十八
三つに分かれた大陸の真ん中にある「花の都・綾」は<あやかし>が侵入出来ない絡繰りが仕掛けられている。<人>は<あやかし>に怯える事は無く、平和な毎日を過ごしていた。
その平和の裏には<あやかし>の姿がある。
「花の都」には沢山の<あやかし>がひっそりと暮らしている。その実態は夜、<人>を武者振りつくす存在とは違い、昼間姿が消える事の無い<人>と<あやかし>の合いの子達だった。「花の都」を<あやかし>から守れる<人>には無い不思議な力と引き換えに、どこにも居場所が無い彼らの生活の場を提供していた。<人>と<あやかし>の合いの子達は<あやかし>の見た目を濃く受け継いでいたが、都で暮らす彼らは人間と変わらぬ姿で生活をしている。
その理由は都独自で開発された封印道具のおかげだった。眼鏡や指輪など身に着ける物に封印の力を付加させ装着をすれば<人>と変わらない姿になる事ができる。そのような便利な品のおかげで<人>に正体がばれる事無く、平和に暮らしているという。
「花の都」を統べるのは伊集院という一族で、大名主である伊集院忠志を筆頭に一の姫・綾華、その婿・靖、一の姫の子供の二の姫・羅夢、三の姫・阿多花と家系は連なっているが、第一子である二の姫は死亡という扱いになっていた。何故このような事態になったかといえば、二十年前の出来事を振り返らなければならない。
華の姫と呼ばれる大名主の一人娘綾華はとても美しい姫君だった。
両親の愛を一身に受け花よ蝶よと育ち、周囲が悪かったのかあるいは元々の性格か、浮世離れした少女へと成長をしていった。そんな綾華が結婚をしたのは十五の時で、相手は以前より大名家に仕えていた武士だった。
彼の名は真田靖、悪名を馳せていた<あやかし>を退治した功績を称えられ、姫君の夫となる事が決まった幸福な男で周りの誰もが祝福していたが、婚約が決まった当時の靖の年齢は三十を超えており、十五となった姫とは年が随分と離れていた。
上手くいかない事は靖もあらかじめ予測をしていたが、二年経ち子の懐妊に兆しすら現れず肩身の狭い思をしていた。
しかし遂に姫の懐妊が知らされ、靖はやっと責務を果たす事が出来たと肩の荷が下りた気分でわが子の誕生を待った。
が、生まれてきた子供にうっすらと生える髪は赤く、額には小さな二本の角がある鬼の子だった。
喜びに包まれていた城の雰囲気は一変し、暗いものへと変わっていく。綾華の夫である靖を責めたり、お前は鬼ではないのか?と不躾に聞いてくる者も居た。当の綾華も誰の子か口を割ろうともせず、それどころか自分で育てるとまで言い出す始末。
終いには大名も呆れ「好きにするがよい」と言い放ち、靖には引き続き子作りをするよう命じた。
花の姫・綾華は生まれて来た鬼の子供に羅夢と名づけ一人で育てた。彼女は城には沢山の<あやかし>が働いているというのに何故この子だけ忌み嫌われるのかしら、と首を傾げながらも毎日を娘と二人幸せに暮らしていた。
しかしそんな穏やかな日々も、七年という短さで終わってしまう。
とある書物で綾華は夜の野原でのみ咲く花の文献を見つけ、その花見たさに羅夢を連れて人知れず深夜の野原へと出かけてしまった。
「母上、都の外は危のうございます、誰か供を」
「大丈夫よ、ここは花の都、どこでも安全なのよ?」
綾華は大名一家のみがしっている秘密の抜け道から外へと飛び出し、都の外にある野原へと幼い娘を連れて出かけた。
「まあ! すばらしいわ、綺麗ね」
「…はい」
たどり着いた野原には美しい白い花が咲き乱れている。姫は年甲斐も無くはしゃぎ、花を摘んで花冠を作り始めたが不意に大きな影に覆われる。綾華は気が付かないが正面に座る羅夢には見えていた。
「!! …は、母上、う、後ろに」
「なあに?」
