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ふりむけば、鬼嫁。  作者: 江本マシメサ
第一話「鬼に金棒」
13/44

十三

 市場の人手も途絶えかけた頃、ラムウルはハクゲイから頼まれた買い物に出かけた。総一郎は一人市場に残され手ぬぐいが売れないか頑張ってみたが、奮闘も空しく一枚も売れなかったという。

 一時間後帰って来たラムウルの両手には沢山の荷物が抱えられていて、ひどく不機嫌そうだった。


「あのクソ婆、自分が行かないからってしこたま買い物を頼みやがって」


 買って来た品物を後ろにある荷車に乗せ、椅子代わりに裏返して置いている野菜入れの籠にどっかりと座るとハクゲイへの悪態をつき始めた。

 そして何かを思いついたかのように上着の内側を探ると、名詞入れ位の大きさで、細い紐で開かないよう幾重にも巻かれた布を縫い合わせて作ったであろう何かを差し出す。


「これは?」

「見て分からんのか? 財布だ、お前のな。婆さんからだ」

「そんな…お金を払わなければいけないのはこちらなのに」


 この世界に来てからというもの衣食住すべてハクゲイに頼りきりだった。この恩を返すにはひたすら働くしかない、そう思い今日まで農業の手伝いをしてきたが正直役に立っている自信は無かった。


「また訳の分からない事を言う。これは婆さんの気持ちだ、受け取らないというのはどういう事だか分かるだろう?」

「しかし…」


 ラムウルはじれったいとばかりに言い捨て、財布を総一郎の手の中に押し込む。


「この道をまっすぐ行けば商店街がある、見てくるといい」

「…ありがとうございます」


 ラムウルから受け取った財布を帯に挟み出かけようと立ち上がった所に「忘れ物だ」とアメリが用意した着替えなどを入れた風呂敷の包みを投げて寄越す。この着替えは万が一船に乗れなかった時に宿に一泊してから帰るよう言われていたので、その宿泊用の荷物だった。


「なにか買ったらそれに入れて持ち歩け。この辺は物騒な人間が出入りしているからな」

「…物盗りですか?」

「そんな所だ」

「一緒に行き」

「誰が荷物番をするというのか」

「ですよねえ…」

「…」


 ラムウルは何か言いたげな表情をみせたがそれも一瞬で、早く行けとばかりに手のひらを横にしてぱたぱたと動かし、呆ける総一郎を追い出す。そしてまばらになった人ごみに紛れ込み姿が見えなくなると人知れず深くため息をついた。

 商店街に出ると先程の市場ほどではなかったが、賑わいを見せていた。見渡す限りに商店と出店が並び、出店で売られる食べ物の良い匂いが辺りを包んでいる。香ばしい匂いが漂い、人だかりが出来ている出店を覗けば<うなぎの串焼き>と書かれた看板があり飛ぶように売れていた。うなぎは炭火の上で焼かれ身に焦げ目が付く前に裏返しハケでタレをつけ、焼き直す作業をひたすら繰り返している。

 アメリが持たせてくれたお昼ごはんを食べたばかりだったが甘いタレの香りはとてもとても魅力的だった。しかし<うなぎの串焼き>と書かれた文字の横には一串四銅幣と書いてある。


(四銅幣……。この世界でもうなぎは高騰しているのか)


 この世界のお金は全て四角い形をしており、十円玉と同じ価値のある鉄幣、百円玉と同じ価値のある銅幣、千円札と同じ価値のある銀幣、最後に一万円札と同じ価値のある金幣。銀幣と金幣は板ガムと同じ位の大きさだが驚くほど軽い、どうやら中身は別の物質らしく表面にのみ銀や金をぬっているのであろう事が想像できた。幣という文字をみると日本の紙幣という言葉を思い浮かべるが、こちらの世界での意味は全く異なっている。

 その昔あらぶる神々を鎮める為に当時宝とされた鉄・銅・銀・金を加工し、貢物こうもつとして捧げていた。そんな神を鎮める儀式は時代を追うごとに廃れていったが、後の世に品物の取引の際使う様に普及させ、広がったのが現在使用されているお金の元の姿だった。幣という言葉には「貢物」という意味があるらしい。

 そしてうなぎの串焼きのお値段は四銅幣、四百円という事になる。これはハクゲイの米三キロの値段と同じだった。


(ハクゲイさんは一体いくら包んでくれたのか……え?)


