十五
珍しく総一郎はハクゲイと二人居間に向かい合って座り、何やら相談事をしている。共に真剣な様子で話し合い、興味があるという美雪の入室すら拒んだ。
「紫や橙の手ぬぐいに皆興味はあるみたいなんですが、身に着けるには派手すぎるのか、手に取っていただけないのです」
「ここいらでは白い手ぬぐいしか売ってないからな。都に行けば色取り取りの品が売っているというのに」
「そうですね…女性が好む柄を入れてみてはいかがでしょうか?」
「ふむ、柄なあ…」
ハクゲイと総一郎が話しているのは手ぬぐいの事だった。先日の市場で売れた事が嬉しかったらしく再び製作に取り掛かろうとしていた所総一郎が待ったをかけ、売れる為の改良を提案してきたのだ。その進言にハクゲイは機嫌を悪くする事は無く、むしろ身を乗り出して「何か考えがあるのか」と聞いてきたという。
「どの様な柄を好むのか皆目検討がつかんな。総一郎、お前の世界の女性はどのような柄を好んでいたのだ?」
「……」
総一郎はとっさに会社の女子社員が私服に合わせていた千鳥格子柄やギンガムチェック柄を思い浮かべたが、染物の柄という事は型を彫らなければいけない為あまり複雑な物は再現できないだろう。もっと単純なモチーフは無いものかと記憶を掘り起こし会社の女性社員が持ち歩いていた小物の柄を
思い出す。「ユニオンジャック」「豹柄」「ドッド柄」…どれも手ぬぐいの模様には向かないものばかりだ。
「虎みたいな動物の柄だったり外国の国旗だったり…?」
「なんだおかしなものが流行っているのだな」
「まったくその通りで…」
予想通り総一郎の世界の流行は参考にはならず、とりあえずは簡単な花柄などから作っていき、売り上げなどの様子見をしようという考えに至った。
ハクゲイは部屋にある棚から紙と筆と墨を机の上に取り出し、様々な花を描いていく。桜に菫、薔薇に百合どれもシンプルながら上品で、上手く型を彫る事が出来たらとても良い品が仕上がりそうだと総一郎は思う。
その総一郎はといえば朝顔を描くのに挑戦をしたが、ハクゲイに「なんだそのふやけた煎餅みたいなのは」と言われ心が折れたのか静かに筆を置いた。
翌日仕事の速いハクゲイは薄い板と彫刻等と紙やすりを用意して、型を彫るよう総一郎に命じ自らは畑に赴く。昨日描いた桜と菫の絵を切り取り板の上に置く、紙と板の上から墨を塗り紙を剥がすと花の形だけが板の上に残る。そして板を割らないように慎重に型を彫り、仕上げに紙やすりでぎざぎざになった木の端を綺麗にすれば木の型の完成だ。
村では正午を知らせる鐘がなり、想像以上に時間がかかってしまった事実に驚く。
ラムウルと共に昼食を済ませ、午後からは二人で畑に向かった。
三日後、総一郎が彫った型を使って染物をすることになった。汚れてもいい着物を着てさらに前掛けを着用する。染料を零したりしてはいけないので、屋敷の軒先での作業だった。
季節は冬になろうとしていたので外は肌寒く、用意された汚れてもいい服が薄手だった事もあり全身に鳥肌がたっていたが、薄着なのはハクゲイも同じだった為必死に我慢をする。
まずは台の上に紙を置き、その上に手ぬぐいをピンと伸ばして紙の上に敷く。そして型を置き防染糊と呼ばれる粘度の高い液体をハケで塗っていく。
防染糊を塗ればその部分は染料に浸けても染まらず、白く残るのだ。
防染糊が固まったのを確認すれば型を外し、また同じように手ぬぐいにハケで塗る作業を繰り返す。
ハクゲイは桶の中にお湯を注ぎ染料を入れ、染着促進の薬剤も混ぜる。
防染糊を塗り終わった手ぬぐいは熱湯に潜らせ糊が剥げないよう固め、取り出したあと染料の入った桶に入れよく色が着きやすい様に時間をかけて浸す。浸かった後は水洗いを繰り返す。二、三度洗ったら色止め剤に浸し、また洗う。
