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大人の常識、大人の純情  作者: 篠宮 英
しーくれっとⅡ:婚約者編
21/22

Secret.21

 山川産業は主に不動産関係に強い会社で、最近は新事業として女性専用のホテルやラウンジの経営も初めているようで、そこそこ企業としては人気のある方だとワイドショーで何度か特集されていた所を見たことがあった。

 でも所詮は成り上がりの会社だと、その時の私はその会社に見向きもしなければ、相手にする余裕をまだ持ち合わせていなかったの。


 今なら、何が何でもその場で潰しておくのだったと、心底後悔してる最中よ。


 まだ朝陽も昇りきらない早朝。

 私は眼鏡をかけ、いつものように新聞に目を通し、いつものように隅から隅まで読み、次の新聞を手に取った瞬間に、目に飛び込んできた一面を飾っていた言葉に我が目を疑ってしまったわ。


 ――スクープ!!山川産業のご令嬢・美穂さんと神堂家のご長男・みちるさん、熱烈婚約!!


 と、何ともフザケタ文字がでかでかと飾られ、御丁寧にご令嬢が婚約指輪らしきモノを見せびらかせるようにして微笑んでいる写真付きと言う、とても素晴らしい丁寧さ。


 よくもそんな真似が出来たわね。

 これが私の身に関係のなかった事だったのなら、そう言って祝福していたのかもしれない。

 けれどお生憎様。

 私は売られた喧嘩は買って、倍以上にして還すのを礼儀にしているの。だから、私はこのフザケタ喧嘩を買うわ。


 ――いいえ、違うわね。有り難く買わせていただくわ、と言う方が正しいかしらね?


 いつの間にか、カーテンの隙間から差し込んできていた朝日は、私の広い寝室に朝の訪れを知らせ、部屋の主の起床をその清らかな光で以て律義に促し、完全な覚醒を促してくれる。


 いつもならばそれで気持ちのいい朝を迎えられるのだけれど、今朝だけは違った。


 忘れないで?怒りは時に人を愚かにするの。

 そのせいで私は、その直後に大きな過ちを犯してしまっていたのよ。



 ピンクの布地に黒いレースで縁取られたフロントタイプのブラジャーに、同じデザインの両側を紐で結ぶタイプのショーツの上に、透け感のあるネグリジェを着ていた私は、自分がそんな恰好をしていた事も忘れ、売られた喧嘩にどう反撃をするか家族に相談する為にリビングへ向かったの。


 通いの家政婦さんは口を大きく開けて固まったまま、家に居候を決め込んでいた年下の従兄弟は何度も瞬きして、私の行き先を見ていたのだけど、行き先を察知するなり、「コレは夢だ」とか、なんとか意味不明な事を呟いて部屋に逆戻りするだけで、私に自分が今どんな格好をしているのか確かめろと、注意してくれなかったの。


 酷いと思わない?

 そのせいで私は神崎課長から怒られちゃったんだから!!


「ちょっとパパ!!コレ見てよ!!」


 髪も梳かさないまま、化粧もしないまま自分の部屋からリビングに直行した私は、私の中に生まれた憤りをぶちまけるかのように父に突撃した所で、いつもよりリビングにいる人が多い事に気付き、そこで初めて私は自分の失敗を悟ったの。


 家族は別に私のこんな寝起きの姿は見慣れているとはいえ、婚約したとはいえ、その、まだ、深い関係に至っていない神崎課長こと、私の婚約者サマは見たことが無いワケでして・・・。


 実は神崎課長、結局住んでいたマンションは引き払うのを止め、天王寺ウチに婿入りをするのだからと、私の家にさっさと住所を移し変えていたのよ。(しかも私だけ事後承諾よ?ちょっとおかしくない?)


 その同居一日目にして今回の失敗。


「萌さん?朝から随分刺激的な恰好で誘ってくれますね?」


 にっこり。


 その極上スマイルは、会社に勤めている女子社員ならば、垂涎ものの一品何だろうけど、私には悪魔の微笑みに見えるのよ。ダカラ全然ウレシクナイワ。むしろ、遠慮したいわ。


 父はそんな課長の笑顔を見るなり、私が手に握りしめていた新聞を奪って顔を隠し、ママはママで不自然な程にキッチンがある方へ逃げていくだけ。


 なんで助けてくれないのよぉ~!!


 私のこの心の叫びを察してくれたのか、チラリとほんの一瞬だけ目があった父は、小さな声で頭を下げて。


「スマン。父さんはみちる君に嫌われたくないんだ」


 と謝り、ママのいるキッチンの方へと逃げてしまって、その場に残された私はと言えば。


「――覚悟は良いな、萌」


 恐ろしく低い声で、朝食の準備が出来るまで叱られ続けてしまったの。


 いい?

 良く憶えておいて?

 人は感情に突き動かさられると、大きな過ちを犯す生き物なの。


 だから、いつも心穏やかにしておかなければダメなのよ。


「たいした余裕だな?萌」


 イイエ、トンデモアリマセン。

 アヤマルノデユルシテクダサイ。


 コレは私の平穏な生活は、まだほど遠いと実感した日の事。

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