階層900・引かれ惹かれる。
「あ、あのっ。」
「なんだよ。」
「服っ、服持ってないですか。」
「脱いだお前が悪い。服ほっといたら燃えるって考えたら分かんだろう。」
・・・こいつは、俺に降伏した時からずっとこの調子だ。
周りにいるこいつの仲間?も何もせずにただ突っ立っているだけだ。
「俺の上着着るか?」
「あ、はいっ!着ます!着たいですっ!!」
はぁ~。いつ迎えに来てくれんだよあいつら。
「ゲンゾー!」
やっと来たか。
「遅いぞー!」
「迎えに来てあげたんだから文句言わないでよ!こっちはこっちで大変だったんだからね!!」
なんか、ミリンって初めて会った時とは全然性格変わったよな。ま、いいことだな。
「あれ、その子誰?」
「こいつ?こいつは…なんだっけ?」
「私の名前はユウグレ・ドキ。心理平和協会の理事長でございます。」
「え?」
「え?」
「え?お前ヨアケじゃないのか?」
ここは、エルタンの現首都ウォーリアー。の、地下の取調室だ。
今は、変態の話を聞いているところだ。ま、聞いてんのは俺らじゃなくて警察だけどな。
俺らは取調室の近くにあるカフェで暇をつぶしている。
「ゲンゾー君。本当にあの人…」
「知らん。だけど、気を付けたほうがいい。」
「僕はホンモノだとおもうよ!嘘つく理由ないでしょ!」
うん。ピヨッシーの言う通りだ。わざわざ嘘をつく理由なんかない。自分を危険に晒すだけだ。
だが、あいつが仮に本物だったとして、わざわざ敵地に来た理由は何だ?普通、安全な場所で高みの見物かますのが定石だろう。
「う~~~~ん。」
その後、あの変態が取調室から出るまで話し合っていたのだが、よくわからないまま変態を迎えた。
そのまま、俺らは変態に話を聞こうと思っていたのだが。
「ゲンゾー。ちょっとついてきてくれない?」
俺はなぜ、この時断らなかったのだろう。ここで俺がこいつについて行くことなく、皆と一緒に待っていれば…
「ゲンゾー。上着、ありがとう。」
こいつ、今はどっちだ?ユウグレか?ヨアケか?
「私、まだ諦めてないからね…」
ユウグレだな。この甘い声に惹かれてしまう。ヨアケのときは何も感じないのに。
ユウグレには謎の魅力がある。その白く透きとおった肌。その不器用な言動。
クソッ!!気に食わねえ!その眼だ!!その眼が一番気に食わねえんだ!!
俺は、何を思いついたのか。何を想像したのか。
俺の指は、ユウグレの目元に接していた。
「ゲンゾ…」
人生で、一度も聞いたことのない音が部屋中に響き渡った。
まだ、片方の眼しか潰してない。まだ、あのゴミみたいな眼が残っている。
「あれ…」
ユウグレの残ったもう片方の眼には、嫌な感じがしない。母と同じ悪魔のような眼ではなくなった。
「これで、満足してくれた…?私は…満足だよっ。」
俺の目の前には、ユウグレではなく、ヨアケが倒れ込んでいた。
血の涙を流し、苦しそうに振舞いながらも、その顔はどこか喜んでいる。
床に垂れた赤く生暖かい自分の血を舌で舐めている。水を与えられた子犬のように、その姿は飼い主に媚びを売っているかのようだ。
「ねぇ、私、もっとゲンゾーと一緒に居たい。」
ヨアケの息は荒く、触れていなくても、ヨアケの心臓が高鳴っているのがわかる。
「私と一緒に来てよ。心理平和協会に…」
その瞳は、恍惚とし、飼いならされた犬のように、俺を一点に見つめる。
「私になんでもしていいからっ。ストレスがたまったら私を殴ればいいし、悲しくなったら私に相談してくれればいい。これでも満足できないなら…心理平和協会をあなたにあげる…」
俺の瞳もまた、ヨアケに見惚れていた。
白く透きとおった肌。空から降る雪のような純白で艶のある髪。俺を見るその瞳。
ヨアケは血を舐めるのをやめ、舌から血を垂らしながら、俺の顔に近づいた。
「さっき嘘ついた。私、まだ満足してない。」
俺はこの時、新しい世界を観た。