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終わる、世界  作者: 美咲
第5章
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「泣くなよ」


きっと出て行ったらリョウは戻って来れない。

組織が3ヵ月も探した男を後々開放するとは思えなかった。

私の故郷の人間を連れ去っている政府だ。

どんな命を下しているのか考えるだけでゾッとする。


「俺は帰ってくるから。待っててくれないか?」


指先で涙を拭われる。


「町長と話したんだけど、お前はここにいていいって。多分奴らも町を荒らしてまでお前を捕まえにきたりしないから。それに瑠璃がここにいてくれないと、俺が探すの大変だろ?」


笑顔のリョウ。

けれどその目からは見えない涙が溢れているように私には見えた。


「あと、ここでリサイタルをしろ。前の時みたいに有名な人には観に来てもらえないし、斉藤先生にレッスンしてもらう訳にはいかないけど。でも町の人は聴きにきてくれるよ。町長もやったらいいって言ってくれたから。今使ってる公民館の部屋でさ。一度日付を決めてチラシ作ってもらうために町長と話してきな?で、そのリサイタルが開かれるまでには帰ってくるから」


な?と同意を求められて私の喉からぐうと変な声が漏れる。

それを皮切りに私は衝動的に彼の胸倉をつかみ口を開いた。


「なんなのよ!さっきから!自分の都合いいことばっか喋って!リサイタル?そんなのすごくやりたいし嬉しいに決まってるじゃない!」

 

嗚咽まじりでうまく言葉にならなかったが、そこまで一気に怒鳴って息を吸う。

言いたいことがうまくまとまらない。


「でもあんたがいなきゃ意味ないでしょ!?やっと穏やかに暮らせるようになったのに!あんたのお陰で毎日充実して幸せな気持ちで眠れたのに!それを全部奪う気!?…リョウがいないなんて…。置いていくなんて…」


恋愛をして世界が色を変えるなんて、夢見る女共の戯言だと思ってた。


現実に広がるのは毒に冒されたて澱んだ空気。

それに色がつくなんて笑っちゃうとどこかで見下していた。


けれど間違ってたのは私だったのだ。

いつだって私とリョウの周りには柔らかい温かな色で満たされていた。

昔の詩にあるようなピンクではなかったけど。

例えていうなら、そう、クリーム色のような…。


「いなくなるんじゃない。ちょっと話をしてくるんだよ」


黙って私の叫びを聞いていたリョウが宥めるように静かに言った。

正面からお互いの視線がぶつかる。


「帰ってくるから待っててって言っただろ?もっと信用しろよな」

 

そう言いながらリョウは胸元を締め付ける私の指を1本ずつ解いていく。

ゆっくりゆっくりと。

その様子を見ていると少し私も落ち着きを取り戻した。


「本当に帰ってくる?」


「しつこいよ。約束な、ほら」


小指を立てて笑うリョウに、子供じゃないんだからとブツブツ文句を言いながら、私は自分の小指を絡める。

果たされない約束かもしれないが、そうしたいという彼の気持ちが痛いほど伝わってきた。


「守らなかったらこの指折るからね」


冗談めかして言った私に必要以上に怯えてみせるリョウを見て私は笑った。

そんな私を見てリョウも笑う。


そして抱き合って唇を寄せ合い、今手の中にある温もりを私は思いっきり抱きしめた。

次に会える時まで忘れないように。

辛い時に思い出せるように。


お互いを求め合う私達の横では、真っ黒に焦げたジャガイモと鍋が静かに見守っていた。



***************************


次の日の朝、私は肌寒さで目が覚めた。


隣りにいつも寝ているリョウがいない。

時計を見てみるとまだ朝日が昇る前の時間だった。


そっとベッドを抜け、リビングの机の上に置いてある置手紙を見つけ私は吹き出す。


「ドラマや映画に影響されすぎなんじゃないの」


独り言を呟きながら私は手紙を手に取った。


『ルリへ。顔を見ると辛くなりそうだから幸せな気分のまま出掛けます。必ず帰ってくるから。行ってきます。リョウ』


「…瑠璃って漢字も書けないんかい」


悪態をつきながら丁寧に手紙をたたみ、大切に引き出しの1番上にしまう。

こみ上げてくる熱いものに耐えながら、おそらく少し前に出発したリョウの後を追うように玄関の外へ出た。


夜明け前の町はしんと静まりかえっていた。

薄暗い空、電気の消えた家の群れ。

冬の朝独特の静けさの中、私は町の外の方向を眺める。


習慣でポケットの中に常備しているマスクを取り出そうとして、やめた。

身体に悪いと言われている空気を肺一杯に吸い込んでみる。


世界の終わりはどうやって訪れるのだろう。

突然すべてがなくなるのだろうか。

それともこのまま少しずつ少しずつ人間を蝕んでいくのだろうか。


いずれにしても全てが無に還る瞬間はもうまもなく。

なのにそんな危機的状況でも人間は他人より優位に立って支配したがる。


反社会派の集落だとか、子供を生む許可だとか、組織を脱走した人間だとか。

そんなことはこの死にかけの地球の上ではどうでもいいことではないか。


「もう終わりだね」


私は誰へともなく呟いた。


どうしようもない世界、どうしようもない人間。

終わって当然だろう。


長年地球を占拠し、挙句壊した私達には、むしろ終わりが救いのような気すらしてくる。


「…私も」


それはもちろん自分にだって当てはまる。

地位と権力を欲し、他人を利用し、愛に気付いた時には愛する人を奈落に引きずりおろしていた私。


「終わって当然か」


刺すような冷たい風が頬を撫でていく。

少しずつ白み始めた空を見上げて私は再度深く呼吸をした。


こんな世界でも太陽は今日も昇る。

それは慈悲なのか同情なのか。


けれど私たちは有難くそれを受け取って生きるしかないんだ。


終わる世界の、新しい朝がまた始まった。




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