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ふりむけば、鬼嫁。  作者: 江本マシメサ
第三話「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
28/44

二十八

 食堂から連なる廊下を進み、台所にいるアメリに声を掛けた。引き戸を引き顔を見せた鬼の少女はハクゲイ同様に驚いた顔をしていて、二日前の出来事で皆に迷惑をかけた事を心から申し訳なく思い、謝罪の言葉を口した。アメリもその言葉を聞いて安堵するかの様に息を深く吐いている。普段感情を表に出さない少女がこれだけ心配をしていたのだから、美雪にも一言謝罪をしなければと思い居場所を尋ねれば、屋敷の裏にある納屋に居るという。

 お腹はぐうぐうと鳴っていたが美雪に声を掛けるのが先だと思い、外にある納屋へと急いで行った。

 外に出れば夕暮れ時で、からすに似た黒い鳥の鳴き声がやまびことなって響いている。屋敷の裏に回り込めばアメリの言う通り納屋があり、外から声を掛ける。

 出入り口に扉はなく、麻の布が暖簾のれんみたいに外と室内の境を覆っているだけだった。 


「山田君居る?」

『ーーーー!』


 美雪は勢いよく外に出て来て、声の主の確認をする。


『そ、ソウ君!?、も、もしかして総ちゃん!?』

「ごめんね、みんなに迷惑を掛けたみたいで」

『本当に、総ちゃんなの?』


 総一郎が頷くと美雪はその場に伏せ、ため息を漏らした。


『生きて帰って来たのが総ちゃんでもソウ君でもどちらでも嬉しいって思っていたけれど、違ったよ』

「?」

『ハクゲイからソウ君の話を聞いた?』

「山田君を拾った人?」

『うん。こんな事を言うのは酷いのかもしれないけれど、もしもここに居るのがソウ君だったら今がっかりしていたのかもしれない』

「山田君…」

『だから総ちゃんが帰って来てくれて嬉しい! ーーこんな変な虎だけどこれからも仲良くしてくれる?』


 総一郎は美雪の目の前にしゃがみ込み、不安そうに見上げる虎の額をぐりぐりと力一杯撫でた。 


****

 

 今日は雨で仕事も出来ないので、総一郎が目覚めてからハクゲイはラムウルがいつ目を覚ましてもいい様に傍に付き添っていた。夜になると布団を敷き、眠ろうと行灯あんどんの火を消した瞬間にラムウルは突然悲痛な声をあげ、苦しみ出した。

 声をかけても反応が無かった為、うわ言だと気付く。その内容たるや悲惨なものだった。


「やめて、やめ、…角は折らないで、ーー痛い、痛い、痛い!!!!」

「……」


 幼少の頃の記憶だろうかとハクゲイは思う。誠司からラムウルの出自について聞いてはいたが、普段はそんな素振りを見せる事無く普通に暮らしていたので、その事に関して触れる事も無かった。しかしながらその心の傷は癒える事も無く、彼女を苦しめていたのだ。依然として苦しむラムウルの手を握れば震えていて、毎晩の様に一人で辛い思いをしていた事を考えると胸が苦しくなる。 


「ーーあ、あなたは親切に、してくれるけど、ずっと傍には居ないん、でしょう?」

「!」


 その言葉は偶然だったのだろうか、ハクゲイは思わず握った手を離してしまう。

 彼女の言う通りずっと一緒に生きる事は出来なかった。だから今まで必死にラムウルが困らない様にお金を貯めてきたのだ。


 ーーそれが何になると考える。最終的にラムウルを支えるのはお金ではないとハクゲイ自身も気付いていたが、それしかできる事も無かった。

 部屋の明かりを消した瞬間に苦しみ出したので暗闇が恐ろしいのだろう。ハクゲイは明かりを絶やさぬよう蝋燭を取りに部屋から出て行った。


『ラムウル~いい加減起~き~ろ~!!』


 朝、美雪はラムウルが眠る布団の周りをぐるぐると歩きながら声を掛けるが、やはり反応は無い。崖下から救出されてから今日で三日目、無傷だったとはいえこの異常な状況にハクゲイは焦りを感じていた。


『ハクゲイ~寝てる人を起こすまじないとかないの?』

「あったらすぐにでも試しているさ」

『ーーそう、だよね』


 その時襖の外から声が掛かる、総一郎だった。どうやらラムウルの様子を伺いに来たらしくハクゲイは中へ入る様促した。


『まだ、目を覚まさないんだ』

「そっか…」

「……」


 閉ざされた瞼は開く事も無く、声を掛けても反応は無い。何を思ったのか総一郎はラムウルの手を一度きつく握り閉めた後、指の関節をゆっくりと曲げたり、開いたりを繰り返す。


