二十三
突然「鬼ヶ島」に遣って来た篠宮総一郎という男はハクゲイ曰く異世界からの迷い人で、そんな総一郎にハクゲイは衣食住を提供する代わりに、孫娘と結婚をしろと半ば脅すように迫った。
しかし総一郎は混乱をしていたからかあっさりと承諾し、ラムウルは晴れて人妻となった訳だったが、当の本人が結婚に納得しておらず、名ばかりの夫婦生活が始まる。
異世界人の婿にはラムウルと共に生きる子供さえ残してくれればいいと思い、それ以外の期待はしていなかった。ところが総一郎はハクゲイの農業を手伝うと言い出し、働く事を望んだ。
昔から男手は不足していて、今までは村の男衆に無理を言って手伝ってもらう事もあったが、いくらハクゲイが村の頭領といっても他人の家の働き手を長い間借りる訳にもいかなかったので、正直その申し出はありがたかった。
さらに幼少時に農業を手伝った事もある様で、細かく指示を出さなくてもてきぱきと動き、手を抜く事も一切しない。
良い拾い物をしたとハクゲイは一人満足をしていた。
しかしながらラムウルが結婚に納得をしていないのは相変わらずで、総一郎にもきつい言葉で接していた。また結婚をしないと叫んだのか、<制約印>のある首元を押さえ地面をのた打ち回っている。その様子をハクゲイと美雪は冷ややかに眺めていた。
『ねえハクゲイ、ラムウルにいつ<制約印>をいれたの?』
「総一郎が来る半月程前だな。いつ婿が見つかってもいいように刻んでおいたのだ、どうせ嫌がると思ってな」
『悪さをするお猿さんの頭に付ける戒めの輪じゃないんだから……』
「猿に変わりはないだろう」
『…でもラムウルも学習しないよね、何回も結婚しない~って言うんだもん』
「本当に残念な娘だ」
総一郎も総一郎でラムウルに雑に扱われながらも気にする様子は無く、何度もいらぬ事を言っては金棒が四方八方から飛んできたが、運がいいのか勘がいいのか鉄の棒が当たる事は無く、余計にラムウルを苛つかせる原因にもなっていた。
痛みも治まった様子のラムウルを美雪は覗き込む。不貞腐れるその顔は泥だらけで、総一郎は家の中に濡れた布巾を取りに行ったという。
『ねえ、ラムウル~もうちょっと総ちゃんにやさしく出来ないの~?』
「何故やさしくする必要がある」
『ラムウルの旦那さんでしょう?』
「ーー認めてない」
そう言ってからハッと気付き制約印が刻まれている場所を押さえたが、何も起こらない。
『今の言葉は大丈夫だったんだね~なんでかな~?』
「う、うるさい!!」
美雪の髭を引っ張ろうと手を伸ばすが、危険を察知したのか伸ばした手は空回る。
『ーーねえ、総ちゃんって少し誠司に似てると思わない?』
「はあ? 似てないだろ」
『ラムウルはあんまり総ちゃんと仲良くしてないから分からないか~』
「……」
その日からラムウルは本当に誠司に似ているのか総一郎を気にするようになった。
篠宮総一郎、異世界人で性格は温厚。動物好きなのかよく美雪と遊んでいる所を何度か見かけた。働き者で、村の人間とも上手く付き合っている。美雪の言う通り少しだけ祖父に似ているかもしれないとラムウルは思った。
不満に思うところなど何も無い、むしろ夫とするなら理想的な相手とも言える。いきなり結婚をしろと言われたから受け入れがたく思っていただけで、悪い話ではないのかもしれないと考える様にもなっていたが、いかんせん自分の本心に素直になれないラムウルは、それを言い出せずにいた。
一度、総一郎の帰りが遅いので玄関で待ち伏せをしていた時があった。日も沈みきった頃に帰宅し、身なりもぼろぼろだった為<あやかし>に襲われかけたのではと心配をしたが、村の子供達に追いかけ回されただけだと言う。ハクゲイは総一郎に夜の<あやかし>についての説明をし忘れていた。
