7
それからというもの、両親はもちろん、中学校の友達とさえ以前のように口を利かなくなった。
いや、聞けなくなったという方が正しい。
今まで幸せに暮らしていた毎日は、ヴァーチャルの世界のように粒子が粗く見えるようになった。
いっそ本当にヴァーチャルの中での出来事なら良かったのに。
それなら迷いなくリセットボタンを押して1からやり直せる。
全てが生ぬるい偽物の平穏の中で、明らかに私は1人孤立していて、
授業を抜け出しては町の外へ出てブラブラと歩いた。
そして家に帰ればひたすらピアノに没頭した。
誰とも会話しない日もあったので、ピアノだけが私の感情や想いを吐き出せる手段だったのだ。
乱暴に触れれば同じだけ乱暴な音、優しく触れれば同じだけ優しく音を返してくれるピアノに、
共感されているような安心感を感じ取り、かなり救われたと思う。
ピアノがなければ発狂なり絶望なりしてしまっていたに違いない。
あの夜以来、父は私を徹底的に無視し、何か言いたげな母は私が無視していた。
昔のように三人で机を囲んで食事をとることもなくなった。
寂しいとは全く思わなかった。むしろその方が気が楽だった。
その後中学を出てバイトを始めた私は、ある程度の貯金が手元に貯まったのをきっかけに町を出た。
両親には何も言わず、馴染んだ家を振り返ることもなく。
それはそれまでの私を抹殺した、記念すべき瞬間だった。
『ピピピピ』
シンとした部屋に流れる電子音に我に返る。
お風呂のお湯が溜まったと知らせるタイマーの音だ。
うっかり思い出してしまった昔の記憶に舌打ちをし、脱衣所に向かいながら再び奥へ奥へと押し込める。
いくら振り返ったことろで過去は変わらないのに。
苦々しい気持ちでいっぱいになり、やりきれない。
湯船でお湯に浸かりながら、のんびり手を伸ばした。
冷え切っていた身体が少しだけ熱によって赤く染まって心地良かった
。
今日はバイトの前に気分転換も兼ねて楽譜を買いに行こう。
さっき帰り際に店長に「そろそろ新しい曲も弾いて」と言われた事を思い出す。
どんな曲を弾こうか考えようとしたが、眠さが邪魔をして頭がうまく動かない。
私は大きなあくびをしながら、もう少しお風呂を堪能するべく、肩までお湯に浸かって目を閉じた。