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二度目の斉藤宅で尋常ではない緊張をしながら私は促されるままひと通り前回指示された曲を演奏した。
正直に言って満足のできる仕上がりではない。
そしてそれは当然ながら斉藤にも伝わっているだろう。
けれどこれが今の私にできる全てだった。
もしこれでレッスンが打ち切りになるようなことになったら、分かってもらえるように斉藤を説得するしかない。
「なるほどね」
演奏後、斉藤が独りごちて譜面台をカツカツと爪で叩く。
カツカツ、カツカツと規則的に刻まれるリズムに私の緊張は更に煽られた。
斉藤はひとつ息を吐くと私に向き直って言った。
「よく頑張りました」
「・・・え?」
予想もしていなかった言葉に私は思わず目を見開く。
そんな私の様子を見て斉藤は可笑しそうに笑った。
「なあに?そんな顔して」
「いえ。てっきり今日でレッスンは打ち切りだと言われるかと思ってました。その、前回教えて頂いたことが、うまくできなかったので」
動揺しながらも何とか思った通りのことを素直に伝える。
斉藤はそうねえ、と再び譜面台をカツカツ鳴らし始めた。
「確かに前回言ったことはできてないわね。けれど長年やり続けてきた癖をたった数週間で直せなんて、実際できることじゃないのよ。けれどアナタはおそらくタイムリミット内ででき得る限りのことをやってきた形跡が見られる。その努力は認めるわ」
斉藤は何でもない事のように淡々と、楽譜を眺めながら言った。
その言葉に私は肩の力が一気に抜けるような気がした。
良かった・・・これでまだ夢を繋いでいける、と。
「だからと言って安心してもらっては困るけどね」
釘を刺すようにちらりとこちらを見やりながら斉藤は言う。
試すような視線に普段なら苛ついたかもしれない。
けれど今は認めてもらえたような満足感の方が上回っていて、全く気にならなかった。
「はい。これからもよろしくお願いします」
この2週間の苦しみが報われた嬉しさに、不覚にも目頭がじんと熱くなる。
それを知られたくなくて、私は必要以上に深く頭を下げた。
なので、そんな私をつまらなそうに見つめる斉藤には私は気付けなかった。
「じゃあレッスンを続けます」
斉藤の一声で私は再び集中して鍵盤に指をおろす。
気分が高揚しているせいか、前回のレッスンよりうまく技術を吸収できている気がして、それがいっそう私の気分を良くさせた。