6
『この間は変なこと聞いてごめん。』
なんだ謝罪か。
ホッとしつつ次の文を読んだ瞬間私は目を疑った。
『でも瑠璃の秘密はつかんだ。もう故郷には帰らないの?』
バレたのだろうか。
どうして?どこから?
大体リョウは何の得があって私の出身地を知りたがっているんだろう。
野田には知られたくない。
リョウと野田の接点なんてないだろうけど、私の休みに尾行して写真を撮る男だ。
何かのきっかけで二人が対面する可能性はゼロではないのだ。
でももしかしたら、野田は出身地なんて気にしない人という可能性もある。
あれだけ私にベタ惚れなのだから、過去ごと受け入れてくれることはないだろうか。
冷静に考えてみるが、それはないと脳が答えを弾き出す。
地位のある者は異端を嫌う。
それはスキャンダルになるからだ。
社内で社長の女はカルト教団の巣窟出身なんて噂が広まれば、野田の地位も信用も危うくなるだろう。私だって全てを失った野田に興味はない。
とりあえずリョウに返信をしなければと携帯に向き直った時、玄関の鍵がガチャガチャと鳴る音がした。
携帯をダンボールの山に突っ込み、私は玄関まで迎えに行く。
「ただいま」
野田が私の顔を見てにっこり笑った。
「おかえりなさい」
私も笑顔を作って答える。
あまりにも甘い雰囲気に違和感を覚える。
「蕎麦買ってきたよ。馴染みの店で無理言って持ち帰らせてもらったんだ。やっぱり今日は引越し蕎麦食べないとね」
「ごめんなさい。本当は何か作りたかったんだけど」
思ってもいない謝罪をする。
形ばかりというか念のため。
「いいよ。今日は僕が買って帰るって言ったんだし」
野田の後をついてキッチンまで移動する。
麺つゆで食べるのかなとか考えながらウロウロしていたら、つゆも持って帰ってきたらしい。
テーブルに座り、その日あったことを話しながら蕎麦を食べる。
眩暈がしそうなくらい幸せなひとコマだ。
よく喋り、よく笑う野田に興味津々といった感じに相槌を打ちながら、これから先もずっとこの時間を過ごさなければいけないと思うとうんざりした気持ちになった。
それでも覚悟を決めてここに来たのだから、弱音を吐く資格は私にはない。
明日にはバイトも行かなければいけないし、自分の休みの日と野田の休みの日中をしのげばいい話だ。
できるだけ楽しそうに私は笑う。甘える。冗談を言う。拗ねる。
心を開いているかのように。
実際の私なんて一瞬でも匂わせてはいけない。
だからご飯の間も、テレビを見ている時も、野田がそろそろ寝ようと言い出すまで、私は神経を細かく張り巡らせ続けた。