後継者
その曲の演奏が止まった時、世界は滅亡する。
昔母親からそんな話を聞かされたことがある。
そんな話信じていなかった。
自分が曲の演奏者となるまでは・・・
僕はイギリス・ウェスト・ミッドランズ州のバーミンガムという都市に住む
ごく普通の中学生だ。
勉強、運動ともに優等生だと自負している。
ただもっと人より優れているのは、バイオリンの演奏がとても得意だ。
コンクールだって優勝したこともある。
そんな音楽的才能をもった僕は将来そういう職に就こうと今から決めている。
ある日の学校からの帰り道、家から200mほど離れたバス停に一人の老婆が立っていた。
とくに珍しいことでもないのでその横を通り過ぎようとしたそのとき
老婆は僕の持っていた学生カバンを掴んで引き止めた。
「あんたがあのバイオリニストの少年だね?」
僕は一瞬面食らったがすぐに気持ちを整えて
「そうだけど何か用?おばあさん」
と聞き返した。
「あたしも若い頃は凄腕のバイオリニストでね、
それも人と違って特別な演奏をしていたんだよ」
僕は人の自慢話を聞くのが嫌いだ。
この人はおばあさんだし、年寄りの長話を聞いている時間はないので
適当に言ってさっさと帰ろうと思った。
「あんたをテレビでみてね、この子だって感じたんだよ」
老婆は毛皮のカバンから楽器のケースのようなものを取り出した。
「この怜海のバイオリンを継ぐべきものはね」
それを見て僕は驚いた。
なぜならその容姿が母の話に出てきたものとそっくりだったからだ。
銀と青がまざった冷たい色に透明の弦、氷のように硬く張った弓全てが
母の話通りだった。
「おばあさんが演奏してた曲って・・・」
老婆はこくりと頷いた。
「終焉の詩」
やはりこれも聞いたとおり。
「でもそれが本当なら演奏者のあなたがなぜここに?
もう曲は終わってるんだろ?」
「あんた伝説を最後まで読んだかい?」
老婆はふーと声を漏らしてバス停の椅子に腰掛けた。
「後継者が現れた場合その者に楽器を渡さなければならぬ。
その間誰かが演奏をしていればなんとか保っていられるんだよ」
後継者、その言葉に僕は声も出なかった。