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ふりむけば、鬼嫁。  作者: 江本マシメサ
第三話「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
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三十七

「御免下さい」


 玄関から来客者の声が聞こえ、総一郎は読んでいた本にしおりを挟み、小走りで向かう。


「はい、どちら様でしょうか?」

「異世界堂です」


 以前ハクゲイから半年から一年に一度、島に出入りをする行商人の話を聞いた事があった。たしか<異世界堂>と言っていた気がすると総一郎は思い出す。

 玄関の戸を引くと背中に大きな荷物を背負った四十代から五十代位の初老の男が会釈をし、こちらが話す隙も無くぺらぺらと話を始めた。


「いやあ、暑いですなあ。ここに来るまで桶で水を被った位汗をかきましたよ。しかし水を張った水田は美しい!」


 喋り続ける間も行商人の手は休まる事は無く、上がりがまちに下ろした荷から次々と品物を玄関の土間に並べていく。


「ああ、申し遅れました! わたくし<異世界堂>の殊・藍藍々しゅらんらんらんと申します。もしやラムウル様の婿様でしょうか?」

「は、はあ…」


 行商人殊の勢いに呑まれ総一郎は気の抜けた返事を返す。


「やはり、そうでしたか! いやあ、目出度めでたい!!」

「あ、ありがとうございます…」


 ここにラムウルでも居たら後ろから蹴り飛ばされたかもしれないが、幸いな事に不在だった。ハクゲイ、アメリも外出しており、騒がしい獣達も居ない。屋敷の中は総一郎しか居らず静まり返っている。

 本日の総一郎の仕事はお留守番で、家の中での仕事をきつく禁じられていた為、暇を持て余している最中さなか行商人が尋ねて来た所だった。


「では、これなんかいかがでしょうか? 仕入れに苦労した一品なんですが、ご結婚のお祝いに特別価格でお譲りしますよ」


 殊が荷物の奥底から黒い箱を取り出し、総一郎に手渡す。ずっしりと重さのある箱を開き、包んでいた布を捲れば、中から出て来たのは一丁の拳銃だった。


「……」

「珍しいでしょう? 総一郎様は使った事はありますか?」

「…ありません」


 あったら問題だろうと総一郎は考えたが、ここは異世界なのだと改めて思い出す。拳銃を取り締まる法なども無いのだろう。

 自らの命は自分で守らなければならない、今までの世界とは違い法律が守ってくれるとは限らないのだ。拳銃についての説明を適当に聞き流しながら、いままで気にしないようにしていた現実を目の当たりにする。


「ーーでして、すばらしいでしょう!!」


 殊の興奮した声で総一郎は我にかえる。拳銃の入った箱に布を被せ蓋をして、期待に満ちた表情をむける商人に首を振りながら返した。


「そうですか、残念です」

「ここは、平和ですから」


 非常に悔しそうな顔で箱を仕舞っていたが、また別の品を取り出して見せる。


「ではこちらの品々で気になるものとかはございませんか?」


 次に取り出した品は光り輝く宝飾の数々だった。指輪に首飾り、宝石が散りばめられた品々はどれも女性が身につけるものばかりで、ラムウルにどうかという事なのだろう。


「いえ、素晴らしい品々ですが、生憎あまり手持ちが無くて」


 買ったとしてもどれも和服には合わない品ばかりで、聞けば遠方にある西の国から仕入れたものだという。

 静々と箱に仕舞われていく品々を見送りながら、総一郎はふと宝飾品を入れる箱に入ったままになっていた指輪に気がつく。その視線に気がついた殊は箱から取り出してそのまま手渡した。

