Secret.9
基本、両親や親戚は性格が穏やかで、人に圧力を掛けたりする事は好きじゃないし、そんな面倒事は遣りたがらない。
けれど、そんな彼らでも例外はあるらしく。
「ふーん?それでそんなに右頬が腫れてるんだ?」
「可哀想に、痛かったでしょ?萌ちゃん」
・・・なんでこんな日に限って、皆集まってるかな?
新人に頬を叩かれ、その叩かれた際に込められた力が強すぎて右頬が異常に熱くなり、その熱が引いたかと思えば、私の頬は内出血こそは免れたけれど、赤く腫れてしまった。
そのせいでまだ就業時間内だったにも関らず、自宅に帰らされてしまった。
自宅に帰る際、少しの申し訳なさを感じて第二会議室を覗いて見れば、そこは北極もかくやと思われるくらいの異常な空気に支配されていた。
勿論、その空気の発信元は神崎課長、その人。
彼は間違いなく覇者であり、支配者だった。
誰が言わなくとも、空気がそう物語っていた。
彼は私が覗いているのを察知したのか、それまで醸し出していた恐ろしいほどの冷気をおさめ、麗しくも艶やかな微笑みを浮かべ、振り向いてくれた。
そして、その色気に気圧されている私の間抜けな左頬を撫で、微笑みを深めたかと思えば――。
『大丈夫です。明日までには躾け直しておきます』
サラリと髪を撫で、無駄な色気を私に存分に振り撒いた課長は、私にさっさと帰る様に促し、会議室の扉をピシャリと目の前で閉めた。
つまり、彼は教育の邪魔をするなと婉曲に私を追い返したというワケ。
私はそんな裏を読めないほどお子様じゃない。
という事で、なんとなく不完全燃焼な想いを胸の内に燻らせつつ帰って来てみれば、そこには親戚の方々が大挙して押し寄せていた上に、目敏く右頬の事に突っ込んで聞いてきた。
もう一度言うけれど、基本、親戚の方々の性格は穏やかで面倒は積極的に避けるタイプなのだけれど、例外がただ一つ。
それは将来天王寺一族を背負う家族に刃向かった者達にはそれなりの報復を。それが後々の自分達の人生の自由を守る事に繋がると知っているから。
だから彼らは今非常に憤っている。
自分達の将来に『鉄枷』という暗雲をもたらすかも知れない存在に。
「めぐ姉さんに手を挙げるってことは、天王寺に喧嘩を売るって事なんだよ?」
そう言って冷たい笑みを浮かべたのは年下の従弟で、物騒な光を瞳に宿していた彼らをなんとか宥める為、私はその日、徹夜を余儀なくされたのだった。