夫婦-たった一つの大切な宝物-
僕、木下一哉は普通のサラリーマンだ。僕は会社から帰ると、妻がいつも夕飯を作ってくれて、どんなに帰りが遅くなっても彼女は待っていてくれる。それがうれしい。結婚し経ての頃はいつも「ありがとう。」と言っていた。しかし、結婚して数年経つとそれは言わなくなっていた。いつから言わなくなってしまったのだろう。
現在、僕は会社で人間関係がうまくいっていない。上司からも部下からもそして、同僚からも嫌われている。いつも陰口を言われるのだ。仕事は精神的にも肉体的にも疲れる。
私、木下渚沙は近所付き合いがうまく行っていない。どうしてだかよくわからないが、私は隣の家の人からよく思われていないらしい。最近、嫌がらせもされるようになった。私がごみ集積所に出したごみが私たちの家の玄関の前に置かれているのだ。私がそれを見て困っているところを隣の家の人はそれを見て爆笑していた。私は内向的な性格でそんなことをされても何か言い返したりすることができないでいた。
私は夫に相談をしようとした。その日、夫はいつもよりも少しだけ帰りが遅かった。いつも、夫が帰ってから二人揃ってご飯を食べる。彼は会社から帰ってくるといつも不機嫌そうにしているのだ。今日は特にイライラしている。けれど、いつも通り二人で夕飯を食べた。私の育った家庭ではご飯を食べるときにテレビはつけず、家族の会話だけで楽しんでいた。夫は逆にテレビをつけながら家族でご飯を食べていたらしい。結婚したての頃はテレビをつけながらご飯を食べていたが、私が会話をしても夫はテレビに集中して私の話を全然聞いてくれなかった。そのため、私は家族との会話の時間を増やしたいと思っていたので、夫にテレビをつけないでご飯を食べたいとお願いをした。そしたら、夫は許してくれたのだ。それからはご飯を食べている際にはテレビをつけず、食と家族の会話だけで楽しんでいた。しかし、結婚をして何年か経つと会話も尽きてくる。今日も会話は弾まなかった。そのため、私は近所の人と付き合いがうまくいっていない。ということを夫に打ち明けた。だけれど、夫は面倒くさそうに
「だったら、隣の人の玄関の前にごみ置いて、同じことすればいいんじゃね?ってか、嫌だったら嫌だって言えばいい話だよね?」
と笑いながら言ってきた。私は腹が立った。どうしてこの家族の問題なのにこんなにも他人事のように言えるのか私には分からなかったからだ。
「どうして、そんなふうに言うの?」私は言った。
「嫌なことは嫌だと人に言わないと!思っているだけじゃ伝わらないだろ!そんだけの話だろ!」
夫は怒鳴って私に言ってきた。だけど、夫のいうことは正論だ。確かに嫌なことは嫌だと言わなければ相手に伝わらない。そんなことなど自分でもわかっていることだ。ただ、私はそんなわかりきった言葉が欲しいのではない。私は夫に「そんなことがあったんだ。大丈夫?辛かったね。」と言って欲しかっただけだったのに。まさか、こんなにも冷たい言葉を投げかけられるとは思ってもみなかった。今日は近所の人に馬鹿にされ、夫にも冷たい態度を取られた。なんだか、疲れてしまったなと思った。そんなことを考えていたら、少しだけ涙が出てきた。自分でもびっくりした。けれども、すぐに袖で涙を拭いた。泣いたのは何年ぶりだろう?夫は食べることに集中している。私が涙を流したことには気づいていないだろうと私は思った。夫は夕飯を食べ終わって、自分の皿を洗い、少しソファでスマホをいじり、お風呂に入っていった。
私はどうして、彼のことを好きになったのだろう?
僕はお風呂に入った。お風呂で身体を洗っているときはいつも嫌なことを思い出す。きっと、お風呂で体を洗うという行為は何年も続けてきているから何も考えずに勝手に身体を洗えるようになり、脳みそをそんなことに使わないからだろう。今日も会社で嫌なことがあった。もう行きたくない。だが、僕にはそんなことよりも彼女を泣かせてしまったことが今日一番の後悔と反省すべきことだと思った。彼女は気づいていないと思っているようだが、僕は気づいていた。気づいていたのに無視をしてしまったのだ。あんなにひどいことを言ってしまった後だったので、どう接したらいいのかがわからなかったのだ。これは言い訳だ。こうやって、反省する羽目になるのだったら彼女を傷つけなければよかった話だ。それに彼女に投げかけたひどい言葉は自分が一番できていないことだ。他人にアドバイスなどできる立場ではなかった。どうして、僕はいつも他人事のように話してしまうのだろうか。自分でも最低だと思う。家に帰って不機嫌なのは会社で嫌なことがあったからだ。彼女には何も関係はない。それなのに強く当たってしまった。結局、僕は自分のことしか考えられない人間なのだ。自分が嫌いだ。僕は泣きたくなった。だけど、僕が最後に泣いたのは子供の頃でそれからは泣いた記憶がない。多分それは泣いたところで何か変わるわけではないからだ。だから、僕は泣かない。泣かないのは格好つけているからではない。泣いても意味がないからだ。また僕は自分のことばかり考えてしまった。悲しんでいるのは彼女の方なのに。
それにしても、こんなに自分のことしか考えられない僕に彼女はどうして好きになってくれたのだろう?