<あやかし>の説明をしながらハクゲイは総一郎にもう一つの道を示す。せっかく見つけた婿だったが、ラムウルは受け入れる様子も無いし、このまま<鬼>の集落に閉じ込めておくのも勿体無いと思った。
しかしその提案に総一郎が首を縦に振る事はなかった。
不思議な事に総一郎がここに来てからラムウルの母親の側近達が姿を現す事は無い。何の事件も起こる事は無く、平和な日々が続いていた。
「まずいな」
『何が?』
「総一郎が、だ」
『?』
「あれは出来すぎた男だ。儂が死んだ後、ラムウルは総一郎に依存するだろう」
『それって駄目な事?』
「ああ、よくないな。ラムウルは総一郎が死んだ後一人で生きていかねばならん」
総一郎が死んだ後、ラムウルには辛い人生が待っているだろうとハクゲイは考える。子供だって必ず出来るとは限らない。実際<人>と<あやかし>の合いの子は生まれにくい。ハクゲイと誠司の間にも子は出来なかった。
「しかし総一郎にはラムウルと共に生きて欲しいと思う気持ちもある。それがつかの間の幸せでも」
『ハクゲイ…』
「この年になっても迷うのだな」
『仕方ないよ』
「……」
ハクゲイは大陸である市場に総一郎とラムウルに出店を任せ、知人に総一郎を「花の都」へ連れて行ってもらおうという意向を決心する。
その知人は「花の都」で商売をしており、総一郎を気に入ればそのまま店で雇ってくれるとも言ってくれた。
「総一郎は知人の店で働かせる事にした」
「……そうか」
「また婿は見つけてくるから安心しろ」
「余計なお世話だよ」
「すまんな、ラムウルよ。やはり総一郎には安全な場所で暮らしてほしいのだよ」
「ーーああ、分かるよ、あんな暢気者は平和ボケした都が良く似合う。その方が、いい」
孫娘の口から意外な言葉が出て来た事にハクゲイは驚いたが、その感情すらも心の奥に閉じ込めた。
ラムウルは自室で羽織を縫っていた。自分の物では無く自身の夫の羽織りだった。総一郎の着ていた着物や作業着は全て誠司の物をアメリが仕立て直した品で、色も老人が着る様な地味な色合いだった。しかし総一郎はそれを難なく着こなしてしまい皆の笑いを誘っていた事を思い出す。
ハクゲイから市場に行く本当の目的を聞いてから、ラムウルは羽織を作り始めた。素直になれず辛く当たってしまったことへの謝罪と、ハクゲイや美雪に優しく接してくれた事への感謝の気持ちを込めて、一針一針丁寧に縫う。
残念ながら生地を買いに行く暇も無かったので、使っているのは誠司の着物を縫う為に買っていた地味な生地だった。仕方ないと思いつつも問題なく着こなす事は分かっていたので諦めも早い。
半月ほど掛けて地道に製作をしていたがなかなか上手く進まず、完成したのは市場に行く前日、ではなくその日の明け方だった。
総一郎の部屋の前にある着替えを入れる籠に仕上がった羽織をいれ、自室にもどると泥の様に眠った。
羽織の完成から数時間後、何とか起きる事が出来たがふらふらで、大陸の町に着いた時どうやってここまできたのか記憶も無く額に汗が浮き出る。
眠るラムウルの上に掛けられていたのは、朝方完成した羽織だった。
乱暴に突き返せば総一郎は「これ、暖かいねえ」と言って着込むのを見てラムウルは何だか恥ずかしくなる。
そうしていつも通りに一方的に喧嘩を仕掛けながら市場へと進んで行った。
持って来た品物の売り上げも好調で、残り僅かになった所でラムウルは総一郎に店番を任せ、ハクゲイから頼まれた買い物に出かける。
途中反物屋があり様々な色の生地を眺めながら無理をしてでもここまで買いに来ればよかったな、と後悔が押し寄せる。そんな風に考え事をしていると店の店主から声を掛けられた。
「ご主人様の服の生地をお探しで?」
「は?」
ラムウルが見ていたのは男性用の濃い色合いの反物だった。