『総ちゃん、それは?』

「三日も寝たままだと筋肉が弱ってきていると思って」

『?』


 意識不明の患者へ手を握ったり、声を掛けたりなどの行いの結果目を覚ます事があるという話を総一郎は聞いた事があった。

 両手の筋肉を解したあと、ラムウルの肩をぽんぽんと軽くたたき声を掛ける。


「起きてください、朝ですよ」

『総ちゃん…』

「いつまで眠っているんですか、ラムウルさん」

「…………」

「もうすぐおいしいご飯も焚けますよ」

「ん……」


 ラムウルの眉間に皺が寄り、瞼にも力が入ったのか睫毛がぴくりと動く。


『ラムウル!』


 美雪の声に反応するかの様にラムウルは覚醒をした。開かれた金の眼睛がんせいは自らの周りを囲む人々の様子を不思議そうに眺めている。


「ーーラムウル?」

「あ、あの…」


 様子のおかしい孫娘に疑問を抱いたハクゲイが声を掛けるも、ラムウルの口から発せられた言葉は弱々しく、いつもの彼女らしさは無い。


「こ、ここは……」

「お前の部屋だ」

「私の…? 私は…?」

「…………」

「ラムウルさん?」


 総一郎が名前を呼んでも反応は無い。

 

『ハクゲイ、も、もしかしてラムウルは』

「恐らく記憶が無いのだな、名を覚えているか?」

「……いいえ」

「そうか。まあ、そのうち戻るだろう」

『そんな~~!』


 ハクゲイはとりあえず意識が戻った事だけを善しとし、無理に記憶を探るような行いを禁じた。あのように夜一人で苦しむラムウルをもう見たくは無いという勝手な考えもあったが、口には出さなかった。

 そして記憶の無いラムウルに家人の紹介をする。


「儂はお前の祖母であるハクゲイだ、白いのは美雪よしゆき、黒いのが総一郎だ」

『ハクゲイ、手抜きし過ぎ!もっと紹介しなければいけない事あるでしょ!』

「ふん。口のよく回る虎だ。ーーこれはよく喋る虎で害は無い」

『僕の紹介じゃなくて総ちゃんのだよ~』

「……総一郎はお前の夫だ。記憶も無くて不安だと思うが、これを機に目一杯甘えるといい」

「だんな様?」

「そうだ、……そうだろう、総一郎?」

「はい」


 その後はアメリにラムウルの世話を任せ、総一郎とハクゲイは畑に行き仕事を始めた。


*****


 冬は他の時期に比べてあまり沢山の野菜は作らないという。その間空いた田畑は春先に育てる作物の為に土作りをしなければいけないらしい。

 まずは土を掘り起こして冬の冷たい風に当て、害虫を駆除する。目に見える幼虫などは取り除き、どうすればいいのかハクゲイに訪ねると鳥が勝手に食べるからその辺に放置しておけと言われ、土手に並べておいた。

 ハクゲイは白菜の様子を見に行くと言い別の場所にある畑へと行ってしまう。総一郎は汗を拭いながら土を掘り起こす作業に没頭していた。


『すみません、ここの虫は頂いても?』

「あーはい、どうぞ」

『う、美味い!今年はよく太っている』

「本当ですかーそれは良かったー……うまい?」


 後ろから声を掛けて来た人物を振り替えればそこには誰も居らず、数匹の雀達が放置していたカナブンの幼虫のようなものを突いている姿しか無かった。

 

「…?」


 首を傾げつつも作業を再開し、概ね耕し終えた頃ハクゲイが戻ってきて背負っていた籠からお茶の入った竹筒を渡し、休憩を始めた。

 畑のふちに腰をかけ休んでいると、目の前を燕のような鳥が低空飛行をしながら通り過ぎ、何度か往復した後、総一郎の背後に植えてある小さなつつじの木に止まり羽を休めていた。


「これはまた雨がふるな」

「こんなに晴れているのに雨ですか?」

「ああ、燕が低く飛ぶと雨が降ると言われている」

「へえ…」

『本当だよ!低く飛ぶのはぶっちゃけ餌目当てなんだけど、雨が降る前は虫達の羽が水分を含んで低く飛んでいるのさ』

「なるほど~」

「なにがなるほどなんだ?」

「え?」


 なんとなく聞き流していたが、今の解説はハクゲイの声では無かった。きょろきょろと周りを見ても人影は無い。


『じゃ、雨が降り出さないうちに帰れよ!』

「……」


 つつじの木に止まっていた燕が羽ばたき、低空飛行を再開した。


「……」

「どうした?」

「あの、鳥の声が聞こえて」

「そうか」

「ハクゲイさんの聞こえましたか?」

「いや、聞こえんな」

「……」

「白鬼の能力の一つかもしれんな」

「……そうですか」


 晴天だった空をいつのまにか厚い雲が覆い、雨が降り出すのも時間の問題だろう。ハクゲイと総一郎は仕方が無いと言い屋敷へと戻って行った。

 そして玄関を開け待っていたのは、膝を折り三つ指をついて総一郎を出迎えるラムウルの姿だった。


「おかえりなさいませ、旦那様。雨が降りそうだったのですぐに帰ってくるのではと思い、お待ちしておりました」   

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