「てっきり植物を使って染めているのかと思っていました」
「この辺りある植物からは薄い色しか出ない。染めるのに手間も時間もかかる」
「ああ、たしか植物を煮て染液を作るんでしたっけ?」
「そうだ、染める時も布を長い時間煮込まなければいけないし面倒なんだ。材料を煮出す為の薪も勿体無い」
「なるほど…」
そんな風に喋る間も二人の手は止まらない。十枚ほどの手ぬぐいを染め、洗い終えると日当たりのいい場所に干した。
この後も洗濯をすると色落ちする為、売る前に何回か洗ってから市場に出すとハクゲイは言った。
****
冬の「鬼が島」に一人の女性が訪れていた。
艶のある黒髪は一つに纏められ耳の後ろで結び、長い前髪は全て横に流しガラスの花細工がついた髪留めで留めている。纏う着物も柄や反物の美しさから礼装用の様な高価な品だという事が分かる。
女性は細長い何かが入った布の袋を両腕で抱えるだけで他に何も持っていない。どこぞの姫君のような雰囲気をかもし出していたが供も付けずに一人でこの村まで来ていた。
遊んでいた子供が女性の前を走り、物語から出て来た天女の様な美しい姿に目を奪われる。
「痛ッ!」
「あらまあ…大丈夫?」
子供は余所見をしていた為転んでしまう。膝からは血が流れ泥だらけになった。女性は涙目になる子供に近づき体を地面に転がったままの体を抱き上げると、帯からハンカチを出して顔に付いた泥をふき取り、膝の傷口には触れずに周りに付いた血だけを拭う。
「傷口は水で洗って家に帰ったら消毒をしてね」
「あ、ありがとう」
子供は照れながらそう言うとまた何処かへと走って行った。女性は村に続く道の最果てにある高台を見つめ、また一人で歩きだす。
総一郎は玄関の前にある井戸で洗濯をしていた。この家には井戸が三箇所もあり、用途ごとに使い分けている。洗っているのは先日作った手ぬぐいだ。
自分から買って出た仕事だったが冬の水仕事は本当に辛い。あと一枚の我慢だ、そう自分に言い聞かせながら桶の中でごしごしと手ぬぐいを洗う。最後の一枚を洗い終え立ち上がろうとしたとき、総一郎の目の前に汚れたハンカチが差し出された。
「これもお願い」
「…?」
玄関先に現れたのは一人の女性だった。上等な着物を身に纏い、竹刀袋の様なものを手にしていた。ハクゲイやラムウルの知り合いかと考えていると、無意識にハンカチを受け取ってしまう。
呆然とする総一郎の横を通り過ぎて女性は勝手に屋敷の中へ入って行った。渡されたハンカチはどう見ても綿ではなく、手触りから絹ではないかという疑問が起こる。これは洗濯板でごしごし洗ってもいい品では無いだろう。
(困ったな)
洗濯方法を聞こうにも頼りのアメリは里帰りをしていて不在だった。
「あら。皆お揃いで、相変わらず暇そうね」
「聖蘭か久しいな」
居間には帳簿付けをするハクゲイに裁縫をするラムウル、ごろごろと転がるだけの美雪、とこの屋敷の住人が揃っていた。
「村に変わりは?」
「ああ、この通り暇をしているよ」
「……」
先程からラムウルは眉間に皺を寄せ、睨みつけるように聖蘭を見つめていた。そんなラムウルを気にも止めずに天女の様な笑みを浮かべ話続ける。
「その虎は暴れたりしていない?」
『……』
「見ての通り、大人しいモンだ。心配いらない」
「そう。でも正式な契約者が居ない<あやかし>を置くなんて気が知れないわ」
「てめえいい加減にしろよ!」
「あらあら、そんな乱暴な言葉使い。華の姫が聞いたら大層悲しむわよ」
「なッ!」
「止さないか!」
ハクゲイの一喝によって居間は静まりかえったが、聖蘭はラムウルの顔を愉快だとばかりに眺め相手の反感を煽る表情を作る。