「ご主人の髪のお色は?」
「え? 黒だが…」
ご主人の髪は? と聞かれて答えてしまった事に気付き、そのまま反物屋の前から逃げてしまう。何故主人など居ないという言葉が出て来なかったのか分からなかった。
買い物を済ませ今度は総一郎にその辺をぶらぶらしてくる様勧める。ハクゲイから預かった「花の都」への運賃が入った財布を渡し見送った。
これが総一郎との最後の別れだと思うとなんともいえない思いがこみ上げて来る。しかしそれを表に出す訳にはいかなかった。
人ごみに紛れ込む後姿を追いながら無意識に深いため息がでるが、それを指摘する者など居ない。
一生の別れのつもりで送り出したのにも関わらず、総一郎は笑顔でラムウルの元に戻って来た。
お土産に饅頭を買おうとしたが、こし餡がいいか粒餡がいいか分からなくて時間が掛かったなどと訳の分からない事を言いながら謝罪をしてくる総一郎を、ただただ呆然と見つめるしか出来なかったという。
そして帰って来たラムウルに待っていたのはハクゲイからの説教だった。今日の為にあらゆる人脈を使って総一郎を「花の都」に連れて行って貰う様手配をしていたらしい。
ハクゲイは総一郎と二人で話をすると言い、奥の部屋へと消えて行った。
『ラ~ム~ウ~ル~、何してるの?』
「静かにしろ」
ラムウルはハクゲイの部屋の襖の前で聞き耳をたてていた。
『面白い話聞こえる?』
「……」
『ん?』
聞こえて来たのは結婚をやめることは出来ないかという事、その理由は年が離れ過ぎているからだという事、そしてラムウルの事は素直で可愛いと思っている事。
『う、うわ…』
ラムウルの顔がみるみるうちに赤くなる、美雪が引くほどに。
中ではハクゲイが話の核心に触れ、好奇心旺盛な虎も内容が気になりラムウルから目を離すと、話に集中をし始める。
ラムウルはこれ以上話を聞く勇気が無かったので、その場から逃げ去ってしまった。
それから数日がたったがハクゲイから結婚について何も言って来る事も無く、総一郎もいつも通り接して来た。どうするつもりなのか気になっていたが聞けず、そのまま数日間もやもやとした日々を過ごしていた。
今日は雨で農作業も出来ない為、ラムウルは家の中で縫い物をして一日を過ごす。夕方を知らせる鐘の音が聞こえ、もうそんな時間なのかと我に返った。
先程から欠伸が止まらないので顔でも洗いに行くかと立ちあがったが、襖の外から声が掛かる。
「ラムウル様、アメリです。少しよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「…篠宮様がお帰りになっていないのです」
「なんだって?」
襖を開ければ申し訳無さそうに佇むアメリの姿があった。
「水飴を商店に持って行く様お願いしたのですが…」
「……」
「今、美雪様が村に探しに行っています」
「…そうか」
しかし総一郎は見つからなかった。ラムウルも同じように探しにいったがどこにもおらず、途方に暮れる事となる。
夜になり皆最悪の状況を考えていた。ハクゲイは何度も明日になるまで待てと言い含めていたが、この島に居るはずもない狼の遠吠えを聞いた瞬間、ラムウルは弾かれた様に暗闇の中へ飛び出していた。
月の光を浴びてラムウルの姿は<鬼のあやかし>そのものになる。しかしそんな事を気にしている場合では無かった。
神秘的な狼の導きにより発見した総一郎は、頭から血を流しうつ伏せの状態で倒れていた。体から聞こえる鼓動は弱く、早く連れて帰らなければ手遅れになってしまう、そう思い手を伸ばしたが鋭い爪と褐色に染まった肌が目に入り逡巡してしまう。
躊躇っている暇は無い、自らを呪う言葉を呟きながら総一郎を持ち上げようとした時、背後から男の声が聞こえ振り返れば
そこには篠宮総一郎の姿があった。




