表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わる、世界  作者: 美咲
第2章
17/64

結局数時間しか寝る事ができなかった。

『MB』で適当に客に愛想を振りまきながら、私は欠伸を噛み殺す。


今日は例の野田は来ていない。

昨日来たばかりだし、さすがに2日続けては来ないだろうと分かっている。

しかし私の意識は絶えず入り口の豪華なドアに向けられていた。


「それでさ」


隣に座っていた客が上の空の私を察したのか太ももに手を置く。

エロオヤジが、と心で毒づきつつ笑顔のままさりげなく避けた。

感じ良くオヤジに大げさな相槌を打ちながら、頭の中では野田のことばかり考えていた。

やっぱり昨日、もっとアピールをしておけば良かったかな。

でも初めて会ってすぐに次に誘ったらがっついているのがバレバレだ。

適度な距離の駆け引きが大事なのに、と自分に言い聞かせる。


「瑠璃ちゃん、さっきから話聞いてる?」


エロオヤジが少し咎めるような声で私を覗き込んできた。気を抜きすぎたらしい。

しまったと愛想笑いを浮かべなおし、


「ごめんなさい。ちょっと寝不足で」


と可愛らしく上目遣いで謝ってみる。


「寝不足って?眠れないの?」


ブリッコ効果か、すぐにオヤジは機嫌を直し話に食いついてきた。


「ピアノの練習してたら寝る時間なくなっちゃって…」

「…ピアノ?ここで弾く曲の練習?そんなの誰も聞いてないんだから適当にやればいいんだよ」


その言葉に私の笑顔は固くなった。睨みつけたくなるのを堪え両手をキツく握り締める。

オヤジにしてみれば確かにピアノ演奏なんてどうでもいいかもしれない。

でも私はそうではない。客の大半はこのオヤジと同じように考えているのも分かっている。

分かっているけれど、言葉にされてしまうほど私の演奏はどうでもいいという事なのか。


それでも私は笑顔で「そうですね」と答えてみせた。

内心はそのオヤジに対する敵意でいっぱいだったけれど。


オヤジの何気ない言葉は思ったよりダメージが深く、その日のステージは良い出来とは言えないものになった。

どうせ誰も聞いてないのに、という声が頭の中に残っていて、それを振り払うべく音に集中しようと焦る。

けれど、意識すればするほど演奏はボロボロになっていった。


「今日は調子悪いの?」


俯きながらさっさとステージを降りたところで聞き覚えのある声がして、ハッと顔を上げた。


「・・・野田さん」

「また、来ちゃったよ」


泣きそうになっているだろう私の顔を見て一瞬眉をひそめ、すぐに気付かないふりをして笑みを浮かべる野田に心がフワっと軽くなった。


「調子悪く聞こえるくらい、私の演奏ひどかったですか?」

「良い悪いはよく分からないけど、元気がないなぁと思って」

「・・・そうですか」


 せっかくのステージなのに演奏者失格だ。


「今日は来るつもりなかったんだけど、昨日瑠璃ちゃんと話して楽しかったからまた来ちゃったよ。今

からまた休憩でしょ?終わったら話したいな」


「本当?ありがとう。じゃあ後で」


野田の言葉に作り笑顔ではない本物の笑顔で答える。

さっきまで自分を覆っていた重い空気が綺麗さっぱりなくなっていることに私はその時気付いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説ランキング登録しています→Wandering Network
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