婚約辞退の、正しい方法 舞台裏24時
手慰み、第数弾は、笑い納めになればと、短編初の外伝でございます。
王子が問題行動を起こす前日。
被害者の家長の公爵が、謁見を申し出てきたので、国王陛下は王妃と共にそれを受けた。
玉座に座った王の前に跪いたのは、謁見相手の公爵と、その旧知である宰相だ。
確か前の人生で、公爵家が揃って留守にして出かけていた社交場が、同じ公爵位の宰相の屋敷だったから、その関係だろう。
あれは、苦い思い出を生んだ騒動だった。
ご令嬢を含む公爵家の者が、知己の宰相の屋敷で社交にいそしんでいる間に、国王の息子の一人が、公爵家に忍び込もうとした。
未遂だったが、その後の王子の言葉が、噂として上ることを恐れたのと、令嬢と共に領地に籠ると言い始めた公爵を引き留めるために、やや強引に令嬢と王子の仮婚約を進めた。
勿論、公爵側からは、かなり無茶な条件を出されてしまったが、それでもいいと思っていた。
中立の公爵のお陰で、反王派の政治関与も穏便な形になっていたから、当然の話だった。
なのに、忘れていたころに、王子はやらかした。
しかも、国王夫妻、公爵夫妻がいないときに、公爵令嬢を断罪したうえに、死なせてしまったのだ。
これには、既に年齢を理由に引退し、宰相を遠い血縁に引き渡した後の公爵も、後味が悪かった事だろう。
あの後、国は大幅に割れた。
令嬢を失った公爵夫婦は、すぐに領地に引っ込み、後を継いだ子息は完全に、反王派となってしまったし、令嬢を慕っていた次世代の令息令嬢も、完全に王家から心を離していた。
針の筵状態で、王妃を残して世を去った国王は、時間が巻き戻っていると知った時、同じように記憶を持って巻き戻った両公爵と、何度か話し合いの場を設けたのだが、根本的なことは変わらず、ついに、あの日が近づいてしまったのだった。
「まず、お忙しい中、時間を取っていただき、感謝いたします」
本当に、感謝しているのか分からない口調で、公爵が頭を下げる。
その声音が、切羽詰まっているのは当然だが、それが向かう方向がこちらなのが大いに気になるし、心配だった。
このまま時が進めば、また第一王子がやらかす。
事前に分かっている事だから、先に条件を出しておこうと言う魂胆かもしれない。
どう宥めるか頭の中で考える国王に、宰相が静かに言う。
「本日、ご存じのように、我が家で社交が行われます。公爵家も予定通り、参加する運びとなりました」
「う、うむ」
「王子殿下は予定通り、監視を怠らずに、王城に待機していただければと思いますが、それは、不可能でございましょう」
言い切られても、反論できない。
国王は詰まりながらも、王妃の手前大仰に頷いた。
「だが、いつもの倍以上の警備をつけて、監視することを約束しようではないか」
はっきりと言い切った国王に、公爵はあっさりと首を振った。
「いえ。その必要はございません。我が家も、明日の夜だけは、警備を薄く致します故」
「……何?」
留守の屋敷でも、留守だからこそ警備が必要だ。
それを薄くするという公爵に、国王は戸惑った。
王妃を見ても、目を見張っているから、これは由々しき事態であると分かる。
そんな王妃を見て、宰相が微笑み、告げた。
「公爵とわが家の者で、秘かに用意していたものがございます。これが、王子殿下の目を覚まさせる秘策になるのではと」
目の前が開けた気がした。
「そ、そんな秘策が? 一体、どんな……」
「それは陛下、あなたでございます」
公爵が初めて表情を変えて、微笑んだ。
期待されている、というのは分かったが、話が見えない国王に、公爵は淡々と説明した。
