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ふりむけば、鬼嫁。  作者: 江本マシメサ
第二話「子故の闇」
25/44

二十五

 ラムウルの視線の先には見慣れぬ白い鬼がいて、閉ざされた瞼は開く様子も無い。震える手でソウから受け取った眼鏡を掛ければ、その姿は見慣れた総一郎そのものに変化する。

 相手の了承もなしに何て事をしてしまったのかと動悸が激しい胸を押さえる。早鐘を打つかの如く激しく鼓動が高鳴っていたが収まる事も無く、夜の静寂な空気の中どうすれば良いかの答えを見つけられずにいた。

 しかしいつまでもここに居る訳にはいかない、家には心配をする家族が待っているだろう。総一郎を起こさなければ。そう思い声を掛けようとした時、巨大な鎌が総一郎の首を掬い上げた。


「なん…!!」


 突如としてラムウルの目の前に現れたのは上半身は裸の美しい女で下半身は蜘蛛という<あやかし>だった。刈り取った首をつまらなそうに持ち上げ、ラムウルを見下ろす。


『なんぞ、この男を回収しにくれば目的の赤鬼がいるとはついておる』


 蜘蛛の<あやかし>の持つ首から吹き出る血が、娘の顔に雨のように降り注ぐ。生暖かい血に濡れながらラムウルは身動きも取れずにいた。

 口の中に降り注ぐ血が滴り、その甘美な味わいに喉が鳴る。しかし上空を見上げれば、怖ろしい蜘蛛の<あやかし>と総一郎の首があり、現状を理解したラムウルは悲鳴をあげる。


「あ、ああああ!? あああああああ…そう、そ」

『大人しく飲まぬか!!』


 前脚でラムウルの体をなぎ払い、鞠の様に転がって行く様子を蜘蛛女は楽しげに見つめていた。


『赤鬼よ、今宵は御主を迎えに来たのだ』

「な、にを…」

『百鬼夜行の鍵を解放する為にぞ。ちなみにこの男は御主を呼び出す餌にするつもりだったが、不要の産物…いや、使い道はあるかの?』


 自らを絡新婦じょろうぐもだと名乗る<あやかし>は、ラムウルに再び近づくと、総一郎の首を高く掲げ首から激しく吹き出る血をラムウルの全身にかかるように振りかけた。


『<人>の血だ、美味いだろう?百鬼夜行を解放すれば毎日これにありつける。魅力的だと思わぬか?』

「ーーだ」

『なんぞ?』

「ーー亡くなった人を、粗末に、あ、扱う、な」

『粗末? 御主は家畜にも慈悲の心を持っておるのか?』

「やめ、ろ…」

『<鬼>の心と<人>の味を忘れているのだな。これは祝いの美酒よ、存分に堪能するのだ』

「やめろ、…やめて、くれ」

『もしや<人>を喰った事が無いのか?』

「ーーやめて! お願いッ!!」


 絡新婦は総一郎の頬に軽く爪を滑らせ、傷口からあふれ出る鮮血を舌でねっとりと舐めあげた。


「!!」


 その様子を見た刹那ラムウルは血塗れた姿のまま、胸を押さえそのまま意識を手放してしまった。そんな最強の<あやかし>ともいわれた赤鬼の脆弱な姿を見て絡新婦は舌打ちをする。

 

『所詮は二十歳を過ぎた小娘という訳か、まあいい。傀儡としてでも十分に価値はあるよの』


 遥か昔に<鬼>の力と共に封印された<あやかし>を引き連れる事が出来る百鬼夜行は<滅する者>の一族により封印され、その鍵は真なる赤鬼の魂と言われていた。

 婚姻を結んだと噂された赤鬼の伴侶を攫い、命と引き換えに百鬼夜行を解放させる画策を<あやかし>達は考えていた。まさかこんなに簡単に現れるとは思ってもいなかったので、あっけないものだと絡新婦は思う。

 今日はやけに月が眩しいなと上空を見上げれば、足元からキィキィとした甲高い声が聞こえ視線を地面に戻した。


『アー恵ミノ雨ダー』

『五臓六腑ニ染ミワタルー』

『生マレ変ワッタワー』


 絡新婦の足元には三体の白い毛で覆われた鞠のように跳ねる<あやかし>が居た。視界に入った瞬間に鎌を振り上げ三体の<あやかし>に向かって力いっぱい刃を振り下ろしたが、ちょこまかと跳ね回り、鎌は空回りをする。


『ーーお前ら、何処から沸いて来たのだ?さっさと往ね!』


 絡新婦の周りをぽんぽんと素早く移動する毛玉は、先程ラムウルの炎で焼け、炭となった<あやかし>だった。総一郎の血を浴びてその体は復活をし、稲妻形ジグザグに生えた牙がガチガチと不愉快な音を鳴らしている。

 鞠と同等の大きさで白い毛を生やした体に、三日月に似た口だけしか存在しない三体の<あやかし>は涎を垂らしながら、絡新婦との距離を詰める。

 鎌で切りつけるのを止め、腹から生えた足で踏み潰そうと力を入れたその時、急に地面を跳ね回る<あやかし>達が耳障りな声で騒ぎ始めた。


『食ベテ良イ?』

『食ベテ良イ?』

『食ベテ良イ?』

『何を言うて……』


 行動はおろか言動までもが不可解な<あやかし>に不審な眼差しを向けていたが、ありえない方向から彼らの問いかけに対しての返事が返って来た。  

「ーーいいよ」

『!?』


 毛玉の<あやかし>達に答える声は、絡新婦が持ったままになっていた首から聞こえて来た。彼女が手にしていたのは<人>の生首だった筈だ。しかし今手の中にあるのは白い<鬼>の生首で、閉ざされていた瞼は開かれ、絡新婦に感情の籠もらない黒い瞳を向けている。


『ヒッ!』


 手にしていた<鬼>の生首と目があった瞬間全身に悪寒が走り絡新婦は首を投げ捨てる。投げた生首は数回地面を跳ねた後止まり、動く様子も無く虚ろな表情を浮かべていた。


『足ハ一人何本?』

『食ベ放題ジャナイノ?』

『マテマテ、オ前何本目ダ?』

『!!!!』


 意味の分からない事を話す白い毛玉の<あやかし>に視線を戻せば、自らの足が複数欠けている事に気がつく。

 襲い来る激痛に絡新婦は苦悶の表情を浮かべ、絶叫をした。


『ア、ア、ア、ア、ア、アア……!!ぎゃああああああ!!』


 平衡感覚を失った体は傾き、地面に倒れこんだ。毛玉の<あやかし>は動きが取れなくなった絡新婦に襲い掛かかる。三体の<あやかし>はのこぎりの様な歯で腹を喰い破り、はらわたを啜りながら飲み込み、硬い部分もぐちゃぐちゃと丁寧に咀嚼しながら綺麗に飲み込む。

 あっという間に絡新婦は首だけの姿となり、目線が同じになった<鬼>の生首と再び目が合う。


『何故、<白き鬼>がここに…?』


 答えを聞く暇も無く、絡新婦の視界は暗くなりそのまま意識も途絶えてしまった。

 

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