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大人の常識、大人の純情  作者: 篠宮 英
しーくれっとⅠ:婚約編
13/22

Secret.13

「もう良い加減に笑うの止めて下さいよっ、神崎課長!!」


 誰かこの人引き取りに来て下さい。私の手には負えませんので。


 まだ笑いの発作が納まる気配を見せない神崎課長をとりあえず放置することにして、出勤する準備をすべくバスルームへと向かった。


 今日は週末でもなく普通の日なので、当然仕事が山積している。それに加え、今日は専務の奥様の誕生日でもあるので、何が何でも専務のスケジュールを18時までに終わらせ、明日は完全休日にして差し上げたい。


 何と言っても専務は社内一の愛妻家。

 出逢いはお見合いだと仰られていたけど、専務は自分は誰よりも運が良いとも自慢げ私に話して下さった。


 なのに、なのにっ!!


「今年こそ英子奥様に逢わせて貰うんだから!!」


 専務は何故か私に専務が愛する英子奥様に逢わせてくれない。その件で私が専務を問い詰めた事が過去に一度あった。で、その時の答えが。


「な~にが、妻に関係が誤解されてるから、よ。」


 そんなのは専務の嘘であり、戯言に決まってる。

 

 確かに私が補佐している専務は、元祖四天王と崇められていた人で、歳を重ねてなお美しいその姿勢と容姿は好ましいが、それはそれ、私なんて専務の相手は務まらない。

 結婚して30年近くというのに、未だに週に一、二度の夫婦の営みを欠かさないらしいのだから、熱愛夫婦と言っても良いと思うのに。


 と、私がどうでも良い闘争心と情熱をパウダールームで燃やしていた所に。


「萌さん、大丈夫ですか?」


「あ、はい、大丈夫です…って、神崎課長!?」


 気配も扉を開く音も立てずに姿を現したヒト。



 何故にあなた様がコチラにいらっしゃるんですかね?

 しかも勝手に私の顔に化粧をしようとしないで下さいませんかね?



 怪訝な表情を浮かべ、鏡台をを背にしている私と、私の化粧道具を手に取り、迫ってくる外見だけイイ男(しかも同性の恋人あり!!)。


「動かないで下さいね?動いたらキスしますよ。」


「ご冗談を。」


「では、試してみますか?」


 眇められた神崎課長の瞳が、視線が熱い。

 視線で火傷させられる能力があったら、私、間違いなく課長に大火傷負わされていたような気がする。

 というか、神崎課長、あなた確かお付き合いされてる方がいらっしゃるのでは?それに私の性別は女ですよ?と、悶々としていた私は、課長のその言葉に内心ヒヤリとした。


「全部聞こえてますよ?独り言ならもう少し当人に聞こえないように振る舞うのが普通では?」


「な、ならもう少し離れて下さいませんでしょうかね?流石に会社に遅刻はしたくないんですよ。これでも私、専務に頼られてますから。」


 う、嘘じゃないわよ?それ以外にも、見た目に反して甲斐甲斐しくて、妻の次に女性として好ましいと言われたことなんてないんだから。


 滅多に褒められることがない私を何気なく褒めてくれる優しい上司。その上司を思いだし、ほんの少しの間ぼんやりとしていた私は、彼の表情や纏う空気が豹変した事に気付けてなかった。


「そういえば、あなたは初めから私を避けてましたね?


 ――あなた達は、私達のような同性愛者が厭わしくて仕方がないようですね。ただ愛した相手が異性ではなく、同性だったと言うだけで、私達を化け物を見たかのような瞳で存在すら忌避する。」


 グロスを塗るために私の顎を押さえていた課長の指先に、クッと力が込められる。

 その痛みから逃れる為に、顔を横に振ろうとすれば。


「そんなに顔を歪めるほど私のような人間は嫌いですか?なら仕方がありませんね。」


 凄まじい程の怒気の籠った彼の瞳に、どうやら私は間違った選択肢を選んでしまったらしいと悟った。

 一体、私はどこで間違えて、どこで神崎課長の地雷を踏んでしまったのだろう?誰か、教えて!!と救いを願う前にその柔らかで、でも冷たい感触が私の唇が触れてきた。


 そのあまりの突然のことで驚き反応が出来なくて、軽く開いていた口の中に、それは意思を持って何かを求め侵入してきた。そしてそれは縦横無尽に私の口腔で暴れ回り。


 結果から言えば、私は濃厚なその行為に酸欠状態となり、神崎課長の肩や背中を何度か叩くことで解放され、からがら絶命する前に難を逃れた。


「し、死ぬかと思った…。」


「大袈裟ですね、たかだかキス一つだけで。」


 その思いやりと謝罪が一切籠っていない言葉に私の怒りは爆音を奏で、激しく爆発した。もう見栄も恥も外聞もない。私の大切な夢が汚されたのだから。



 たかだかですって?私の、ワタシのキスが、ファーストキスがっ!!



 怒りと恥辱で赤く染まる頬に、潤む瞳。それと同じくして、私は課長の言い分に、頭の中で何かがプチリと切れる音を聞き、気づいた時には…。


「神崎課長のバカっ!!良くもアタシの夢をっ!!」


 こうなったら責任取って貰うんだから首洗って待ってなさい!!と、指を突き付け叫び終えた私に待ち受けていたのは、会社への遅刻と、神堂家、――つまり神崎課長のご実家からの私と神崎課長の婚約と言う先制攻撃だった。



 ああ、神様仏様閻魔王様、あの時の言葉は言葉の綾です、勢いです、決して本意ではありません。

 ですのでどうか課長だけは許して下さい。


 

 私は戸惑う両親と嬉しげに笑うお祖父ちゃんを前にして膝から崩れ落ちた。


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