Secret.3
20代も後半に差し掛かれば、男だって女だって性別関係なく、10代の頃よりも無理が出来なくなってくる。そしてそれはこれからの人生でも言える事で・・・。
お風呂上がり、もうすぐで深夜になるであろう時間に、ようやく家に帰ってきた、我が家の大黒柱であり、現・天王寺製薬の専務取締役の父を母と出迎えれば、その出迎えられた本人は、愛しいはずの娘であるはずの私の顔を見て、気まずげにサッと視線をお逸らしになられた。
む・・・、こ、これは何か良からぬ予感がするんだけれど、私の気のせいかしら?
大抵こんな良からぬ予感や嫌な予感は十中八九あたり当たり、しかもその殆どが異性絡みときている。そしてその黒幕はお母さんのお父さん、つまり天王寺製薬の社長であもる、私のお祖父ちゃん絡み。
お祖父ちゃんの子供は全員変わり者で、長男は研究一筋(経営なんか一切興味ない)、次男は次男で普通のサラリーマン、そして長女はさっさと何処かに逃げ出し。
よって、大きな会社をいくつか経営している天王寺一族は、こぞって母の選んだ至って平凡な伴侶を罠に嵌め、一族の後継にと定めてしまった、らしい。
「お帰りなさい、光二さん。どうかなさったの?お顔の色が優れてませんけど・・・」
わおぅ~。
さすがお嬢様なだけあるわ、ママったら。
母は良くも悪くも純粋培養のお嬢様。
自分と父以外の事しか頭にないから、娘の私の事なんか思いつかないのよ、いつも。
別に捻くれはしないけど、もう少し娘にも興味とか関心を持ってほしいものだわ。
そんな事を思いながら、そろそろと仕事から疲れて帰ってきた父からヤバい話を振られる前に退散しようとしていた私に、父は聊か申し訳なさげな声で私を呼び止めた。
あぁ、今日も逃走失敗な訳ね・・・。
引き攣りそうになる頬の筋肉をかろうじて理性の力で緩め、私は黒いソファに座って、父に話を促した。
ここで感情的になってしまえば、上手く行くモノも行かなくなってしまうと、長年の経験と勘が私に訴えている。だから私は話だけは大人しく聞く癖を持ち、つけた。
両者、沈黙し、見つめ合う事たっぷり30秒。
先にその沈黙を破ったのは、やはりというべきか当然と言うべきか、痺れを切らした私だった。
「なんなの、はやく言ってよ。気持ち悪い。」
別に父が気持ち悪い訳じゃないのよ?
気分が気持ち悪いだけで。
だって、この年になっても実家に居候させて貰って、ご飯も食べさせて貰ってるのに、親に気持ち悪いとか最悪とか言えるワケないじゃない。例え思ってはいても口には出さず、相手に悟らせないのが礼儀であり、品格と言うもの。
「めぐ、お前、恋人はいたか?」
恋人・・・。
なんてタイムリーな・・・。
『恋人』と言う言葉を聞いた今、私の頭の中にはとある恋人が一組浮かんだ。それは言うまでも無く同性同士の例の恋人たち。そんな彼らを思い出してしまったせいか、知らず知らずの内に私の頬は見る見るうちに薄く薔薇色に染まり、父と母はそれを意外にも私にとって都合の良い方に解釈してくれたらしく、明らかに見合い写真と判るモノを仕舞い込んでくれた。
「そうだよな。めぐも年頃なんだから、恋人の一人や二人位いるよな。」
「あら、そうなの萌ちゃん?」
「そりゃあ、居るさ。なにしろめぐは私と君の子なんだから。」
「光二さん、」
「彩弓」
勘弁して欲しい。
この万年新婚夫婦め。
でも、そんな両親の勘違いのお陰で、私はお祖父ちゃん達が目論んだ危険な罠から脱することが出来、そしてそれが判ったのは、後日、私の代わりに犠牲となりその見合いに行った麗しくも可憐でいて、思わず抱きしめて守ってあげたくなる従妹からの涙交じりの報告だった。
その時、私は思ったわ。
早くこの悪縁を切らないと!!ってね。
男の嫉妬ほど醜いモノはそうそうないモノだと学びながら、ね?