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終わる、世界  作者: 美咲
第5章
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演奏会まであと一週間をきった。


週に一回だったレッスンはここのところ連日行われており、それこそ一日中斉藤の家のピアノの前でピアノに向かい、家に帰ってまたさらう。

その繰り返し。


更に忙しい合間を縫って衣装を決めたり、客に配られるパンフレットのためのプロフィールを書いたり、ピアノ以外にもやらなければならないことはたくさんある。


今日はゲネプロだった。

実際に演奏会を行う会場で、演奏会を想定して頭から終わりまで通してピアノを弾く。


有名なピアニストなら関係者あたりを呼ぶのだろうが、無名の私にはそんな必要はない。

斉藤から聞いたのか野田がポツンと客席の真ん中にいただけだ。


半年前、斉藤の教え子である若手ピアニストのリサイタルを聴きに、このホールへ来たことを思い出す。

あの時、彼の演奏に焦れるほどの嫉妬をした。

今の私は少しでも彼に近づけているだろうか。


眩しいほどの照明があたるステージの上でピアノを前にし、考える。

誰もいない、しんと静まった客席に、ここ半年ほどすべてを注いだ演奏が空気を震わせる。


違う、こう弾きたいんじゃない。

ここはもっと余裕をもたせなければ。

気持ちを乗せすぎて走りすぎた。


いつもとは違う環境での演奏に、私は軽いパニックに襲われていた。

演奏が止まるような失態はなかったものの、緊張で力が入りすぎているのが分かる。


けれど、それを修正することができないのだ。

この無意識の力の入り方は、どうにかしたいと足掻いている表れで。

上手に弾こうと思えば思うほど、比例して私の腕も重くなっていく。


第一部のプログラムを終え、一旦バックヤードに引っ込む。

そこで私はうずくまった。

うまくできない証拠のように、手が、指がガタガタと震えていた。


「深呼吸して。それから手を握ったり開いたりして。あとストレッチね」


舞台袖で待ち構えていた斉藤が冷静に私に指示を出す。

声すら出せなくなっていた私は、無言で頷いて斉藤に言われるがままに身体を動かした。


それでも第二部のプログラムも、アンコールの曲も、いつもの数割の出来にしかならなかった。

元々プロの演奏家に比べて屁のような演奏なのに、それすらも満足にできないなんて…。

絶望感に打ちのめされそうだ。


上手だったよとにんまりと笑う野田に形ばかりのお礼を言い、私は思わず手のひらで顔を覆った。

できることならこんな動かない指なんて、切り落としてしまいたい、そう思ってしまうほどどうにもできない現実に焦りを感じた。


「あと数日、頑張りなさい」


別れ際、斉藤が言った。

同情がこもったような声音だった。


無言で頷き、私は野田と真っ直ぐ家に帰る。

練習をして、また明日のレッスンに備えるために。




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