら帰る青年。淡い金の髪が日に当たって絹糸のようだ。

「レオン様?」

「レオン様って、アークシティの私立学校に通ってる……」

「そうそう。時々来るそうよ」

「えっ、二人とも知ってるの?」

「ライザは知らないのか? アリアスでは有名だぞ」

「いや、知ってるけど……」

 ライザの表情に少し陰りが見えたが、二人は特に気に止めなかった。

 自分たちよりも遥か先にいるレオン。

 恐らく一生関わらないであろう世界の住人なのだとライザはぼんやりと考えたのだが。

「さ、掃除しよ」

 考えたくなかった。考える必要もなかった。

 止めていた箒を慌てて動かし、ルークとレイリアも後に続けて掃除を再開した。

 一生関わらないと思っていたのだ、レオンとは。

 気が付けば、もう空は赤くなっていて、晩ご飯の時間だ。

「よし、さっさと終わらせて飯にありつくぞーっ」

 ルークの明るさにライザは大きく頷き、箒を動かした。

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