Secret.11
――後悔、先に立たず。
この言葉をこの世に残してくれた先人の方々は、どんな思いをして残してくれたんだろうか。そんな何処か無理矢理な事を考えつつ、只今絶賛現実逃避をしているのは、誰であろう、この私。
熱くもないのに、ダラダラと汗を流しているのは極度の緊張感と後ろめたさから。寒くもないのに体がガクガクブルブルと震えているのは、怖いから。
こんなことなら、首を突っ込んでまであの女豹から助けなきゃよかったわ。
神崎課長の窮地を助けたのは、何も彼を脅す為ではなかった。なのに私は今蛇に睨まれた蛙状態に陥っている。 なんで?どうして?と思っても、問いかけても答えをくれる人はいない。
それも当然だろう。何しろ私と神崎課長が今いるのは、国内でも有名なとある企業が経営する系列ホテルの最上階にある、夜景の素敵なラウンジバー。
一緒にいるヒトと、状況が状況でなかったのなら、私は間違いなくデートだと浮かれていただろうに。幾らお酒が苦手でもお酒を飲んで雰囲気に酔っていたかもしれない。
だというのに現実は・・・。
「さて、何が目的なのか教えて頂きましょうか」
幸いな事に時間はたっぷりある事ですし、と笑う彼は紛れもなく悪の使者で。そんな彼を宥め、言葉巧みに言い包められるほど私は経験値を積んではいない。
これは一体何の罰ゲームだろうか。代われるものなら代わって欲しいと願うのは決して悪い事じゃないと思う。
「あぁ、そうそう。間違っても逃げようなんてこと考えないで下さいね?全部吐いて貰うまで今日はとことん付き合って貰いますからね」
「も、黙秘「認めません、却下です。」」
――ガクッ。
思わず項垂れてしまったのは仕方のないことだと思う。だって、目的があって助けたワケではないんだし。ただ、あんな子に窮地に立たされる神崎課長を見たくなかっただけだし。強いて言うのならばそれが助けた理由になるのかもしれない。
「あそこで助けたと言う事は最初から全部聞いていたんですよね?萌さん?」
「う、あ、うぅ・・・」
「ついでに言えば、貴女は最初から私達の関係を見知っていたようですし?」
さぁ、白状してしまいなさい。そうすれば楽になれますよ、と、まるで警察の誘導尋問の様な仕打ちを受けていた私は、自分が名前で呼ばれている事に気付かなかった。
それに、
「さぁ、さぁ。これでも飲んで。」
さり気無く持たされたグラス。その中身さえ確認させて貰えない内に飲ませられ、遂には手まで握られた私は、体内に取り込まれたアルコールのせいで視界がぐにゃぐにゃになり、身体全身が熱くなってきた。
「ふふふ~。たのしいれすねぇ~、課長ぉ~。」
ここで弁明しておくわ。
私はこの時既に正気ではなかったの。
だから翌日になって、全く憶えの無い状況になっていたとしても、誰も私を責められないと思うの。
「おかわりぃ~、お代わりくだひゃい。ふふふ」
コロコロ、ケラケラ笑い声をあげ笑っている私を見て、どうやら私が酔っている事を察した神崎課長は、深ぁーい溜息を吐いた。そして、その後、彼は正体をなくして笑い転げている私を抱き上げ、ラウンジを後にした。
もしこの時、私がお酒さえ飲んでいなければ、私はあんなに戸惑わなかったかもしれない。
まぁ、全ては翌朝、夜が明けてから判るコト。
この時の私は、何が何だか全然わかっていなかったのだ。