振り返るとそこには大蛇の<あやかし>がいた。姿を確認した瞬間に綾華は叫び声をあげ、その細い体は大蛇の尾に払い退けられてしまう。
綾華の体は鞠のように跳ね、三メートルほど飛ばされてしまった。
「は、母上!」
羅夢は母親の元へと駆け寄ろうとするが、彼女自身も大蛇の尾に払われ飛ばされてしまう。混濁する意識の中で母親の方を見れば大蛇が大きな口を開けている所だった。
「やめて」
小さな少女の呟きなど<あやかし>が聞く筈も無い。
「やめてーー!」
大蛇は綾華の体を一口で呑み込む。
「!!」
母親が呑み込まれた刹那、羅夢の体が燃えるように滾り出す。短かった角が伸び、肌の色も変わり、爪や牙も鋭さを増す。そして大蛇へと一息で間合いをつめ、いつの間にか手にしていた金棒でその大きな頭を殴っていた。
大蛇は呑みこみかけていた綾華を吐き出して、今度は羅夢を呑んでしまおうと、長い尾で小さな体を締め付けようと伸ばしたが、大蛇が触れた瞬間に羅夢の体は炎を纏う。
その炎は大蛇に襲い掛かり大きな体を燃やし尽くした。
「姫様ーーーー!」
今更ながら姫とその娘の不在に気が付いた護衛たちに発見をされる。
「あ、<あやかし>が何故ここに!」
護衛の武士は驚き、刀を抜く。
刃を向けた先は炭となった大蛇では無く、羅夢のいる方だった。
「二の姫様はどこに?」
「それよりもこの<あやかし>を倒すのが先だ!」
羅夢は必死に自分は<あやかし>ではないと主張した。流れる涙を拭おうと手を顔に近づければその手は褐色に染まり、爪も伸び<人>の手では無い事に気が付く。護衛の武士の手を借り、起き上がった母親に駆け寄るが彼女は再び悲鳴をあげ身を竦めた。
「ば、化け物!」
「…!!」
羅夢は衝撃のあまりそのまま意識を失いその場に倒れこんでしまう。そして目覚めたのは暗い牢の中だった。
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翌日になり普段の姿に戻った娘が姫の子である事という事が判明したが、その日以来何故か夜になると鬼の姿へと変わってしまう体へと変化していた。鬼の姿になってしまったのは襲い来る大蛇から母親を守る為、という事も調査が進み明らかになっていたが羅夢が牢から出される事は無かった。
夜になると毎日の様に羅夢の中の<あやかし>が封印出来ないか派遣された技師達が集まり、様々な非道な実験を繰り返す。
角を切り落とせばいいという技師の提案に従い、羅夢は自らの長い角を切りやすい様頭を垂れる。彼らは角に刃を充て力一杯削ごうとするが傷一つつく事は無く、完璧な<あやかし>では無かった当時の羅夢にはその行為に痛みが伴っていた。
「人間なんて、嫌いだ…」
悲鳴をあげても誰も止めに入る事も無く、無慈悲な実験は半年も続いた。素直だった羅夢の心は擦り切れ、<人>を信用できなくなっていた。
唯一やさしかったのは牢屋の見張りをする<人>と<あやかし>の合いの子達だった。こっそりとお菓子をくれたりやさしく声をかけてくれたりと世話を焼いてくれた。
羅夢に酷い事をするのはいつも<人>だった。しかしその技師達も封印が出来ないと分かると夜訪れるのをやめてしまう。その事実を聞いた時は嬉しかったが今度は別の問題が羅夢を苦しめる。
彼女は夜、眠れない体になっていた。前の日まで夜になれば技師達が訪れ、様々な実験を繰り返していた。眠ろうとすれば頬を叩き叱咤され、痛みを伴う封印の為の行為を繰り返し受ける事となる。
夜、目を閉じればどこからか頬を叩く手が飛んでくるのではないか、寝ている間に不要な存在だと殺されてしまうもではないか、そんな精神的外傷が彼女を襲い、心穏やかに眠りにつく事など出来なくなっていた。
そんな羅夢に転機が訪れたのは牢に閉じ込められてから一年がたってからだった。一人の老人が訪れ、その出会いにより彼女の人生が変わる。




