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ふりむけば、鬼嫁。  作者: 江本マシメサ
第一話「鬼に金棒」
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「篠宮様、こちらをお召しになって下さい」


 虎と共に残された総一郎の元を訪れたのは白い着物を着たおかっぱの少女で彼女にも牛の様な角が二本生えていた。手には男物の着物があり総一郎に手渡す。

 着物の着付けなど出来る訳も無く、幼い少女の手を借りて着替えをする事となった。こんな事にになるのなら祖母が夏祭りの時期やお正月に近所の子供相手にしていた着付けを手伝っておけば良かったと嘆息する。もっとも祖母に着付けを頼みに来ていたのは女の子ばかりで手伝おうとも思わなかったし、祖母も手伝いを頼まなかった。

 着付けも終わり、少女は白い毛まみれになったスーツ一式を皺にならない様丁寧に畳んでいた。総一郎がお礼を言えば無表情のまま畳んだスーツを差し出す。少女は部屋から出て行く様で入って来た襖に手をかけていた。去り際に寝そべる虎に視線を送るがどっかりと横たわったままで動く気配は無い。少女はお辞儀をしたのち襖を閉めた。


「ほう…思いのほか似合っているな」


 着替えた後、虎と戯れているとハクゲイがやってきた。先ほどの包丁は持っていない。

 正座をする総一郎の前に座り、ラムウルと同じ金色の瞳を細めた。


「何から説明すればいいのかわからんな。先ほど言った事は覚えているだろうか?」


 先ほどの話とは婿がどうこうといった話だろう。総一郎は頷く。


「ふむ、妙に物分かりの良い男よ」

「…ここに来る前悪夢の様な出来事が起きていました、その状況から助けてもらいこちらがお礼を言いたい位です。それにまだ混乱していてここが現実だと信じていないのかもしれません」


 総一郎は落ち着いている様に見えたが激しく混乱していた。


 --無理も無い。いきなり目覚めた場所が〈鬼〉が当たり前の様に暮らす島で、鬼婆から生活は保証するから孫娘の婿になってくれと包丁片手に脅されたら右も左も分からぬ総一郎は首を縦に振るしかなかった。


「そうか。ならば総一郎が訳の分からぬラムウルの婿となってもらおう」

「だから何でそうなるんだクソばばあッ!」



 襖を蹴破って現れたのはラムウルで、足癖の悪い孫娘にハクゲイは眉をひそめた。


「こんな、ひょろくて生白い男、しかも〈人〉と結婚するなんてお断りだ!」

「ラムウル。総一郎は乱暴で可愛げも無いお前を嫁に貰ってくれる親切な男だ、こちらが土下座してでも願わねばならんのに何を言っているんだ?」

「誰が可愛げが無くて乱暴だ! お前も断れよ、忌々しいッ」


 ラムウルは肩に担いだ金棒を畳に打ちつけ総一郎を睨みつけた。 そんな赤鬼からそっと目線をずらし、ハクゲイの方を向く。


「まあ、後は若い者同士仲良くしてくれ」

「意味が分からない!! 何故いきなり結婚なんだ」


 ラムウルが蹴り倒した襖はいつの間にか直っていてそこからハクゲイは退室する。ラムウルは祖母の後を追うために襖に手をかけたがビクともしなかった。


「は、何で開かない?」


 いくら力を込めても、金棒で殴りつけても襖はビクともしなかった。


「クソ婆結界を張りやがったな!! 美雪、焼き払え」

「ニャン」


 しかし虎は総一郎という新しい玩具に夢中でラムウルの言葉に従わない。総一郎は「え?火を吐くのこの虎…」と撫でる手がぴくりと止まったが、催促をするかの如く虎にぐりぐりと額を押し付けられおそるおそる撫でるのを再開した。


「美雪、そいつから離れろ!」

「ニャン」


 虎、美雪は返事はするものの、総一郎から離れない。


「…………チッ」


 ラムウルは舌打ちをしながら胡座をかいて乱暴に座った。ラムウルが纏う着物の間からは白い脚が覗くが気にする素振りは無い。彼女の目の前には美雪を撫でる総一郎が居る。眼鏡をかけているせいか表情から感情は読み取れない。


「私はお前と結婚などしないからな!」

「はあ…」

「あ、熱っ!」


 突然ラムウルは首を押さえ苦しみ出した。あまりの激痛に耐え切れなくなったのか、畳の上に倒れこみ呻き声をあげる。


「大丈夫ですか?」

「さ、触るな!!」


 畳の上を苦しげにのた打ち回るラムウルに総一郎は触れようとすれば、触るなと激しい言葉が返ってきた。美雪を見れば「ニャ?」と首を傾げるだけで助ける気配は無い。5分程で痛みも消え去りラムウルは漆黒の机の引き出しから丸い鏡を取り出した。


「制約印、婆さんいつの間に…」


 首筋には蚯蚓腫れの様な小さい米印が浮かんでいた。制約印とはまじないの一種で約束を破ればその対象を苦しめる事が出来る呪文の一つだった。ラムウルには「結婚しない」と言えば首筋を熱が襲い、短時間ではあるが耐え難い痛みに苦しむことになる呪いが刻まれていた。


「くそ…」


 のた打ち回る様な痛みは治まったが、首の制約印の痕が火傷の痕の様にヒリヒリと痛む。


「何を考えているんだ、いきなり現れて良く知りもしない女と結婚するなんて頭おかしいんじゃないか?」

「そうですね、頭がおかしいのかもしれません」


 もしあのまま綾子と結婚をしたとして待っているのは社長の座という重圧と周りからの好色めいた視線、家に帰れば15歳も年が離れた妻と成人を終えた子供達が待っているという生活は安易に想像出来た。


「今も混乱していて自分が何を考えているのか分からない状態なんです、でも元居た場所には鬼に脅されて結婚するよりも恐ろしい結婚が待っていました」


 総一郎個人の仕事を認めてもらう事は無い会社や家族の居ない世界に全く未練が無かったといえば嘘になる。綾子との結婚が嫌だったら退職して新しい職場で一から頑張ればいい話で、家族だって結婚すれば出来るだろう。

 訳も分からない状態で最善の選択など出来る訳も無く、ただただ流されるしか無かった。


「私はお前を伴侶として認めない! お前はーー非常食だ」


 ラムウルがそう宣言した後総一郎にじゃれついていた美雪が口から炎を吐き出した。開かなかった襖は焼かれ、ラムウルはどすどすと音をたてながら出て行ってしまった。


「ひ、人喰い鬼の里…?」


 茫然とする総一郎の肩を美雪よしゆきが尻尾でポンポンと優しく叩いた。

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