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ふりむけば、鬼嫁。  作者: 江本マシメサ
第一話「鬼に金棒」
11/44

十一

月末に別の大陸である市場が近づくにつれ忙しさは増していた。脱穀も全て終わり百キロほど米を搗き、三キロごとに茶色い丈夫な紙袋に詰める作業を行う。畑に残っていた夏野菜も売り切ってしまうらしく今日の作業は胡瓜、茄子にトマト、ピーマンの収穫も行った。もう収穫はしないので茎葉は抜き取り一箇所にまとめる。後日細かく茎を切断をして、米ぬか・油粕と共に再び畑に埋め、たい肥を作り次の野菜を育てるための下準備をするという。


「あの玉蜀黍とうもろこしは収穫しないのですか?」


 畑の隅に背の低い玉蜀黍が植わったままになっていた。総一郎は指差しながらハクゲイに訊ねる。


「ああ、あれはラムウルが間違って買ってきた種で作った奴なんだが、皮が硬くて粒も小さいし生では食えたもんじゃないから、枯らした後収穫して粉にでもしようかと思ってるんだ」

「へえ、粉を…なにを作るんですか?」

「いや、この地域では食べる習慣は無いな。南西の大陸に住む奴らが好むらしくそこに売りつけるんだ。水で溶いて焼き、香辛料で味付けをした鳥や牛のひき肉をのせて食べるらしい」


 ハクゲイの説明から玉蜀黍の粉から作られるのはトルティーヤのような物だと総一郎は思った。

 鳥や牛のひき肉、というのを聞いてここではあまり動物の肉は食卓に出てこない事に気がつく。この村での食事は野菜と魚が中心でたまに鶏肉が出てきたり、猪が罠に引っかかったからといって村人からおすそ分けが来て食べる位で、豚や牛などは一度も食卓に上がった事は無い。

 話を聞くかぎりこの世界には様々な大陸がある事が伺える。残念ながら地図は存在しなかったが、もしかすると地球と同じような文化が発達しているのかもしれない、<鬼が島>に来て三ヶ月ほどたったがそういう考えに至っていた。

 収穫した野菜をかごに詰め一時的に風通しの良い鶏小屋の様な納屋に保管をする為運んだ。すべて中に入れると扉を閉めただけで、小屋に鍵の類は無く当たり前のようにハクゲイは「帰るぞ」と言う。

 この村にはこうやって商品の入った納屋に鍵を掛けなくても、わざわざ盗みを行うものなど居ないのだと総一郎は思わず感心してしまった。

 ハクゲイと共に帰ろうとしていたが、アメリにきこりの家から薪を貰ってくるよう頼まれていたのを思い出し、先に帰ってもらう様に伝え、一人村の外れにある樵の家まで歩いて行く。

 樵の家で薪を貰い、背中に背負えるよう紐で固定をしてもらう。樵はがっしりとした筋肉質な体つきと人好きしそうな朗らかな容姿をしており、明るく気安い人物だった。今までは樵が薪割りをしてから高台の家まで届けていたが、総一郎が来てからは木を貰い、薪割りをする事は彼の仕事になっている。


 樵から渡された木は冬の間に伐採したものだった。乾燥した時期に伐採をしなければいけない理由は、他の時期では木に多量の水分を含み薪の乾燥に時間が掛かったり火にくべても燃えない場合もある為だという。

 そんな冬に伐採した木でも薪割りをして半年から二年の間水分の乾燥をしなければ燃料として使えないという驚きの事実がある。

 しかし二年というのは樵が語る適切な乾燥期間で、実際は半年ほどしか乾かしていないとハクゲイは悪びれもなく言っていた。毎日使う燃料なので、二年も乾燥などしている暇など無いらしい。

 薪を乾かす期間は半年でも長いと総一郎は思った。屋敷の軒下にある大量の薪のほとんどは乾燥中の代物で、使用する事は出来ないとアメリから説明を聞き、薪燃料の不便さを痛感する。

 こうして乾燥の終わった薪だけで風呂を焚き、台所の火としても使い、冬は暖をとるのにも使うというこの村唯一の火の種だった。

 

 背中にずっしりと思い木を背負い、樵にお礼を言うと高台の屋敷を見上げ道のりの長さにひっそりとため息をつく。まだ日は高いがぼさぼさしていたらあっという間に日は沈んでしまうだろう。この前みたいにラムウルに心配をかけさせるのも申し訳がなかった。上り坂になっている帰り道を早足で進み、疲労感もあったがなるべく早く帰るように努める。が、そんな努力を水の泡にしてしまう事件が起こった。


「おい」

「……」


 鬼の子供達が総一郎を囲んでいる。もう何回目だろうか、何度か追いかけっこに持ち込み逃げ切る事は出来たが、今日は木を背負っているため逃走は不可能だ。

 

