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終わる、世界  作者: 美咲
第2章
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喉の乾きに気付いて窓の外を見ると太陽は高く昇っていた。

熱いコーヒーが飲みたい。ピアノから離れて真っ直ぐにコーヒーメーカーへと向かう。

まだまだ譜読みは終わりそうもないけれど、睡眠もとらずに長時間ピアノに没頭していたせいで、身体も目も疲れてしまった。


ふと、楽器店で楽譜を買った時の袋から、近々行われるらしいコンサートのちらしがはみ出しているのに目が留まる。

店が機会的に袋につめこんで配っているだろうその紙を引っ張り出し、コーヒーを飲みながら何の気なしに眺めた。


人気アーティストのDVDの宣伝。

売れない演奏家のコンサートの告知。

小さい子向けの音楽イベントのお知らせ。


ちらしは膨大に入っており、資源の無駄遣いだと真っ当な理由を呟きながら、呆れ気味にそれらを投げ出した。

けれど、ちらしに載っているアーティスト達は皆笑顔でこちらを見ていて、私の胸はどうしようもなくギュっと締め付けられた。


自分の好きな曲を選んで披露する。

照明の輝く舞台と客の拍手喝采。

今のBGM的なバイトとは違い、私の演奏を聴きたいと思って人が集まってくれるなんて、考えるだけでも胸が躍ることだ。


でも現実には。

コンサートホールを借りるお金は貯金すれば何とかなるが、無名の小娘が演奏会を開いたところで誰も興味を持ってくれないだろう。

晴れの舞台にスカスカの客席なんて、想像するだけでも心が折れそうだ。

コンクールで賞をとるなり、有名大学を出てコネクションを作るなり、顔の広い人に宣伝してもらったり、何らかの行動を起こさなければ集客は難しいだろう。

そう思って以前コンクールを受けた事もある。

でも結果は惨敗。予選すら通らないのが現実だ。


今のこの世界の状況で、ピアノなんて需要も低くなってきている。

音楽は心の栄養ですなんて言われているけれど、それだけで食べていける人なんてほんの一握りだ。


数の減ってしまったコンクールに出場するのは、才能に満ち溢れた精鋭隊ばかりだった。

事実、どのコンクールだって入賞は同じ名前が並んでいる。

片手間にやっている人や、ほぼ独学でまともにレッスンを受けていない私なんて特に、失笑を買っておしまいなんてのも当然と言えば当然の事だろう。


空になったコーヒーカップを握り締める。

温もりの残ったカップがこの悔しい感情を吸い取ってくれることを願って。

世の中は私を受け入れないようにできている。

被害妄想が現実味をおびて私に押し寄せてくる。

あの町に生まれた時点で、私の人生はくそったれにしかならないのか。


慌ててネガティヴな考えを頭から押し出そうと私は目を瞑った。

落ち込んだところで何も変わりはしない。

底辺には底辺なりの生き方があるのだ。

そのプライドを捨てるのは、万策尽きてからでも遅くはない。


「絶対負けない」


しんとした部屋に私の独り言が響いた。

何に対して勝負を求めているのかは分からない。

ただ、負けたくない。

存在しない敵に向かって私の闘志は一瞬にして高く燃え、しばらく胸の中を焼き続けた。




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