6
いつの間にか外はもう暗い。
あれから何時間川べりにいたんだろう。
夕方の風はひんやりとしていて私の体温を奪っていく。
重たい足をひきずるように歩いて家に帰り、私は自分の部屋に閉じこもった。
ご飯もとらずに引きこもっている私に、母は心配そうに廊下から何度も声をかけていたが、
その声は思考を停止した私の耳にはただの音となってすり抜けていった。
(悲しい?腹立たしい?)
いや、今感じるのは脱力感だけだ。
他には何も感じないし、考えたくもない。
目をつむってベッドにごろりと転がる。眠ってしまえ。
もしかしたら目が覚めたら全部夢だというオチがついているかもしれない。
けれど一向に眠気は襲ってこず、しばらくして廊下がバタバタと騒がしくなった。
足音と「あなた待って」という母の声。父が帰ってきたらしい。
「瑠璃!開けなさい」
父の強い声。続けて乱暴に扉を叩く音。
立ち上がって鍵を開けるのが億劫で私は耳を塞いだ。今は誰とも話す気力なんてない。
「瑠璃!」
ドアノブがガチャガチャと悲鳴をあげている。
その様子に私は父の剣幕がただ事ではない事に気付いた。
生まれてから一度も聞いた事がないような声色に気圧され、のろのろと立ち上がりドアに近づいた。
カチャ。
鍵を開けると同時に私は床に倒れ、天井を眺めていた。頬がじんじんと熱を持っている。
何事かと視線を彷徨わせると、真っ先に視界に飛び込んできたのは顔を真っ赤にした父。
拳を握り締めているところを見てすぐさま理解する。
私の頬をグーで殴ったのだ。
「お父さん!」
再び手を挙げる父に母が必死に止めようと腕をつかむ。
「・・・なに?」
倒れたままの姿勢で私は冷静に父を見て言った。
父の目は怒りに溢れて充血し、人をも殺しかねない光をもって私を睨み付けていた。
ぞくりと背中に恐怖が這い上がるのを感じる。
「これはお前だな?」
目の前の床に叩きつけられた雑誌。
私がインタビューを受けた、例の雑誌だ。
「・・・だったら何?」
「なんだその口の利き方は!」
私の服の首元をつかんで無理やり身体を起こそうとしてくる父を見ながら、私は考える。
(この人は誰?少なくとも私のお父さんではない。お父さんは温厚で優しくて・・・)
「どうしてこんな事をしたんだ。恥ずかしくて外を歩けないじゃないか!」
「――――っちよ」
「なに?」
「恥ずかしいのはどっちよ!私は何も知らないまま大きくなるところだったのに。その方がよっぽど恥ずかしいよ!」
「お前!」
再び頬に痛みが走る。
母が小さく悲鳴をあげ、父の身体を私から引き離した。
その隙に私は2人を力一杯押しのけ、乱暴に部屋の扉を閉めると鍵をかけた。
今思えばこの時、私の心も重い扉を閉ざしてしまったんだと思う。
簡単には開かないよう、閂まできっちりと下ろして。
(・・・こんな家、こんな町、早く出ていってやる)
部屋の隅で膝を抱えながら私は心に誓う。
ここから出られるのならどんな世界でもいい。
そこで成功して使いきれないくらいの大金を手にしよう。
人に認められるような地位を掴むのもいい。
私は決して可哀想でも犠牲者でもないんだ。
この世界を上から見下ろして笑いながら生きてやる。
ギラギラと逸る気持ちを抱えながら、その日私は一睡もしないまま朝を迎えた。