 財布の紐を解き中身を確認する。出て来たのは銀幣が五枚に金幣が三枚入っている。総一郎は人目見て財布を閉じ紐を巻きなおすと再び帯の中に押し込んだ。


(なんて大金を……まさかこのお金で逃げろというのか)


 ハクゲイは総一郎が逃げやすいよう大陸まで行くように仕向け、お金を与え逃げる機会を作る。この大金の意味はそうなのだろうかと考えいた所、後方から走ってきた誰かとぶつかり風呂敷包みを落としてしまった。


「ああ、申し訳ありません!」

「いえ」


 ぶつかって来たのは五十代半ば位の男性だった。旅の途中なのか竹で出来た笠をかぶり、大きな荷物を背負っている。


「その荷物は…兄さんも<花の都>に行くんだろ? 早く行かないと席が無くなってしまうよ」 

「え?」


 手にしていた荷物を見て旅行者と勘違いされたのか、地面に落ちた風呂敷包みを拾い総一郎に差し出すと「馬車の乗り場はこっちだよ」とそのまま手を引かれ、馬車の乗り場まで連れて行かれてしまった。


「<花の都・綾>への運賃は金幣一枚だ」


 馬車の御者は総一郎に乗車賃を請求する。ここまで連れてきた男は馬車へ乗り込み、すぐに支払いを済ませない青年を不思議そうに見つめていた。


「私は、違います」

「なんだ、冷やかしか?それともお金が無いのか? <花の都>はいいところだ、<あやかし>も入ってこれないし。ここは鬼が住む不気味な島が近くにあって恐ろしいからよお…そんな島があるここに比べたら楽園さ」

「……」


 人々には鬼が恐ろしい生き物だという概括が染み込んでいる。<鬼が島>だけが特別なのだと改めて実感をした。


「私はここに帰る家がありますから」

「そうか? だったらもう出るぞ」

「はい」


 そう言うと御者は馬の準備に取り掛かる。先程の男は依然総一郎を見つめたままだった。


「それでいいのかい?」


 彼はなんの気なしに訊ねたのだろうが、その言葉は深く胸に響く。しかし考えはとうに決まっていることだった。


****

「お嬢、帰る支度の手伝いに来ました」

「あ、ああ」


 商店街へと続く道を睨むように眺めていたラムウルだったが、アオザイに声を掛けられ我にかえる。


「逃がした魚はでかかった、という感じですな」

「何の話だ」


 アオザイも事情を聞いていたのだろう。でなければわざわざ手伝いに来る筈もなかった。

 総一郎を市場に連れて行きハクゲイの古くからの知り合いに馬車乗り場まで誘導するよう仕向け<花の都>へ送り出すという作戦をラムウルは反対しなかった。否、出来なかったと言った方が正しいのかもしれない。


