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演奏会まであと一週間をきった。
週に一回だったレッスンはここのところ連日行われており、それこそ一日中斉藤の家のピアノの前でピアノに向かい、家に帰ってまたさらう。
その繰り返し。
更に忙しい合間を縫って衣装を決めたり、客に配られるパンフレットのためのプロフィールを書いたり、ピアノ以外にもやらなければならないことはたくさんある。
今日はゲネプロだった。
実際に演奏会を行う会場で、演奏会を想定して頭から終わりまで通してピアノを弾く。
有名なピアニストなら関係者あたりを呼ぶのだろうが、無名の私にはそんな必要はない。
斉藤から聞いたのか野田がポツンと客席の真ん中にいただけだ。
半年前、斉藤の教え子である若手ピアニストのリサイタルを聴きに、このホールへ来たことを思い出す。
あの時、彼の演奏に焦れるほどの嫉妬をした。
今の私は少しでも彼に近づけているだろうか。
眩しいほどの照明があたるステージの上でピアノを前にし、考える。
誰もいない、しんと静まった客席に、ここ半年ほどすべてを注いだ演奏が空気を震わせる。
違う、こう弾きたいんじゃない。
ここはもっと余裕をもたせなければ。
気持ちを乗せすぎて走りすぎた。
いつもとは違う環境での演奏に、私は軽いパニックに襲われていた。
演奏が止まるような失態はなかったものの、緊張で力が入りすぎているのが分かる。
けれど、それを修正することができないのだ。
この無意識の力の入り方は、どうにかしたいと足掻いている表れで。
上手に弾こうと思えば思うほど、比例して私の腕も重くなっていく。
第一部のプログラムを終え、一旦バックヤードに引っ込む。
そこで私はうずくまった。
うまくできない証拠のように、手が、指がガタガタと震えていた。
「深呼吸して。それから手を握ったり開いたりして。あとストレッチね」
舞台袖で待ち構えていた斉藤が冷静に私に指示を出す。
声すら出せなくなっていた私は、無言で頷いて斉藤に言われるがままに身体を動かした。
それでも第二部のプログラムも、アンコールの曲も、いつもの数割の出来にしかならなかった。
元々プロの演奏家に比べて屁のような演奏なのに、それすらも満足にできないなんて…。
絶望感に打ちのめされそうだ。
上手だったよとにんまりと笑う野田に形ばかりのお礼を言い、私は思わず手のひらで顔を覆った。
できることならこんな動かない指なんて、切り落としてしまいたい、そう思ってしまうほどどうにもできない現実に焦りを感じた。
「あと数日、頑張りなさい」
別れ際、斉藤が言った。
同情がこもったような声音だった。
無言で頷き、私は野田と真っ直ぐ家に帰る。
練習をして、また明日のレッスンに備えるために。