7
「まあいいわ。とにかく私の目的は達成されたから、あとはどうなってもいいのよ。あなたがリサイタルを開いて失敗しようと、野田さんとお付き合いを続けようと私は今の立場をキープするだけ」
何も言い返す言葉が見つからず、私は唇を噛み締める。
黙り込んだ私を尻目に、斉藤はそうきっぱり言い放った。
世の中そんなに甘くないのだ。
うまい話には裏があって当然。
けれど今回の件はさすがに堪えていた。
「…レッスンは続けて頂けるんですか?」
散々考えて出た言葉がこれだ。
苦々しい気分になりつつ自嘲する。
斉藤にとって私は野田への“お友達になりたい”という欲求を叶える駒だったとしても、それがいくら屈辱的だったとしても、彼女のネームバリューはやっぱり大きいのだ。
「あなたはこんな話を聞かされても、まだレッスンを受けたいというの?」
哀れみを含んだ視線が癇に障る。
「…はい」
それでも私は何でもないことのように頷いてみせた。
「……そうねぇ」
斉藤はそう言って黙り、少し考え込むような素振りを見せる。
「レッスンは今まで通り続けましょう。あなたの成り上がり願望も分からないでもないから。それに、あなたとの付き合いは今のところ私にとってプラスだわ」
その返答に多少なりとも安心した。
これで最悪の事態は免れたと。
「その代わり、今日の話は野田さんには内緒にしておいてね」
私に拒否権がないのを分かった上で彼女は眉を寄せ、形だけのお願いをしてみせた。
もちろんムカつきはしたけれど、私にとってこの件は割り切ろうという覚悟もできた。
「もちろん言いませんよ。言って楽しい話題ではないですから」
淡々と言い切ってやると、わずかだが斉藤が探るような目を見せる。そして、
「あなたと野田さんって…」
そう言いかけてはっと口を噤む。
思わず声に出してしまったと言わんばかりのその台詞に、私は静止を促す意味もこめて、正面から斉藤に微笑みかけた。誰が見ても愛想笑いと分かる、それでも有無を言わせぬ強い意志を持って。
「いえ、何でもないわ。これから色々楽しみね。さあ、随分脱線してしまったけどレッスンを再開しましょう」
斉藤は最後にちくりと嫌味を言うと、楽譜を手にとった。
私もピアノに向き直る。
その後はそれまでの会話なんてなかったかのように、真剣で厳しいレッスンが待ち構えていた。
野田とのことや自分の気持ちと、私のレッスンを完全に切り離して考え、決して私情に惑わされて手を抜いた指導をしない斉藤のスタンスは、流石一流の腕を持つプロなんだと実感させられた。
そのせいかこの時、私は斉藤に対して初めて好意のような感情を覚えていた。