三十五
今日は小さな鉢に育てていた夏に収穫する野菜の苗の植え付けをハクゲイと行った。今年は赤茄子、胡瓜、紫茄子、玉蜀黍、蚕豆、緑茄子と去年よりも種類を増やし、量も二倍以上あるとハクゲイは言う。
「今までは勿体無い事に人手が足りなくて土地を余らせていたのだ」
「そうだったんですねえ」
「働きに期待しているぞ」
「ご期待に沿えるよう努力いたします」
ちなみにラムウルは「火」を司る<あやかし>なので「土」との相性が悪いため、総一郎が来てからはあまり農作業には関わらない様ハクゲイが指示を出している。そんな彼女の仕事は専ら薬草を山に採りに行き煎じたり、帳簿をつけたりといった屋敷での仕事を主としていた。
「まあ、今はか弱い婆と二人できついだろうが子供が出来れば少しは楽になるだろう」
「子供?」
汗を拭いながらハクゲイを振り返る。か弱い婆という謎の単語も気になったが、それ以上に子供の意味が分からなかった為、思わず聞き返してしまった。
「どこのお子様が手伝ってくれるんでしょうか?」
「どこのってお前とラムウルの子しか居らんだろう」
「……」
「なんだ、この期に及んで結婚をせんと言うのか?」
「それは」
相手の気持ちを無視して無理に結婚を進めるという事は良くないと身をもって体験してきた。ラムウルの気持ちを慮る程、難しい問題だなと総一郎は考える。
「ラムウルはお前の事を悪く思っておらんよ」
「はあ、しかしですね」
「急かすつもりは無いが、わしはラムウルの子を早急に拝みたいと思っている」
「ハクゲイさん。それ、ものすごく急かしています」
「ーーまあ、ともかく。何か行動に移してくれないか?」
「行動?」
「そうだ。何をするかは自分で考えろ。…そもそもお前は何故アレの記憶が無いときに仕込まなかったのか!!」
「いやいや…それは鬼畜の所業ですよ」
会話が過激な方向へ進んでいたので総一郎は作業に集中し、ハクゲイの怖ろしい尋問から逃げた。
日も沈みかけ、いつもの様にラムウルが迎えに来たのでハクゲイと共に帰宅をする。
苗も全て植え終え、とりあえずは一安心だと話しながら山道を進んで行った。
総一郎が玄関の戸に手をかけようとした時、庭から女性の叫び声が聞こえ、背後に居た屋敷の家人たちと互いに首を傾げながら顔を見合わせる。
「だっ旦那様ーーーー!!!!」
庭から見慣れぬ女性が走って来て、旦那様と叫びながら抱きつこうと手を伸ばして来たが、総一朗はその勢いに驚いて避けてしまう。
抱きつく対象を目の前から無くした女性は、勢いを止めきれず地面の上に転倒をする。
「ぶっ!」
何が起こっているのかとラムウルが庭を覗き込めば美雪が顔を出し、ため息をつきながらこちらへと遣って来た。
『情けない』
「ううっ…」
「え-っと、矢島君?」
「ーーは、はい。あ!おかえりなさいませ、旦那様」
いつもと違う女性の姿になっていたのは矢島だった。一方の美雪は冷ややかな表情で豆狸を見つめている。その細められた瞳は赤く、いつもの陽気さは鳴りを潜めている。
『みんな何やってんの~?』
庭から二匹目の白い虎が現れる。こちらは間違いなく美雪だと総一郎は確信をした。
「赤い瞳の山田君はアメリさん?」
『はい』
「何故山田君の姿に?」
『矢島殿の訓練をしていました』
アメリは役立たずな矢島の為に変化のコツを指南していた。
『様々な方法を試しましたが、ご覧の通り女性にしかなれないようで。今日一日で新しく変化できる女性の数が増えただけでした』
「そっか…」
「お前本当にそんなのにしかなれないのか?」
「も、申し訳ありません!!」
ラムウルの言葉に矢島は地面に頭をつけ、綺麗な平伏をして侘びを入れる。
「村の中でも女性にしか変化出来ないのは自分だけで、いつも村の中で足手まといになっていて…」
矢島が生まれ育った場所は年から年中雪の深い場所で、そんな過酷な場所で育った彼らの頼りは<人>の存在だった。
