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大人の常識、大人の純情  作者: 篠宮 英
しーくれっとⅠ:婚約編
5/22

Secret.5

 どうして私はこうも運が悪いのかしらね?




 今日は待ちに待った花の週末・金曜日。

 普通だったら、デートなり、夜の街に繰り出すなり、合コンなりに行くんだろうけれど、私は違う。


「萌ちゃん、どうしてあのお見合い断っちゃったの?」


 大きな瞳を涙でうるると潤ませ、私を睨みつけているのは私の従姉妹のかおる

 その芳は私と違ってお酒も煙草もブラックコーヒーも大丈夫な人で、それなりのお付き合いを経験している正統派美人。


 その従姉妹が周囲も気にせずに激する理由はただ一つ。

 私が先日断ってしまった(両親が勝手に勘違いしてしまっただけだけど)お見合いの件しかない。


 現に話の内容は全て例のお見合いの話ばかり。


 私が断ってしまったせいで、自分がお見合いする事になってしまった。そのせいで恋人と別れてしまい、いざ仕方なくお見合いしてみたらその相手はいけすかない奴だった、だのと、恨み辛みを腐るほど言われてしまった。


 こんな時はひたすら謝るしかない。

 謝るしかないんだけれど・・・。


「萌ちゃん、ちゃんと聞いてるの?お酒も全然飲んでないじゃないのよ!!私に心底悪いって思ってるんだったら、お酒飲みなさいよ」


 一族の中でも酒豪と名高い芳に付き合えるほど、私は底なしでもなければ、笊でもない。むしろ下戸なのに、芳はお酒を飲まなければ、永遠に謝っても許してくれない。


「飲めないなんて言わせないわよ。私は萌ちゃんの代わりにお見合いして、そのせいで彼氏までいなくなっちゃったんだからね?」


 今日はとことん付き合って貰うんだから!!と、管を巻く従姉妹に、私は無条件降伏するしかないと覚悟を決め、すっかりとぬるくなってしまったビールが入ってるジョッキを持ち上げた所で、あり得ない声を耳にしてしまった。


 ええーと、此処はあの人達が足を運ぶ様な店ではないはず。

 確かに他の居酒屋チェーン店よりは安くて美味しいけれど、それでもこんな汚い店(失礼だけれど、本当に汚いから。)をわざわざ選ぶほど、お金には困ってないはず。


 私の聞き間違いだったら、それはそれで良いし、その方が嬉しいけれど、その可能性はもう期待できそうにもない。


 どうしてかって?

 それはね・・・。


「おや?もしかして近野さんではないですか?」


「え?神堂さん?」


 パチパチと何度か瞬きを繰り返した美人な従姉妹は、心底驚いた声を上げ、私に目配せをした。でもその時の私はひたすら現実逃避をしていた。


 あり得ない、あり得ないったら、あり得ないんだから!!



 たらり、と額に流れる冷汗はその事実を認めたくないから。

 

「奇遇ですね、こんな処でお会いするとは・・・。おや、お友達とですか?」


「いいえ?従姉妹と来てるんです。従姉は神堂さんと同じ会社に勤めてるんですよ」


 ――お願い、やめて。


「きっと社内でもすれ違ってると思いますわ。従姉は美人で可愛いですから」


 ――もうそれ以上言わないで!!


 言い様のない、このビリビリとした空気にどうして気付かないの?

 これは間違いなくあの感情だって言うのに。


 身を焦がす様な痛い視線。


「ね?萌ちゃん?」


(ノォーーーーーーーーーっ!!)


 終わった、終わってしまった。

 私の人生終わってしまったのね・・・。


 それを悟った時、まるでその時を待っていたかのように、聞き覚えのあり過ぎる声の持ち主は、私に話しかけてきた。


「どうも初めまして。神堂 みちる と申します。」


 知っています、とは言えなかった。

 だってそんな事間違っても口にしてしまったが最後。もし言ったら、私の命はそこで終わり。


「は、初めまして。天王寺 萌 と申します。」


「あぁ、貴女があの噂の方ですか。なるほど、確かに貴女ならば納得出来ます」


 そう言って、にっこりと麗しい表情で微笑んだのは、会社では神崎と名乗る人で、その横で従姉妹に嫉妬の瞳を向けていたのは、神崎課長の恋人であろう男性――私が見た濃厚なキスシーンの相手――だった。


 だから私は思わずその事実を思い出してしまって、無意識に呻いてしまっていた。



 ――ムリッ



 と。



 そしてその呻きに近い小さな囁きは、きちんと神崎課長、その人本人にも届いていたのを私は知らない。



 そうしてこの日を境に、私と神崎課長の日常は少しづつ重なり始めて行く事となってしまったのだった。 

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