タスケテ、AIの考えがイミフです
「私に任せてもらえれば、そのような冗長な行為は必要ないんだがな」
カリアは親指大の綿棒を真顔で舐りながら、歯ブラシで歯を磨くアム少年に言う。
「人間が増えた時のことを考えて言うけど、ああいうのは情操教育上良くないんだよ」
学校にあるような横長のシンクの前にアムと、寝乱れた亜麻色の長い髪をかき分けながらココが並んで歯を磨く姿を目にしながら彼女は答える。
「記録しておこう。それもこれも、増えてからだな。それと、虫歯の一つでも出来たら私のやり方に戻させてもらう」
アム少年が先ほどに増して熱心に歯を磨く。
そこはアム少年が提案した新しいベッドルームだった。部屋の大きさは以前の倍ほどだが、シングルベッドが並んで三つある。ベッドの位置はココを中心にして左がカリアで右がアムのそれだった。
三歳の子を一人で寝起きさせるのは問題だとアムが言ってのことだった。
カリアが二つ返事で了承してその黒髪のショートボブを揺らして部屋を見回すと、前の部屋の壁からベッドからが床へ消えていった。彼女が口にかかった髪を息でどけた時には、今の形に部屋が床から生えて来たのだった。
カリアがその並んだベッドを目にしながら言った。
「育成槽での教育期間があるから、9HSSR-0029380239203984002789037423874は厳密には三歳では無いんだがな」
アム少年が口に出来た泡をシンクに吐き出した。横目でずっとアムを見ていたココが真似をしてから歯ブラシを口にくわえたまま胸元に両手でハートを作って言う。
「ひたひみをほめて、ホホひゃんってひょんでね!」
一晩して少し余裕が出たようだった。
「ココちゃん、口にものを入れたまま喋らないよ? まあ、それでも小さい子を一人にしておくのは良くないよ。一人にするなら小学校高学年くらいかな~」
アム少年は、自分が十歳だということを念頭に置いて話していないようだった。
カリアの目の中で赤い光点が明滅してその事実を記録した。
本日カリアが立てたアム少年の行動予定は、本人の希望に基づいて、地下トンネルと並行して施設されている有線通信網修復の見学だった。
地下に降りるとそこには駅があり、ホームで三人は車両の到着を待っていた。都市をつなぐ鉄道施設であったが、現在では休眠状態にあり、この大陸の端にある車庫から車両を呼び出しているところであった。
ココはアム少年の少し後ろに立って彼の袖をつかんでいた。カリアは目の奥の光を明滅させながらアム少年を上から下まで嘗め回すように見ている。もちろん真顔だった。
「光学スキャンでは外から分かるものも限られているので、出来れば時折でも良いので経口プロービングをさせて欲しいんだがな」
アム少年が警戒して半歩引いた。
「え、やだよ、なんか良くないことしてる感じだし、恥ずかしいじゃん」
「では連中が使う手だが、下からのプロービングでも良いぞ?」
「下から?」
「心配しなくて良い。尿道口ではなくて肛門だ」
「そんな心配してないよ! ってか嫌だよ!」
「気持ちいいという感想の記録も沢山残ってるが」
「そんなんで説得されないから!」
カリアが学術記事によって指摘された事実を読み上げているかのように自信ありげに続けた。
「この地上がまだホモサピエンス・サピエンスの恩恵を受けていたころの診断施設では行われていた、危険性が低いことが証明されている伝統ある手法でもある」
「騙されないよ! カリアは内視鏡じゃなくて自分の舌を使うつもりでしょう!」
カリアは表情を変えないで一瞬黙る。次に口を開くまで少しの間があった。
「存外手ごわいじゃないか、我が君よ」
「言葉の詰将棋ヤメテ! 相手が内容理解しないでの返事は言質でも約束でもないからね!」
カリアの目が彼女が何も言わないまま赤く明滅すると、地下の駅内に気流が発生して車両がホームに滑り込んで来た。
段々気心が知れて来たからだろうか、カリアが人間らしい振る舞いを放棄しているようにもアム少年には思えた。
次に車両が停車したのは駅ではなかった。