森は豆狸の一族が生き抜く為の実りをもたらさない。そんな<あやかし>達は<人>へと変化をして、人里へと下りて行き人手の少ない農家の手伝いなどをして、食料の確保を努めていた。
「こんな姿にしかなれない自分は雪国の過酷な農作業に向かなくて、集落で子供の面倒を見る位しか出来なくて」
豆狸の集落はとても小さな集まりだった。矢島が面倒を見ていた子供達も二年もすれば立派に成長し、人里に下りて行って仕事を始めていた。
「面倒を見る子供が居なくなってからは、長老様に人間の文字を教えてもらって本を読む日々を送っていました」
役立たずという劣等感に苛まれつつも、何もする事が無かった矢島はひたすら本を読んだ。
「豆狸の長老様のお宅には本が沢山あって、<人>の文化や歴史、算術や様々な語学について学びました。それが何になるのかという疑問は多々ありましたが…」
「ではお前は多少の教養があるというのか?」
「き、教養だなんてとんでもありません! ただ一度読んだ内容は忘れずに記憶しております」
「…そうか」
ハクゲイは顎に手をあて、何かを考える素振りを見せた。
「村には月に一度、大陸から教師が来ているんだが、月一程度の学習では知識も身に付きにくいと考えていたんだ。」
「は、はい?」
「お前の学がきちんとしたものだと分かれば、村の子供達に教鞭を執って欲しいと考えている所だ」
「本当ですか!?」
「ああ」
「あ、ありがとうございます!頭領様」
矢島の身の振り方も決まりかけた所でアメリは夕食の準備へと戻って行き、美雪も風呂を火を焚く為薪を取りに行った。
今から何をしようかと考える総一郎の着物の袖をラムウルは引っ張る。
「おい、一昨日釣ったエビの処理をするから来い」
「あ、はい」
先日釣り上げたエビは泥臭く、数日の間泥抜きをしないと食べれる代物ではない。
大きな桶には井戸の水の中に放たれたテナガイエビが泳いでいた。ラムウルは調理用の桶に料理酒を入れ、テナガイエビを生きたまま放り込む。
突然酒の中に入れられたエビ達は最後の力を振り絞って暴れていたが、しばらく経つと大人しくなり、水が跳ねる音もしなくなった。
「このあとは塩で揉んで汚れを落として洗い流して終わりだ。大きいものは皮を剥いてくれ」
「分かりました」
料理酒の力で大人しくなったテナガイエビを塩でがしがしと揉み洗いをして、新たに汲んで来た井戸の水で洗い流す。五センチ未満のものは煮物に、十センチ未満のものは素揚げにして、残りの大型のものは天ぷらにするらしい。
「なんか醤油をつけてそのまま食べたくなりますね」
大きなテナガイエビの皮を剥きながら総一郎は唾を呑み込む。
「寄生虫がいるから生では食えんぞ。どうしてもと言うのなら止めないが」
その言葉を聞いてがっくりと肩を落としてたが、危険と引き換えにしてまで食べたいとは思わなかった。屋敷の中からは醤油を煮詰める甘い匂いが立ちこめる。
処理を終えたテナガイエビをラムウルは持ち上げ、アメリの待つ台所へと急いだ。
****
「矢島君どうだった?」
『はい、問題ないと』
村を訪れた教師がハクゲイを尋ね、矢島の知識の確認の為呼び出されたのは二時間前の話だった。
『週に三回、午前の二時間子供達に勉強を教える事になりました』
「よかったね」
『はい! 頑張ります』
やる気に燃える矢島だったが、この村の子供達のやんちゃさを総一郎は思い出して一抹の不安を覚えたが、溢れ出るやる気に水を差すのもどうかなと思い、そのまま何も言わずに豆狸の話に相槌を打った。
『本当に旦那様には感謝をしてもし尽くせない位で』
「大袈裟だなあ…」
『いえいえ!大袈裟などと、それよりも先ほどから気になっていたのですが』
「?」
『旦那様の後ろにいる<あやかし>様はどなたなんでしょう?』
「え?」
矢島に指摘され、自らの後方を振り返ればそこには三つの白い毛玉が転がっていた。
「…なにこれ?」




