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「お疲れさまでした」
その日の仕事を終え、一言声をかけると私は店を出た。
明け方の路地。いつもは人通りもまばらなのに、今日は酔っ払いや若者で人が溢れている。
初詣帰りなのか、これから行くのか。はたまたお祝いムードでオールをした集団か。
私はひどく冷めた目で彼らを眺める。
たかが1月1日だ。それだけで何をこんなに騒げるのだろう。
普段抑圧されたストレスをこの機会に発散させているのだろうか。
地球はまたひとつ終わりへと進んだというのに。
視線の先の浮かれた集団を目で追いながら彼らの心中を図ってみる。
だが、当然ながらどうでもいいという結論に達した。
急速に興味を失ったそれらから目をそらし、足を早めて地下鉄の入り口へ向かった。
運よくちょうど来ていた電車に乗り込むと、車内の暖かさに思わずため息が漏れる。
毎年のように暖冬だと告げる気象予報士はきっと南極出身に違いない。
こんなに寒いのに暖冬なんてよく言ったものだ。
そんな事を考えながらマスクの中で小さく咳払いをする。
ピアノを弾かない時間は他の女の子と同様フロアで接客をしているので喉が痛い。
今日は羽振りのいいお客さんについたので、テンションを上げてたくさん喋った。
元々私は社交的な人間ではないが、売り上げが関わってくるのなら話は別だ。
その分自分に報酬が入ってくるのだから。
でも普段とは違う嬌声を長時間発し続けたので精神的にやられてしまった。
地下鉄の真っ暗な窓に映る自分のげっそりした顔を見ながら私は欠伸を噛み殺した。
マンションにたどり着いて真っ暗な部屋のドアを開ける時は、いつも少しだけ寂しさを感じる。
けれど一人暮らしをしたいと小さい頃から切望していたのは自分だ。
下らないな。寂しいなんて感情は根こそぎ刈ってしまわなければ。
そんな下らない感情のせいで、少しずつ築いてきた強い私像が崩れてしまうのは御免だ。
私は強く部屋のドアを引き、電気をつけることもせず疲れた身体を引きずって、お風呂にお湯を溜めるため浴室へ直行した。
窓の外にはチラチラと雪が舞い始めていた。