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大人の常識、大人の純情  作者: 篠宮 英
しーくれっとⅠ:婚約編
18/22

Secret.18

 初夏よ!!

 休日よ!!

 待ちに待った黄金休日週間ゴールデン・ウィークよ!!


 ...な~んて素直に喜んでいられたのは、もう10年もちょっと前までの事。


 私が正式に天王寺家を継ぐ後継者と定められたのは、私が高等教育の最終学年になる前の寒い冬の事で、その翌年から私は基本的に大型連休はパパと一緒に日本全国、世界各国に研修と言う名の出張に行くように義務付けられてきたから、今年もその連休を使って何処かに行くものだと思い込んでいたんだのだけど。


 そうよね、私ってば課長と婚約しちゃってたんだったわ。

 うっかりすっかり綺麗についさっきまで忘れてたわ。

 それはもうキレイサッパリに。


 神崎課長のご実家はどうやら天王寺と同じくらい古く、その分、仕来りや決まりがあるみたいで、ウチの人間と婚約したのに挨拶もこないのかと仲人さんのご自宅と課長の自宅に苦情が行ったみたいで、私は朝も早くから(それこそ夜が明ける前って言うか、就寝してから2時間後だったんだけど。)叩き起こされ、眠くて眠くて仕方ないってのに、ママに無理矢理お風呂に入れられ、パパにはお着物を着せさせられ、内臓が飛び出ちゃうんじゃないかと思うほど帯を締められて、ようやく解放されたかと思いきや、今度はママが無理を言って朝早くから呼び出した美容師さんの外商部の人達に髪を結わえられるは、化粧をされるは、朝から大迷惑!!な大騒動に。


 いるのよねぇ~、たまにそんな事を言いだして、結婚相手を(ウチの場合は婿を貰うんだけど)を呼び出しては、チクチクと嫌味を言って、それで何だかんだイチャモンを付けた上で、見返りを求める身内達が。


 でも今回の場合は一味違ってたのよ、これが。


 サラサラと流れる庭にある人工の川の音に耳を傾けながら切りだされた言葉に、普段は自制しているはずの鉄壁の表情筋が、反乱を起こしちゃったのよ。


 だから。


「へ・・・?」


 って、思わず気の抜けた反応を返しちゃったの。

 だって、今更なんですもの。

 理由を聞けば、多分誰だって本当に今さらかよ!!と思うコト必至よ?


 私だって思ったし、実際ふざけるなと言ってやったわ。


「それは、今更な気が致しますわ。今更みちるさんと私の話をなかった事にするだなんて...。育ったお家の浅はかさが知れましてよ?」


 厭味ったらしい言い方だけど、気位が妙に高くて、いけすか無い旧家の人間にとっては怒り心頭並みの批難の言葉をお見舞いしてやったわよ。


 だって、本当に今更なんですもの!!

 神堂家の家名に泥を塗るだけな恥さらしな長男を婿に貰ってくれと言っておきながら、私と課長が偶然デートしてる所を資産家のご令嬢が見たと言うことだけで、まるで課長を感情のないモノか何かのように返せですって!?


 どの口が、どの顔を下げて私に言うのよ。


 しかもそのご令嬢はなんと、何の因果関係があってか、あの日(課長とその恋人が映画館デートを楽しんだ日の事よ。)私が見たご令嬢で、しかもそのご令嬢は、あのアホッ子小娘・小宮かおりの知人だって言うじゃない。

 

 その理不尽な神堂家の言い分に、私は内心暴言祭りだった。私でもこんなに怒り狂っているのだから、課長はどんなに家族の言い分に憤っているかと、一緒に神堂家に朝早くから来て、部屋に通されて以来、一言も言葉を発していない彼を横目でチラリと見てみれば・・・。



 え・・・?課長?どうしちゃったの?



