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ふりむけば、鬼嫁。  作者: 江本マシメサ
第三話「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
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三十六

 総一郎の背後に忙しなく蠢くのは三つの白い毛玉の集まりで、体には三日月のような口があるだけで瞳や鼻などは見当たらない。


「君たちはあの時の…?」

『お知り合いでしょうか?』

「……」


 数ヶ月前に起こった<あやかし>の襲来時に、絡新婦じょろうぐもを屠った毛玉たちだと総一郎は思い出す。


『そちらの方々はずっと旦那様の後ろに付き添っていましたが、今お気づきになられのでしょうか?』

「そう。今まで気付いてなかったよ…」


 矢島には背後に付き添う<あやかし>の姿が見えていたという。ずっと気になってはいたものの、新参者が主人に物申すなどもっての他だと思い、今日まで黙っていたらしい。

 顔の無い毛玉達の狙いを表情から読み取る事が出来ず、どうしたものかと途方に暮れる。出会った頃の矢島同様に害意は感じなかったが、ころころと動き回る様は不気味だった。


「何故、ここに?」

『先生ノ眷属ダカラ!』

『先生ヲ守ル!』

『先生ノ傍ニ居タイカラ!』

「…先生?」


 毛玉は総一郎の事を『先生』と呼び、鞠のような体で部屋の中を跳ねて回る。このまま放置する訳にもいかなかったのでハクゲイに報告をする事にした。


****


「ーーという訳で彼らが以前お話した<あやかし>を食べる毛玉で…」


 総一郎の説明をハクゲイは神妙な面持ちで聞いている。くだんの毛玉達はハクゲイの外見が怖ろしかったようで、目が合うなり『怖い』と叫びまわり部屋の隅にある行灯の影に隠れてしまった。


「そうか、あの<あやかし>のお蔭でお前もラムウルも命拾いをした訳だな」

「はい。彼らはその日からずっと私の後ろに付いていたそうです」

「なんだと? ーーそれは本当か?」

「先ほど直接聞いたので、理由は分かりませんが」

「……」


 ハクゲイは総一郎に毛玉の回収を頼み、大人しく腕の中に抱かれた<あやかし>に疑問を問かけた。


「お前らは何故あの日崖の下にいたのだ?」

『見張リ!』

『シテタ!』

『先生ヲ!』

「先生?総一郎、お前の事か?」

「何故かそう呼ばれています」

「そうか」


 三匹の毛玉達は命じられて崖下に落ちた総一郎を見張っていたという。しかし命じた<あやかし>が何者かも理解しておらず、尚且つ一度ラムウルに殺されている為、記憶も曖昧なものとなっていた。