「シナリオは、こうです。わが公爵家の邸宅に、王子殿下が忍び込み、娘の部屋にたどり着きます。扉を開けて中に入り、娘らしき姿を見た殿下が駆け寄り、光を当てるとそこで……」
宰相が、傍に控えていた従者に合図をし、何かを広げさせた。
二人で広げて見せたそれは、愛らしい女物の寝間着だった。
「国王陛下がこれを着て、王子殿下を睨んでいるのです」
「……っ?」
目を見開いて口元を扇子で隠す王妃の横で、国王は目を剥いて固まっていた。
「驚く殿下の前で、国王は申します。『見たな』と。恨みがましい目で、しっかりと怒ってください。それで、殿下も目が覚めるでしょう」
「殿下も流石に、己の父上の醜態を、世間に言い広めはしないでしょうし、名案でございましょう?」
宰相も笑顔で言い切り、国王に同意を求める。
改めて見ると、その可愛らしい寝間着は、国王と同じくらいの体格の、公爵の体で採寸しているのか、随分大きいサイズだ。
色々と言いたいことがあるのに、言いくるめられそうな予感がして反論できない国王は、話がそこで収まる気配に、内心悲鳴を上げていた。
が、その流れを変えてくれた者がいる。
扇子で口元を隠しながら、必死で震えを抑えていた王妃だ。
「お待ちなさい、二人とも。あなた方は、一つだけ、思い違いをしております」
怒りなのか羞恥なのか、震えそうになる声を絞り出す最愛の王妃は、必死に続けた。
「確かに第一王子は、外見はわたくしに似ていて、内側は陛下に似て少々過剰な執着を見せる子ですが、一つだけ、わたくしと似ているところがあります」
「ほう、それは?」
冷静な宰相の相槌に答え、王妃は勢い良く言い切った。
「それはっ。笑いのツボ、ですっっ」
言った途端、こらえきれなくなったのか、涙を浮かべて笑い始めた。
呆然とする国王の横で、王妃は言う。
「公爵家のご令嬢の部屋で、スキンヘッドの陛下が、その衣装で待ち構えるさまを想像するだけでも、わたくしっ、後の業務が滞るかもしれないほどにっ、苦しいのですっ。こんな様を、実際に見た王子がっ、大爆笑してっ、公爵家中にっ、陛下の醜態をっ、広めかねませんっっ」
「では、用意している鬘を、被ってもらいましょう」
「やっ、やめてっっ」
真顔の公爵が付け加えた情報に、堪え切れなくなった王妃は、悲鳴を上げたのだった。
いい手だと、思ったんだがなあと、宰相は言い公爵も頷いた。
一人屋敷に残った公爵が、計画を見直して実行し、成功して社交場に合流してきたところだ。
「反省を促す意味でも、陛下にはあの計画を実行してほしかったんだが……」
謁見の場での王妃の暴露で、国王陛下は虫の息になっていた。
心境の問題なので、本当に虫の息になったわけではないから、放置してその場を辞したのだが、それからがまた、大変だった。
公爵とほぼ同時期に、王子の処遇を伝えられた宰相は、前の人生での騒動を未然に防げたと、安堵する。
「陛下の代わりは、どうしたんだ? あの短時間で、探せたのか?」
今人気のワインの入ったグラスを掲げながら宰相が問うと、公爵は同じ銘柄のワインを口に含みながら、しばし黙った。
「?」
「……恐怖、だったと思う事にする」
意味不明の言葉だが深い気がして、宰相はそれ以上、何も聞かないことにしたのだった。
ちなみに、国王陛下の姿を想像すると、何故か有名どころではなく、知る人ぞ知る漫画の、すぐに退場するスキンヘッドの吸血鬼が、思い浮かんでしまいました。
話の経緯
何だかポイント数がえげつないことになったなと、話を読み返した兎→話が増えているのに気づく→一国の王に、何をやらかそうとしてんだと、ドン引き
P.S 男性でも女性でも、剃髪してる姿は、かっこいいなと思っております。