「お前も何をしている」
それは居間にいる人間に問いかけた言葉ではなく、襖の外に居る人物に掛けられたものだった。総一郎は襖を開けると申し訳無さそうに客人へ会釈をした。
「すみません、お取り込み中だったようで入っていいものか迷っていました」
「構わん、して何ようだ?」
「お客様のハンカチなのですが、洗ってくれと頼まれて見た感じ絹のように思えたので、普通に洗っていいものか分からなくて…」
「大丈夫よ。ごしごし洗って頂戴。鬼の子供を拭いたの、穢れているから綺麗にし」
聖蘭が言い終える前に総一郎が持つハンカチをラムウルが奪い取り、床に叩き付けた。
「お前は何をしているんだ、馬鹿なのか?!」
「え?」
「こいつは使用人じゃない!」
「そうなの? 玄関先で洗濯をしていたからてっきり下働きの者かと思っていたわ」
「!!」
ラムウルは聖蘭に向かって腕を振り上げたが、総一郎はその振り上げた腕を瞬時に掴み取り、聖蘭が殴られるのを防いだ。
「お前は馬鹿にされて悔しくはないのか!」
そう言い捨てるとつかまれていた手を乱暴に払いのけ、ラムウルは居間から出て行ってしまった。総一郎は後を追おうとしたが聖蘭に服の裾を引かれタイミングを逃してしまう。
「あなた、下働きじゃなかったら何なの?」
「……」
「総一郎はラムウルの夫だ」
「え?!あの子結婚していたの」
聖蘭の瞳が驚愕で見開き、信じられないという言葉を呟いた。しかし取り乱したのも一瞬で総一郎の方に向くと再び天女の微笑みを浮かべる。
「ねえあなた、乱暴な鬼娘の旦那様なんか辞めて私の屋敷で働かない?」
「聖蘭よ、何を…」
「だってこの方は<人>でしょう?あの<人>嫌いのラムウルが結婚なんてする訳ないわ。ここに居るのも何か事情があるんでしょ?」
聖蘭の言う事は間違っていなかった為にハクゲイは黙り込んでしまう。
「ここよりもいい暮らしを約束するわ」
「…すみません、今から鶏の餌やりに行かなければいけないので」
「はあ?」
総一郎は聖蘭の話など聞いておらず、どう言えばこの場所から抜け出す事が出来るのか?という考えで頭がいっぱいだった。ぽかんとする聖蘭やハクゲイの顔を見て鶏の餌やリは失敗だったかなとこめかみの辺りをかく。しかし今まで大人しかった美雪の体が震えだし爆発をした。
『あはははははは! そ、そうだね、鶏がお部屋でぴいぴい言っているかも。総ちゃん僕も手伝うよ』
そう言いながら総一郎の背中を頭でぐいぐいと押し居間からの脱出を図った。
『はあはあ…苦しい、総ちゃんってば山田のお姫様のお誘いをしょうも無い理由で断るんだもん』
「山田のお姫さま?」
『うん。ハクゲイから聞いてない?』
「山田君と関係があるの?」
『全~然! 山田っていうのはハクゲイの五年前に死んじゃった旦那様の苗字なんだけどね』
山田家というのはこの世界屈指の<あやかし>を封印や討伐をする力を持つ一族の名で、ハクゲイの旦那、誠司は聖蘭の大叔父にあたる。
五年前に自分が居なくなったあとの「鬼が島」を守ってほしいという遺言を残していたために、こうやってたまに山田家の人間がやってきては、村の結界がきちんと張られているかなどの見回りをしに来るという。
『あのお姫様は来る度にラムウルと喧嘩をするんだ。いつも刃物沙汰になってねえ…』
「……」
『総ちゃんが止めてくれてよかったよ』
「うん…ラムウルさん思いっきり拳で殴りかかろうとしていたから」
『いつもだよ』
ラムウルの様子を伺いに行った方がいいかと聞けば、放っておいた方がいいと美雪が言うので総一郎は洗った手ぬぐいを干しに行った。
あの後聖蘭は帰り夕食時に現れたラムウルもいつも通りの様に見えた。