 渡された指輪に宝飾類は付いておらず、細かな花の細工が彫られているだけの簡素なものだった。


「気に入りましたか?」

「え?」

「地味な品でしたので、お見せするものではないと思い仕舞ったままにしておりました」

「そうでしたか」

「はい。その指輪に彫られた花は釣鐘草といいまして花言葉はたしか…<感謝>と<誠実>だったかと」

「<感謝>、ですか」

「はい。売れ残りですので、そうですね…二十金幣で結構ですよ」

「……」


 この宝飾の無い細工が施されただけの指輪でも金幣が二十枚も必要だと商人は言う。もちろんそんな手持ちなど居候の総一郎が持つはずも無い。

 しかしあと一週間ほどで<鬼ヶ島>に来て一年になる。という事はラムウルの誕生日も近いという事だと総一郎は思った。


「とても素敵な品ですが…」

「お待ち下さい! 何も支払いはお金じゃなくても構いませんよ」

「…?」

「こちらに来た時に何か珍しい品をお持ちではありませんでしたか?」

「いえ、特別珍しい物は」

「たとえば、異世界から持ち込まれた品は、収集家の間で高価な取引が行われます!」

「ーーえ?」

「お持ちですよね?」

「何を…?」

「異世界の、品を」


 瞠目する総一郎を前に異世界堂の商人はゆっくりと笑みを深める。


「匂いが違うんですよ、ここの人間とは。大分染まってきていますが」

「……」


 匂いが違う、とは<鬼ヶ島>に来た日にラムウルにも言われた言葉だった。違いが分かるには一目瞭然だと殊は語る。


「匂い、とは…? そもそもこの体は」


 総一郎の体はこの世界に居たソウの物で、異世界の匂いが体に染み付いているとしたら、ソウの体からは匂わないはずだ。 


「匂いとは魂から香るものですよ」

「はあ…」


 結局あまり納得のいく理由を聞き出す事は出来なかった。もやもやとした気分を打ち払うように総一郎は立ち上がり、部屋に戻りこちらに来た時に身に付けていたスーツ一式に腕時計、スマホ、ハンカチを商人に差し出した。財布はソウと入れ替わりになった時に着ていた着物の懐に仕舞ったままとなっていたので、手元から無くなっていた。


「これは…」

「持っていたもの全てです。足りるでしょうか」

「す、すばらしい!!」


 総一郎が持って来た品を一つ一つ手に取り、感嘆の声をあげる。


「これは何でしょうか? 不思議な素材で出来ていますね」

「電話 …遠く離れた人と通信する物です。こちらでは使用出来ませんが」

「なんと!! こちらの世界では使えないのですね」

「…残念ながら」

「まあ、いいでしょう」


 スマホの電源を入れて見せると、殊更驚いた顔を見せた。


「これは…はい。ありがたく頂戴いたします。しかしこれだけのお品、指輪お一つでは貰い過ぎな気がします。お返ししたい所ですが、手放すにはあまりにも惜しい品ばかりで…これなんか異世界の時を刻むものではありませんか! なんと見事な細工…」

「よろしければ全部持って行って下さい。物置で埃を被っていたものなので」

「! …ああ、いいのですか!? ではこれもおまけに!!」


 そう言って殊が取り出したのは先ほど熱心に紹介した拳銃で、笑顔で差し出すが総一郎は丁重に断りを入れた。

 こうして<異世界>の商人は上機嫌で帰って行き、屋敷の中は再び静寂を取り戻す。

 商人から受け取った指輪を見つめながら大変な事に気がつく。


(あ、サイズとか大丈夫なんだろうか)


 なんとなく自分の指に嵌めてみたが、指の第二関節で引っかかり先には進まなかった。


(その前に受け取って貰えるかが問題だ)


 鬼には誕生日を祝う習慣は無いらしく、こんなもの要らないとラムウルが指輪を突っぱねる様子は安易に想像できた。

 渡すときの事を考えると心許ない気分になったが、それ以上にこちらの世界に来た時に身に付けていた品々を処分した事により、心中は清々しいものとなっていた。それだけでこの指輪には価値があるのかもしれないと総一郎は思いを巡らせる。


*****


 今日は一ヶ月に一度の市場へと行く日だった。

 そして奇しくも本日はラムウルの誕生日で、先日購入した指輪を渡せたらと持っていたが、なかなか機会を掴めずに午前中を過ごしてしまう。


「おい、なにか昼飯を買ってきてくれ」

「…はい」

「どうした、元気がないが?」

「いえ…とても、元気です」

「?」


 どっこいしょと椅子から立ち上がれば燦燦と降り注ぐ太陽が地上を照らしている。総一郎は額の汗を手ぬぐいで拭い、ラムウルに何が食べたいかと尋ねた。


「別に何でも構わん」

「…かしこまりました」

「おい、大丈夫…」

「ソウ君!?」


 ラムウルが出かけようとする総一郎の腕に手を掛けようとしたその時、派手な躑躅つつじ色の着物を纏った四十代位の女性が総一郎を呼び止めた。


「え?」

「ーーっ、ソウ君! ソウ君だよね?…やっと、やっと会えた!!」


 総一郎を<ソウ>と呼ぶ女性は走ってくるなり、驚いた顔を見せる彼女の愛しい人を力いっぱい抱きしめた。


「ーー伊集院さん?」


 総一郎に抱きつく人物は一年前、お見合いをした伊集院綾子だった。


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