 課長は全く憤っても無ければ、怒り狂ってもなかったの。


 ただただ、何も映さない、感情も窺えさせない瞳で、両親や親族、そしてご令嬢を見つめていて。


 その瞳を見た時、私の心の中と、頭の中で、何かが弾け、ガラスの破片が砕け散る様な音が響いたのが聞こえてきた様な気がしたの。



 あとになって思い返してみれば、それは私の中にあった、課長へ対する執着心を抑制する何かだったのだろうけれど、その時の私には理解できていなかったわ。


 ただ、このままにしておいたら獲られちゃうって思ってたのは確かよ。

 だからきっとそのせいね。

 私があんな言動を取ったのは。(流石に遠い目もしちゃうわよ。)



「課長、神崎課長!!」


 ――こっち見なさいよ。


「課長ったら、」


 ――私を見なさいよ。


「聞こえないフリしてんじゃないわよ!!バカみちる!!」


 私を選ばないなんて言い出したら赦さない!!

 もしそんな事一言でも言いやがったら、足枷手枷鎖付きで、部屋に監禁してやるんだから!!


 ―――ガチッッ・・・。



 幾ら呼んでも反応を返さない人の態度に、些かむしゃくしゃしていた私は、課長の顔を無理矢理自分の方へと向かせ、両手でがっしりと頬を抑えて、自分から初めて唇を合わせてから、抱きついてみたの。泣き声付きで。


「みちるはアタシだけのみちるでしょ?こっちに還ってきてアタシを見なさいよ」


「・・・めぐ、み?」


 私の突然の奇行に眉を顰めていた神堂家の関係者は、課長の瞳に感情が戻ってきているのを認めるや否や、


「この小娘がっ、余計な事を!!」


「貴様、自分が何をしたのか解ってるのか!!コレは不出来な人形でも、顔だけは役に立つのだぞ!!せっかくの金蔓になんて事を!!」


 金蔓、人形、不出来・・・?

 ソレって、ダレのコトカシラ?

 マサカ、カレのコトじゃナイワヨネ?


 課長の肩越しに見た、彼の親族の顔は醜く歪み、欲に染まっていて、とても誇りと格式ある名家の尊厳は見えなかった。


 そこにいたのは、私の目に映ったのは、ただの俗物に過ぎなかった。


 きっと、このままこの家に縛り付けられでもしたら、彼は壊れてしまう。

 感情を失ってしまうかもしれない。

 その証拠に、彼は今も少しおかしい。



 ――こんな彼を放っておけない、いいえ、この人はアタシのモノよ!!



 もう一人の私が何処かで叫んだ時には、私は課長を立たせて、手を手にとって神堂家から逃げ出していた。その後ろでは醜く喚いている人間がいたけど、私と課長は構わず走り続け。


 漸く走るのを止めたのは、高級住宅街を抜け、駅前繁華街に通じる大通りに出てからの事だったの。その頃には、私の着物は着崩れは起こしているし、化粧は剥がれてドロドロ。それに走ったせいで汗をかいて肌がベトベトしてて、気持ちが悪いのなんのっ。


「さいあく。白足袋が汚れちゃったじゃないの。高かったのに。」


 オマケに草履は置いてきちゃうし・・・、と、嘆いていた私とは違い、私のすぐ横で膝に両手をつき、肩を上下に動かし、ゼェゼェと息苦しそうに呼吸を整えていた課長は。


 最初こそクスクスと遠慮して声を若干控え笑っていたのに、最後にはお腹を抱えて大笑い!!

 

 一体何がそんなに面白いってのよ!!こっちは散々なんですけど!?


 睨んでも笑いやまない婚約者は、笑いに笑った後、清々したかのように晴れやかでいて、爽やかに微笑んで見せてくれた。


 そして・・・。



今度こそ決めたわ。俺はあの家と縁を切る。そして萌、俺はお前を支えてやる。だから」



 ――俺と結婚してくれ。俺を選んでくれ。



 も、もしもし?

 アナタ、ちょっと言葉遣いに違和感がありましてよ?


 人格が急変してしまった婚約者を前に、私は祈っていた。



 ――神様、あんまりです!!私にはあんなヒト、手には負えません!!元の彼に戻して下さい!!



 売られて行く牛さながら、私は複雑な心境を味わったのだった。

 

 


 


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