「ならば質問を変えよう。…何故お前達は今まで姿を消していた?」

『姿ヲ現シタラ、オ腹空ク』

『先生モ疲レル』

『赤イ鬼ガ怖カッタ』


 赤い鬼の話をしだした瞬間毛玉達の体はぶるぶると震え出した。その瞬間を見計らったかのように襖が開かれる。


「婆さん、来月の市場で売るもんだが…ん?」


 ラムウルは部屋に居た深刻な表情をした総一郎に気がつくと、怪訝な視線を送る。そしてその腕の中にいる毛の束を見て、さらに金色の瞳を細めた。


「おい、なんだそれは」

『鬼ーーーー!!!!』

『鬼嫁来ター!!!!』

『総員撤退ー!!!!』


 毛玉達は総一郎の腕か飛び出して、8の字に回り何やら耳では聞き取れないキイキイと高い声で呪文を唱えていた。

 そんな尋常では無い焦りを見せた毛玉達に、ラムウルは「うるさい」と無慈悲にも蹴り一発を入れた。

 三匹は綺麗な弧を描いて飛んで行き、ハクゲイの部屋の屑篭くずかごへと三匹仲良く収まった。


「ーーあの時の総一郎を食べようとしてた<あやかし>じゃないか!」

「そうだったの?」

「お前も暢気に腕に抱いたりして!」

「ラムウルよ。お前と総一郎はこの<あやかし>のお蔭で命拾いしているんだぞ?」

「は?」


 以前起こった<あやかし>の襲来時に、ラムウルが意識を失っていた間の話はしたが、助けてくれた毛玉達の詳細は語っていなかった。

 部屋の隅にある屑篭はがたがたと震え、悲痛な呟きが漏れている。


「何故あの毛玉達があの場に居たのかも記憶が無いとか。あの日からずっと姿を消した状態で、私の後ろに居たみたいなんです」

「……」

「今は総一郎の血で構成された完全な眷属だ。主人の意思を無視した行動など起こしたりはしないだろう」


 こうして新たな居候が増えた訳だったが、ラムウルを恐れるあまり彼らが姿を現す事はほとんど無く、生涯総一郎の影として静かに存在していた。


****** 


 総一郎はハクゲイ、ラムウルと共に屋敷の裏に広がる山に来ていた。

 本日の目的は山に自生するお茶の葉を採る事で、大きな籠を背負い急な斜面を額に汗をかきながら登る。


 山に自生する茶葉の事を山茶さんちゃと呼び、春先になると<鬼ヶ島>の村人達は山に取りに行く事が習慣となっていた。

 年に一度しか採れない山茶は村での貴重な茶葉で、深い味わいと豊かな風味をもたらす自然の贈り物は昔から村達に愛されていた。


 一般的に人の手で作られた茶畑では四月から五月に出る新芽を一番茶と呼び、六月から七月に採るものを二番茶と言って売るらしいが、山茶は年に一度しか採れない。


「新芽から二枚の葉が付いた部分が一番良い葉だ。他の葉と混ぜるなよ」

「はい」


 ハクゲイの説明を聞きながら総一郎は慎重に茶葉を摘んでいく。


「この部分は格別にうまい茶なんだ。煎茶として市場に売りにだす時もある」

「へえ…葉の部位によって格があるなんて知りませんでした」

「上から三枚目までが上級品の茶葉が作れるな。普段飲んでいるのは四枚目、五枚目の葉だ」


 総一郎に説明しながらも、ハクゲイの手は止まらず葉を摘み続けていた。

 ちなみに摘採は素手で行う。刃物での採取は楽で早く摘むことが出来るが、切り口の損傷が少ない方が、品質の良い茶葉が出来るらしい。

 道具を使わない為一日で採れる量はたかが知れていて、慣れたハクゲイでも二十キロも採れないと語る。 

 総一郎も慣れない手つきで摘採をした。


 帰宅後は茶葉を水で洗い、表面に付着したものを取り除いて庭で乾燥させ、一日の仕事は終わりを告げる。


 翌日、採ったばかりのお茶の葉の青臭さと酸化酵素の働きを除去する為、火を焚いた焙炉の上でお茶の葉を乾かす。


 緑茶が不発酵茶と呼ばれるのはこの工程で均一に蒸す事により発酵を止めるからで、製造方法の違いにより、お茶の呼び名は異なる。

 葉を萎れさせ途中で加熱をして酵素の活性を止めるものを烏龍茶といい、脂肪の分解を促す効果がある事から東方の龍の国では美人茶とも呼ばれ、貴人の間で親しまれている。逆に酸化酵素の力を十分につかい発酵させたものを紅茶という。

 基本的にどのお茶も使う葉は同じで、製法によりお茶の種類が変わるとハクゲイは話した。


「お茶は葉っぱの品種によって味が違うと思っていました」

「基本的に使われるのはどのお茶もツバキ科の常緑種だ。発酵させるかさせないかで変わるだけで、皆同じ葉で作ることが出来るぞ」

「勉強になります」

「…まあ、話半分に聞いておけ。もっともそのお茶の銘柄にあった品種があるからな、一概に同じ種類の葉でおいしいお茶が作れるとは限らない」

 

 緑茶を作るのに適した茶葉は人の腰辺りまでしかない低い木が多く、葉も小さく柔らかい。紅茶に適した茶葉の背は高く、葉も固く大きい事から発酵させるのに向いている品種だった。

 

「他のもたんぽぽや枇杷の葉、ヨモギ、玉蜀黍のひげなんかでも茶を作るな」

「飲んでみたいような、遠慮したいような感じですね」

「そうだな。苦味がつよかったりで子供は飲むのを嫌がる」


 話し込むうちに蒸す作業は終わり、茶葉を笊にあげ、団扇で扇ぎながら水分を飛ばす。


「蒸熱が済んだら、軽く加熱しながら乾燥をさせつつ葉を揉みこんで水分を飛ばす。そのあとは加熱をしないで茶葉を揉み、釜で炒り、揉むを繰り返して完成だな」

「結構手間隙かけて作らなければいけないんですね」

「そうだ。もうすぐ八十八夜になるから急ぐぞ」

「…? はい」


 総一郎は八十八夜の意味が分からなかったが、質問は後回しにして作業へと取り掛かった。


 他の農作業の合い間を縫って少しずつ茶葉を加工していった為、全ての茶葉を仕上げるのに一週間以上かかってしまった。

 一番良い部分の葉は市場で売るたので丁寧に袋に詰め、家で飲むお茶も茶壺に入れて保管をする。


 その日の仕事は早く切り上げて帰るよう言われていたので、総一郎は早めに帰宅をする。帰って来るなり庭に呼ばれ、行ってみれば地面には御座が敷かれ、ご馳走が並べられていた。


「…何のお祝いでしょうか?」

「今日は八十八夜だ。この日に新茶を飲めば長生きすると言われている」


 八十八夜とは立春から八十八日目の事をいい、八十八という漢字を組み合わせると<米>という文字になる事から農家では縁起の良い日として迎えられていた。

 大陸の方では八十八夜に茶葉を摘み始めるといいと言われていたが、<鬼ヶ島>では立春から八十八日を待ってると新芽が固くなってしまうので、八十八夜に茶を飲む事を良しとしている。


「総一郎、お前のお蔭で今年は野菜の苗植えも終わり、こうして幸先良く茶葉の準備も間に合った。礼を言うぞ」

『総ちゃん!おいしいお茶を飲んで長生きしてね』

『旦那様、無理はしないでくださいね!たまには農作業のお手伝いもさせて下さい』

「篠宮様、何か食べたいものはありますか?お皿にお取りいたします」


 そしてラムウルは総一郎にお茶を淹れ、差し出した。


「ーーお疲れ様」


 ぶっきらぼうに労いの言葉を掛けるラムウルから差し出されたお茶を受け取り、口に含む。

 爽やかで清々しい香りと風味が広がり、今まで飲んでいたどのお茶よりもおいしく感じた。


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