カリアが車両から伸びたステップへ一歩踏み出すと、辺りの地下道内の照明が点灯する。
「この先に制御室がある。都市と制御室の両端から故障個所を特定する。これを繰り返して行って全域を修理するという流れだ」
トンネルの壁の一部に見える所にカリアが立つと、何もなかった所に長方形を象る隙間が現れて床へと開くドアのように開いて消えて行く。
中に立ち入るとそこには壁伝いにコンソールや埋め込まれたモニターが並んでいた。
「うわ!」
アム少年が驚いた視線の先で、取ってつけたようだと思っていた掃除用具入れのロッカーめいた物のドアが開くと、そこから棒人間のようなロボットが歩き出て来た。
体はすべてパイプのようなもので構成されていて、最小限という言葉が相応しかった。頭もひどくシンプルで、セキュリティーカメラにしか見えない。
「いぇーい!」
後ろにいたココが突然跳ねるように前に出るとそのロボットとハイタッチをした。
「ココちゃん、知り合い?」
ココがそのロボットとの間に左手でハートの半分を作ると、ロボットが不格好ながらCの字型のマニピュレーターを開いて残り半分のハートを形作った。
「お助け君だよ。どこにでもいるよ」
カリアの瞳が赤く明滅すると、ロボットのカメラレンズ付近でも光点が明滅した。
「彼は都市AIの支援ロボットだ。都市内にも同じものがいて、9HSSR-0029380239203984002789037423874の育成を担当していた」
「親しみを込めて、ココちゃんて呼んでね!」
「都市に同じものがいて、もココちゃんの育成を担当していた」
アム少年は少しおかしく思って言った。
「カリアもココちゃんの言う事聞くことあるんだ」
カリアはにべもなく言った。
「段々言わないと繰り返し強要して話が進まないパターンになってしまうからな」
アム少年は少し心配になって言う。
「カリアはココちゃんにもっと気を使った方が良いと思うんだけど」
カリアがこともなげに言う。
「気を使っていないわけではない。支援ロボットも私、AI制御だ。ココは私が育てたと言っても良い」
「その割にはカリアに懐いてないと思うんだよね。あと小さい子には人のぬくもりとか必要だと思うんだよ」
カリアの目の光点が明滅する。
「検討したい所だが、憲法にてガラテアは人造人間、人工物として定義されている。改憲には二百人以上のホモサピエンス・サピエンスが議会にて決議をしなければならない」
「二百人もいないじゃん!」
「あと百九十九人探索する動機にしてくれたまえ」
こともなげに言うカリアの後ろで、ココとロボットがお互いをミラーリングするようにハートのポーズをしながら片脚でゆっくりと回っていた。
***
「じゃあ、お休み」
アム少年がベッドの隣にあるサイドテーブルのスイッチを押すと照明が落ちて室内がごくわずかなナイトライトを残して暗くなった。
あおむけになり、目を閉じると、今日いつになくはしゃいでいたココの寝息がそう間もなく聞こえ始めた。
そう思って今日の出来事をアム少年が少し反芻し始めた時、彼はちょっとした違和感を覚えた。第六感とでもいうのだろうか。彼はその違和感を探るべく一度目を開いてベッドで左側を向く。
そこには横になって寝息を立てるココの向こうに、ベッドの上に座ったまま彼を見て無言のままその目を赤く点灯させるカリアがいた。
「ヒッ、」
その不気味な様子に少し声が出てしまったアム少年は、彼女に声をかけるタイミングを失って、しばらく目を合わせたまま固まってしまっていた。
彼の言ったことに異をとなえたことのないカリアだったが、脳裏に彼女がその舌を使う機会をうかがっているのではないか、という疑念が浮かんだ。
彼は自分でも説明できない感情でシーツを頭からかぶって尻と口元を手で覆うと、その後疲れにいつからか眠りに沈み込むまでその姿勢を維持していた。
今日知り合いの人がYoutubeのプレイリストのリンクを送ってくれました。
昔の洋楽のプレイリストでした。良い曲いっぱいありますよね!




