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終わる、世界  作者: 美咲
第1章
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「久しぶりだよな。何年ぶり?4年ぶりくらい?」


近くにあったカフェでテーブルを挟んで座り、リョウは懐かしそうに私を見た。

今私は22歳。18歳の時に上京したから、と頭の中で計算する。

そう、確かに彼の言う通り4年ぶりの再会だ。


「変わらないなぁ。今何してんの?」


「・・・バイトでピアノ弾いてるよ」


「あぁ。瑠璃はピアノ好きだったもんな」


そう言ってリョウは爽やかに笑った。

良かったね、という彼の表情に私は僅かに眉をしかめる。


「どうしたの?気持ち悪い」


思わず頭に浮かんだ事が口からこぼれた。

それくらい私の記憶の中のリョウとは別人のような表情だったのだ。


私の台詞を聞いて、リョウの目がスッと細められた。同時に笑顔が瞬く間に引っ込む。

そして現れたのは、鋭く冷たい、どこか皮肉気な顔。

その彼の顔にようやく私は安心する。リョウはこうでなければいけない。


彼は私が中学を出てバイトをしている時に出会った。

外の町のファミレスのウェイトレス。そのファミレスにしょっちゅう入り浸っている常連さんだった。


いつも店の奥まった席を陣取り、馬鹿騒ぎを繰り返していたので、店長、スタッフ、他のお客さんに迷惑がられていた。

でも誰もその柄の悪い集団に注意をしに行く事はない。誰だって面倒な事は嫌だから。

そんな訳で彼らは更に調子に乗り、毎日来店するようになっていった。


ある日、ついに客の1人が店にクレームを出した。

あいつらを出入り禁止にしてくれ、と。それが無理でも注意くらいしろ、と。

店長はペコペコとその客に頭を下げ、彼らに注意するようにとフロアのチーフに言った。

チーフはヒョロっとした気の弱いおじさんで、とても彼らに太刀打ちできる人ではない。

案の定彼らのテーブルに近づこうとする身体が、傍から見ても分かるくらい震えていた。


そんなチーフに気付いているのかいないのか、その集団はコーヒーのお代わりを要求し、私は彼らコーヒーの入ったポットを片手にのテーブルへ近づいた。

黙々と全部のカップにコーヒーを注ぐ。

耳の近くで下らない事をベラベラ喋る男がウザい。

男のお喋り好きなんて、きっとろくな奴じゃないに違いない。


十数人分のコーヒーを注ぎ終わる頃には私の苛々はピークに達していた。

テーブルでは何が面白いのか耳につく大きな笑い声が絶えず沸き起こっていて最高に気分が悪い。

衝動的に私は、奥まった席に座るこの中でリーダー格と思われる偉そうな男を真っ直ぐ見つめ、


「他のお客様のご迷惑になるので、もう少し静かにして頂けませんか?」


と、にっこり笑ってみせた。

チーフを助けようとか、誰かのために、なんて気持ちはさらさらない。

ただ、無性に腹が立っていたのだ。

ピリピリした空気にも、品のない騒ぎ声にも、情けないスタッフにも。

そして腹が立っている自分にも。


一瞬にして店内には静けさが訪れた。

リーダー格の男が私を睨む。鋭い視線に空気が凍りついた。


「はあ?」


低く不機嫌そうな声が静けさを破った。

それはリーダー格の男ではなく私の1番近くにいる男から発せられた声だった。

そいつが威嚇するように私の肩を押す。


「他のお客様もいるので、静かに・・・」


「うるせえんだよ!」


声が震えるのが悔しい。でも引き下がるもんか。

もう1度同じ台詞を繰り返そうとする私に、肩を押した男が噛み付くようにすごんでみせた。


店内は相変わらずしんとしいて、たくさんの視線を背中に感じる。

客もそこそこ入っているはずなのに、か弱い女が絡まれていても誰1人として席を立って助けようとしないなんて。

平和主義にも程がある、と心の中で毒づいたが、私だって同じ状況に立たされたらきっと傍観を決めこむだろう。


でも、ここで引き下がるのはプライドが許さない。

怯む自分に鞭を打ってもう1度・・・と口を開きかけたその時だった。


「ごめんね。気をつけるよ」


リーダー格の男が、怒る訳でもなく笑う訳でももなく、真っ直ぐ私を見つめながら、ごく普通に口を開いた。


「・・・え?」


その男の裏を探ろうと眉をひそめたが、彼の声のトーンに苛立ちや、からかうようなものは一切感じられない。


「うるさかったんだろ?気をつけるよ」


何を考えてるのか分からない無表情な顔で、男が重ねて言う。

さっきまで絡んでいた奴も、その言葉であっけなく椅子に腰をおろした。


「…お願いします」


男を探るように見ていた視線を慌ててそらし、私は形式通り「ごゆっくり」と一礼した。

そしてそのテーブルに背を向けて店内が目に入った時には、何事もなかったようにいつものザワザワした光景が広がっていた。


そのリーダー格の男の名前がリョウということは、その時はまだ知らなかったが、それが私とリョウの出会いだった。


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