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「私達の組織はね、別に結婚して子供を生むことが目的の訳ではないわ。自分が幸せだなって感じるままに生きていったら、結果的にそうなっただけよ。けれど賛同する人はたくさんいる。この町以外にも町はたくさんあるわ」
歌うような、勝ち誇ったかのような母の声にノロノロと顔を上げる。
「瑠璃の幸せは何?」
「…私の幸せは…ピアノを…」
いや、それすら無駄なのか?
今まで大事に大事にしてきたピアノと触れ合う時間だけれど…。
疑問が膨れ上がり即答できなかった。
もし仮に誰もが認めるピアニストになったとしよう。
けれど世界が終わってしまえば、何も残らない。
気がつけば全ての行動が無意味という烙印を押されてしまっていた。
しかしそんな私の混乱を感じ取ったのか母が助け舟を出す。
「間違えちゃ駄目よ、瑠璃。よく聞いて。自分がやりたい事、やっていて楽しい事、一緒にいたい人、一緒にいて楽しい人、どれかひとつでも当てはまればいい。未来に何かを残すんじゃなくて、自己満足でもいいから胸を張って「ああ楽しかった」って言って死ぬ、それがあなたの財産であり価値なのよ」
「それは…」
お母さんは迷わず幸せだと言えるの?そう聞きかけた時だった。
―――ドンドンドン。
玄関からドアを叩くけたたましい音が響いた。
母とふたり、びくっと肩を震わせ目を合わせる。
「お父さん?」
もしかしてと希望を口にしてみたが、母は硬い表情のまま小さく首を横に振った。
「お父さんは私を助けるために囮になって逃げたわ」
静かに、けれど父を思い出しているのか愛おしそうに母は言う。
その表情に、あぁ母は幸せなんだなと分かった。
「じゃあ一体誰が…」
「奴らよ」
母がきっぱりと言い放ち、私の手をひいて奥の部屋へと移動した。
「奴らって?」
よく分からなくて聞き返す。
「政府の手先の奴らよ。捕まえにきたんでしょ」
何でもないことのように言う母。
その様子で今まで何度もこんなことがあったのだと実感する。
―――ドンドンドン。
再び聞こえた乱暴な音に思わず耳を塞ぐ。
ずっとこんな怒っているような音を聞いていたら精神的にやられてしまいそうだ。
母は物置として使っている部屋へと入り、こともなげに床を外すと中に入れと手招きした。
私は躊躇いがちにそこへ近づく。
中を覗いてみるとおそらく地中に続いているらしく、暗くじめっとした空気が感じられた。
迷っている時間はないと私は覚悟を決めてハシゴを降りはじめたが、身体が半分穴に埋まるかという位のところでハッとした。
「お母さん、これ1人分じゃ…?」
「そうよ。だからお父さんが囮になったのよ」
「じゃあ駄目だよ。お母さん入って」
私は穴から出ようと今度は急いでハシゴを登り始める。
「私はいいから瑠璃が入りなさい」
「嫌。私は組織の人間じゃないんだから捕まったって何とでも言えるんだから」
「入りなさい!!」
あと一歩で外に出られるというその時、母がすごい剣幕で怒鳴った。
そんな大声を出す母を生まれてから一度も見たことがなく、私は思わずたじろいだ。
それでも、そんな事はできないとばかりに、身体は母の言う事は聞かず穴から這い出ると、次は有無を言わさず母の身体を穴の方に押しやっていた。
「もう時間がない。早く」
それだけ小声で言って私は乱雑に置かれている家具の物陰に隠れた。
もし念入りに捜索されたらすぐに見つかってしまうだろう。
しかし何故かそれでもいいと私は思った。
ふと母の方を見るとまだ床が開いた状態になっている。
もしかして遠慮をしているのだろうか。
「早く閉めて!何してんの!」
小さく、でも鋭くそう叫ぶとノロノロと床が元通りになる。
これで最悪母は見つからないだろう。
ホッとしたのも束の間、気付けばドアを叩く音は鳴り止み、今度は廊下を進む足音が聞こえてきた。




