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意味ありげにそんな事を聞いた割に、リョウは私の返答に「そっか」と拍子抜けするくらいあっさり引き下がった。
どうして今、地元の事を聞いたのか理由を尋ねたかったけど、それを聞いたら寝た子を起こしかねない。
もやもやした気分を晴らすように次々トーストを口に詰め込みコーヒーで胃に流す私に、リョウはさっきの緊張感はどこへやら、呑気に朝食についての薀蓄をたれている。
食べるだけ食べて自分の分の食器を洗い、約束が入ったからとだけ告げてさっさと荷物を取り上げた。
「また遊びにきてよ。瑠璃ならいつでも歓迎するから」
まだのんびりとご飯を食べながらリョウはヒラヒラと手を振りながら私を見送った。
私も愛想笑いを浮かべて手を振り返しながらドアを閉め、駅に向かいながら途中まで作って放置してしまった野田への返信を送信した。
一旦家で寝直そう。
不審なリョウの発言がどうしても気になるが、本人に聞けなかったのだから考えても仕方ない。
それよりも二日酔い特有の頭のだるさを綺麗さっぱりなくして野田に会いに行く事が今日1番の課題だと思う事にした。
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いつもの待ち合わせ場所で私はため息をつく。
いつだって私より先に着いていて、笑顔で私を迎えてくれる野田が今日は少し遅れている。
携帯を開く。特に連絡もない。
まだ10分程度待っただけだが、私はすでにイライラしてきた。
仕事で遅れているのなら仕方ないのに、何となく自分という存在を軽く見られているような気がした。
「ごめん遅くなって」
だから約束の時間より30分も遅く現れた野田に対してぶりっ子する事も忘れ、私は思いっきりイライラが募った顔をしていた。
「ごめんって。怒ってる?」
野田がからかうような面白がるようなトーンで頭を撫でるのも気に食わない。
「約束を守れない人は嫌い。遅れるにしてもメールする時間くらいあったでしょ?」
「これから気をつけるよ。ごめんね」
野田はわざとらしく神妙な顔をして頭を下げた。
それすらも子ども扱いしているような気がして、私は頭を撫でる手を振り払った。
今日の私はどうかしている。
いつも野田に会う時はきちんと大人の女を演じられていたはずなのに。
昨日リョウと会ったことで、若干気が緩んでいるのかもしれない。
レストランに入る。
野田は毎回違う、オシャレな店へ私を連れて行ってくれた。
そのどこもが高級なお店で、以前伝票を盗み見た時に予想を軽く上回る会計に驚愕したこともある。
もちろん私は一銭も払っていない。
少し申し訳なく思ってチェーンの大衆居酒屋に行こうよと提案したこともあるが「あまり美味しくないじゃない」と真顔で却下されてしまった。
いつもの通り、お任せのオーダーも済み、野田は正面から私の顔を覗き込んだ。
「まだ怒ってんの?こんなに感情を出す瑠璃ちゃんは貴重だなぁ」
その呑気なセリフに、一旦静まりかけたイライラが再びぶり返しそうになった。
今日の私はどうかしているとさっき思ったが、今日の野田も負けず劣らずどうかしたようにしつこいと思う。
「仕事が長引いちゃったんだよ。瑠璃ちゃんのバイトは終わる時間がきっちりしてるかもしれないけど、色々あるんだよ。まあ、会社勤めしたことない人にはピンと来ないかもしれないけどね」
喋りながら野田の笑顔がなくなっていく。
目線を横にずらし、誰に聞かせるでもない風に言う様子は吐き捨てる、そんな表現がしっくりくる。
これは少しまずいかもしれないと頭の片隅で黄色信号が点滅するのを感じて、私はイライラしていた気持ちを抑え頭を下げた。
「ごめんなさい。ちょっと神経質になっちゃって」
「気にしてないよ。僕もちょっと言い過ぎた」
そうは言いつつも野田の顔に笑顔は戻らない。
それを見ながら笑みを浮かべない野田はこんなにも冷たそうな印象を受けるもんなんだな、と場違いで能天気な発見をした。
「気にしてないと言えば。瑠璃ちゃん、昨日は何してた?気になることがあるんだけど…」
「昨日?バイトだったよ」
「…その後だよ」
背中に冷や汗が伝うような冷たい感触が広がった。
リョウとの事がバレているのか?
いやそんな訳ない。
じゃあメールをすぐ返さなかった事を言っているのだろうか。
…それも考えにくい。
今までだって返信が翌日になってしまったことは多々ある。
その時には取り立てて何か言われたことはない。
昨日の事を聞かれると予想もしていなかった私は、不覚にも一瞬言い訳を考えるために間を作ってしまった。
それを感じたのだろうか。
野田の刺すような視線を感じながら、私はとにかく口を開いた。