「いつになったらアレを作るんだ?」

「ごめんね、今日は…」

「いっつもちょこまか逃げやがって!」

「居候の身だから材料を勝手に持ち出す訳にはいかなくて」

「ごちゃごちゃぬかすな!」


 背中の木を地面に下ろし参ったとばかりに両手をあげ降参のポーズを取るが、子供達は意味が分からないのか首を傾げていた。


「こうなったら実力行使だ!」


 リーダー格の子供が腕を振り上げながら走ってくる。総一郎は難なくその攻撃を避け、腕を掴む。そして子供を高く抱き上げるとそのままぐるぐると回った。


「うわああああああ! なに、をするんだ~~~~離せ~~~~!」


 はじめこそ悲鳴をあげていたが次第に楽しくなってきたのか笑い声をあげ喜んでいる。一分位回してから子供を降ろしたが、今度は別の子供達がやってきて自分もして欲しいと囲まれ、先程とは違う意味で困った状況になっていた。


(吐きそう…)


 結局子供達のぐるぐる抱っこ遊びに付き合う羽目になり、余らせていた体力は尽き掛けていた。その場にしゃがみ込み口元を押さえ嘔吐感が無くなるのを待つ。子供達はといえば太陽が朱に染まる時間帯になると散り散りに去っていき居なくなっていた。そろそろ歩きださないとあっという間に夕暮れになってしまう。


「ーーお前、こんな所にいたのかよ」


 声を掛けられ顔を上げればラムウルが総一郎の目の前で腕を組み見下ろしていた。


「探しに来てく」

「は!? ッ違う! 美雪が、そ、そう、美雪が行けとうるさかったんだよ」


 そう言い放つと総一郎の返事も待たずにどんどん先へ進んで行った。どうやら一緒に帰ってはくれないらしい。しかし吐き気はなかなか治まらず立ち上がる事が出来なかった。そんな様子に気がついたのかラムウルはわざわざ戻ってきて怒鳴りつけるのかと思いきや、意外にも無言で総一郎に左手を差し出した。


「あ、ありがとう…」


 予想外の行動に戸惑いつつもラムウルの差し出す手を取ろうとしたが、総一郎の手は泥と煤で汚れている事に気がつき「手、汚れているから大丈夫です」と言い自分の力で立ち上がろうと膝に力をいれる。が、ラムウルはそんな総一郎の躊躇などお構いなしに引っ込めようとしていた手を掴むと力一杯引っ張り立ち上がらせた。


「うわ!」

「いちいちうるさい奴だな!」


 立ち上がった先には至近距離にラムウルの顔がある。こうして近くでみれば短い角がある以外は普通の子に見える。まだ二十歳前後なのだろう、年若い娘だというのに一回りも年が離れた男と強制的に結婚を言い渡されるなんて嫌だっただろうに、そんな風に考えていると金の瞳とぶつかり、握られていた手を乱暴に払われてしまった。

 そして先程と同じように大股で道を進んで行く。おまけに総一郎の手を握った左手をまるで汚い物を触ったかのように服で何度も拭いながら歩いている。


「だから汚いって言ったのに…」


 そんな後ろ姿に総一郎はショックを感じつつも、地面に放置されたままの木を背負って追いかけた。

 

****


『あれ? 総ちゃん今帰ってきたの?』


 持って帰って来た木を下ろし日当たりのいい場所に並べている途中、庭をうろついていた美雪に声を掛けられた。


「ちょっと子供達と遊んでたら遅くなって」

『そっか~でも子供の相手をまじめにすると疲れるよ~』

「うん。今激しく痛感している」

『ハクゲイも早く対策を考えてくれたらいいのにね~』

「はは、でも子供嫌いじゃないよ?」

『うう、なんて出来た人なんだ』

「そんな事ないって」


 美雪は前脚を上げ涙を拭う動作をする。目の前の虎には中に人が入っているのではと思い背中を触ってチャックがないか確認をしてしまった。


『お菓子もぽぽぽぽぽ~んと一気に作れたらいいのにね。カルメ焼きだっけ? あれは手間がかかりすぎるよ』

「ぽぽぽ~ん…ねえ」

『それと! 夜の村は本当に危ないからね…僕も常に気にかける事が出来たらいいんだけど夕方は結界の確認とかで忙しくて、今日も総ちゃんが居ないのに気がつかなかったし』

「え? 山田君が気づいてくれたんじゃ」

『ん? 何に……いだだだだ痛い!』


 突然現れ美雪の髭を引っ張っているのはラムウルだ。そして力任せに虎を引き寄せ自分の方に向かって歩く様に仕向ける。


『ラムウル! 痛い、何? 何なの~』

「来い」

『髭を引っ張らなくても行くよ!』

「だまってついて来い」

『む、無理、髭、繊細、なの~~~~んんんん!』


 美雪の必死の主張を無視してラムウルはズンズンと歩いて行く。


「山田君も大変だなあ…」


 騒然と去っていくラムウルと美雪を見送りながら総一郎は静かに呟いた。 

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