私は夫がお風呂からあがって、そのあとに続いて私もお風呂に入った。お風呂に入ると嫌なことを思い出す。きっと、スマホがないからだろう。スマホがあると見ているだけで情報が流れ込んでくる。スマホをいじっている間は自分の感情と向き合う暇などないからだろう。
私は考えごとをしながら、身体を洗う。私は大学を卒業してから就職し、一人暮らしをしていた。一人暮らしは別にさみしくはなかった。仕事して家に帰って、夕飯を食べて、お風呂に入って、娯楽であるSNSの動画や動画配信サービスで韓国ドラマ、日本のアニメなどを観て人生を満喫していたからだ。しかし、満喫していたと思っていたこの日常だが、ふと何だかこのまま生きて死んでいくのは嫌だと思えた。その理由は既に亡くなっている私の両親のことを思い出したからである。私の両親の仲はすごく良かったので、私もそんな風になりたいとどこかで思っていたからだろう。
彼との出会いは私が初めて一人で東京の渋谷に行き、買い物をしに行ったときのことだ。初めて渋谷に来たのでここが有名なスクランブル交差点だ、とか思って私は興奮していた。しかし、私はとても方向音痴なので、地図アプリで見ても目的のお店に着くことはできなかった。きょろきょろと道を行ったり来たりしていた。そんなときに彼が現れて、私の行きたいお店まで案内をしてくれた。私はとてもうれしかった。私は彼にそのお返しがしたいと思っていた。そのため、喫茶店で彼にご馳走をした。私はカフェラテを頼んだ。苦いのが苦手だからだ。彼はブラックコーヒーを頼んでいた。彼は苦いのが良いのだ。と言っていた。何が良いのかは私にはわからなかった。そんな話をしていたが、会話はそこで途切れた。長い沈黙があった。私は自分から話にいくような性格ではなかったため、何を話そうかと悩んでいた。そんなとき、彼は私に
「付き合っている人はいるの?」と突然言ってきた。急に話しかけてきたので、私は少しびっくりした。私は正直に
「付き合っている人はいないです。」と答えた。すると彼は
「もし、良ければ僕と付き合いませんか?」と言ってきた。またまた、急なことだったので、びっくりした。だけど、私も彼氏は欲しいと思っていたので
「いいですよ。私で良ければ。」と答えた。
その日からは土日に二人は仕事が休みだということがわかったのでたまにデートをした。私はよく韓国ドラマを観るのだが、彼も韓国ドラマをよく観るらしい。彼は韓国の男性俳優に憧れているらしく、どことなく顔の雰囲気が似ているかもしれないと私は思った。彼は私が思うにイケメンの部類に入るのではないだろうか。顔がイケメンだから付き合い始めたと言っても嘘ではないだろう。
彼からプロポーズされたのは、二人でとある遊園地に行ったときのことだ。遊園地でアトラクションを回っていたとき、彼はずっと心ここにあらず、といった表情をしていた。私は今日何かあるな、と思った。最後に乗ったアトラクションは観覧車だった。もうその時間は夜の8時頃で、観覧車の中から外を見てみると夜景がすごくきれいだった。観覧車の一番高いところに行くのがとても楽しみだと私は思っていた。きっと、綺麗だろう。いざ、観覧車の一番頂上に着いた。私はウキウキしながら夜景を見ようとした。そしたら、彼が
「僕と結婚してくれませんか?」と急に言ってきた。私は夜景を見るのをやめ、彼の方を見た。彼の表情は真剣であった。彼はポケットから小さな箱を取り出し、その箱を開いた。そこには指輪があった。
「君と結婚をしたい理由は今日も含めて、君といる時間がとても楽しいと思えたからだ。僕が君と出会う前までは仕事をして、家に帰り、そのあとは一人でドラマなどを観て楽しんでいるつもりだった。けれど、それだけだとなんだか寂しかった。君と出会って、僕は本当の人生の楽しさっていうのかな、そういうのを知ることができたと思ったんだ。だから、これからも君と一緒に過ごし、もっとたくさんの思い出を作っていけたらうれしい。」と彼は私の顔を見て言った。彼はとても真面目な人だ。彼の目を見ればわかる。彼は私の目をずっと見ている。
「えっと、どうですか?」彼は困った顔で言った。長い沈黙があったからだろう。私は彼の身体に飛びついた。人のぬくもりを感じられるのはとても幸せだと私は彼を抱きしめながら思った。私は彼にキスをする。私は彼の顔を見た。彼は戸惑った顔をしている。私は笑った。
「これはどういうこと?」彼はきょとんしている。