「寝ているお嬢を船まで運んだり、何も思わない娘にそこまでは出来ないですよお。いい男だったのに勿体無いですなあ」

「は、船まで運ぶ?」

「あら、聞いてなかったんですかい。爆睡するお嬢をあの兄さんが大事そうに抱えて乗船をした話を」

「はあ?!」

「すみません、遅くなりました」

「うるさい、ちょっと黙っておけ。アオザイどういう--…ってはああ?!」



 ラムウルは勢いよく振り返るなり現れた声の主を凝視する。間違いなく<花の都>へ逃がした筈の篠宮総一郎だった。


「ア、アオザイ、馬鹿だ、馬鹿がいる」

「え?」


 呆ける総一郎にラムウルはあきれて声を失う。そんな二人にアオザイは船の出港に間に合わなくなると急かしを入れた。


****

 そうして帰宅をした居るはずもない総一郎の姿を確認するなりハクゲイはラムウルを怒鳴りつけた。


「お前が我侭をいったんだろう! 今日の為にどれだけ心を鬼にしたことか!」

「いいえ、自分で決め帰ってきました。ハクゲイさんから頂いた財布の中身を見てその意図には気づいていたのですが…」

「は?」

「この村で暮らしたいと」

「……話をする、来い。ラムウルは風呂にでも入っておけ」


 ハクゲイの部屋に連れられ向かい合って座る。目の前の老婆の顔は穏やかではない。


「お前は変わった奴だ。こんな所で暮らしたいなどと」

「…ここは私にとっても楽園です」

「この村の真なる厳しさや、外の世界を知らないからそう言えるのだ」

「いいえ、そんな事はありません」


 総一郎の日常は朝六時には家を出て出社し、帰るのは日付の変わる深夜だった。土曜日まで出勤して、日曜ですら会社から電話が掛かってきて仕事をする日もあり、がむしゃらに走り抜けて来た為社会人になってからの記憶はほとんど無い。何の為に働き、誰の為に生きるのか分からなくなっていた。

 しかしここでの暮らしはどうだったかと考えれば、地獄と天国程の違いがあった。ハクゲイからの衣食住の恩を返す為に働き、その行為によって誰かが喜んでくれる。家に帰れば誰かが居て迎えてくれる、そんな当たり前の事を日本での生活で見つける事など出来なかった。


「だから私はここで暮らしたいと思いました」

「そうか…ならば改めて話す事など無い」

「私からは一つ、我侭だとは思うのですが」

「何だ?」

「ラムウルさんとの結婚についてですが解消をお願いできないかと」

「……」


 緩んでいたハクゲイの表情が再び険しいものとなる。


「何故だ? ラムウルみたいな乱暴な娘は嫌いか?」

「いいえ。ラムウルさんは素直でとてもかわいらしいと思います」

「では何故?」

「…年が離れ過ぎていると思いまして」

「誰と?」

「…ラムウルさんは二十歳前後位ですよね?」

「ああ、お前が来た日に二十歳になった」

「そ、それはめでたい日にご迷惑を」

「いや<鬼>は<人>のように生まれた日を祝う習慣は無い」

「そうですか…」


 ハクゲイに射殺さんばかりに見つめられ総一郎は背中に汗が伝うのを感じる。しかし引く訳には行かなかった。


「して、お前はいくつなのだ」

「三十二です」

「……」

「かわいそうだと思いました、若い娘が一回りも年上の男と強制的に結婚をさせるというのが」

「…ふむ。検討違いだったことは認めよう。皆お前をラムウルとさほど変わらない年頃と勘違いをしていた」

「それは言いすぎじゃ…」

「しかしお前自身が結婚が嫌だという事ではないんだな?」

『痛~~~~~~!』


 突然襖の外から何者かの悲鳴が聞こえた。ハクゲイは舌打ちをして襖を一気に開ける。


『ひいえええええ!鬼婆~~~~!』

「誰が鬼婆だ!」

『え?鬼婆じゃん…』


 襖の外に居たのは美雪だった。鬼婆と呼ばれたハクゲイは開き直る白い虎の両耳を力一杯引っ張り上げる。


「盗み聞きをしたのはこの耳か!」

『いだだだだだだ、もげる、耳、もげる!ねえラムウルは怒らないの?』

「どこにラムウルがいるのだ?」

『え?』


 ハクゲイが手を離してすぐに後ろを振り返ったが、一緒に盗み聞きをしていたはずのラムウルの姿は無い。

 彼女は美雪の尻尾を踏みつけそそくさと逃走していた。 


『う、裏切り者~~~~!』

「総一郎、話は今度だ。今からこの虎を躾直さなければいけない」

「はは、お手柔らかに」


 ハクゲイは美雪の耳を引っ張りながら奥の部屋へと消えて行った。

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