「もちろん、いいよ。結婚しよ。」私は彼の顔を見て言った。
「うれしい。ありがとう。」彼は私の顔を見て言う。私は夜景のことなど忘れて、彼に二度目のキスをした。
それから私たちは幸せに暮らしていけると思っていた。けれど、結婚して数年経つと彼は仕事でうまくやれていないのか、家に帰ってからずっとイライラしているし、私と会話してくれることも少なくなった。私は彼が仕事でいない間は家事をしている。毎日似たような生活である。私は家事がひと段落ついたら、韓国ドラマやSNSショート動画を見る。これをやっているとやっぱり楽しい気持ちになる。一人暮らしをしていたあの頃を思い出す。彼と二人で暮らしていく意味はあるのだろうか、と考えることも最近増えてきた。
「はぁ。」と私はため息をついて、お風呂を出た。
私はお風呂から上がり、身体を拭いていた。そしたら、テレビの音が聞こえなかった。いつも夫はお風呂からあがるとテレビを見ているのだ。だから、テレビの音が洗面所まで聞こえる。それが今日はテレビの音が聞こえない。どうしたのだろうか?私は心配しすぎる性格なので、もしかすると、彼はリビングで倒れているのかもしれないと思った。私は慌てて、服を着てリビングへ行った。リビングに行ってみると、彼は黙って彼は顔を下に向け、ソファに座っていた。
「どうしたの?」私は尋ねた。
「ごめん。」彼は私の顔を見て、謝ってきた。彼は泣いていた。
「僕は自分のことしか考えていなかった。これは家族の問題だ。君を泣かせるつもりはなかったんだ。あんなこと言って本当にごめんなさい。」彼は言ってきた。
「いいよ。」私は彼の顔を見て笑って答えた。彼が泣いたところを見たのは初めてだった。とても意外なことだった。
「どうして、テレビつけてないの?」私は疑問に思ったことを質問した。
「ずっと、君にどう謝ればいいのかを考えていたんだ。」彼は言った。彼は昔からとても真面目で一つのことに集中すると周りのことが考えられなくなってしまうのだ。それは昔から変わらない。彼はとても不器用だ。けれど、優しい。私は彼のこういうところが好きだったんだ、と私は思い出した。
僕が謝ると彼女は許してくれた。そして、彼女は僕の座っているソファの僕の隣に座った。何故だか分からないが、僕は仕事で人間関係が上手くいっていないことを話した。今まで、仕事の話は家ではしていなかった。話をしたところで意味がないものだと思っていたからだ。僕は久しぶりに泣いたのでとても恥ずかしかった。どうして、泣いたのかもよくわからなかった。けれど、彼女がいたからこそ仕事が辛くても頑張って来られたのだと思い出した。彼女がいつも笑顔で僕の帰りを待っていてくれている。それを思うだけで、明日も仕事を頑張ろうという気になる。一人で暮らしていたときにはなかった感情だ。それを今気づくなんて僕は本当に馬鹿なんだと思った。今頃気づいたが、彼女の髪は濡れていた。
「髪が濡れているけれど、ドライヤしてないの?」と僕は彼女に聞いた。
「あっ、そうだった。私、あなたが倒れたのかと思って、慌てて来たからドライヤしてなかった。」と彼女は言う。彼女は僕を心配してくれたらしい。彼女はソファから席を立ち、ドライヤをしに洗面所へ向かおうとしていた。だけど、僕は彼女の腕を掴んで振り向かせ、彼女の唇にキスをした。
「その、今日の夕飯も美味しかった。ありがとう。」僕は自分でもよくわからずに口にしていた。けど、本当のことだ。こんなにも自分の感情が素直に出てくるとは思っていなかった。いつもはこんなこと言えないのに。今日はなんか変だ。
「今、それ言う?」と彼女は戸惑いながら僕に言う。
「すみません。食べているときに言うべきでした。」僕は謝る。
「まぁ、美味しかったならよかったです。」彼女は笑いながら僕に言った。
次の日、私は仕事に行く夫を見送った後、リビングに戻った。ソファを見てみると見覚えのない袋があった。その袋の中を見てみると、紙が入っていた。その紙には《いつもありがとう。感謝している。これは今日、誕生日を迎える渚沙へのプレゼントだ。一哉より》と書かれていた。彼からの手紙だった。紙を取り出し、その奥に入っていた箱の中身を空けると、私が前から欲しいと思っていたネックレスが入っていた。昨日、帰りが遅かったのはこれを買っていたからなのかな、と私は思った。私は夫からのプレゼントのネックレスをつけながら、この夫とならまた今日も乗り切れそうだと思えた。
終