12
久しぶりにそのリョウを目の前にして、
私は過去にタイムスリップしたかのような気分を味わっていた。
夕方のカフェは場違いなくらい明るい。
むせ返るほどのコーヒーの香りと、和やかな談笑の声。
路地に面した席から窓の外を見れば、コートに身を縮めるように歩く人の群れに、
まるで異世界にいるような錯覚に陥る。
「もう4年かぁ」
言葉がため息と混じって口からこぼれ落ちてきた。
たかが4年。されど4年だ。
その間1人で頑張ってきたのか、そう思うと感慨深いものがある。
「お前急にいなくなったからビックリしたよ。ファミレスに行った時に聞いたら、バイトも突然辞めたらしいじゃん。探そうと思ったけど瑠璃の地元の話って聞いた事ないから、どこに行っていいか分からなかったし。あの時はさすがに参ったよ」
コーヒーを手持ち無沙汰にかき混ぜながらリョウは苦笑しながら言った。
当然ながらリョウにも故郷の話はしていない。
「上京するとは言ってたでしょ?」
「言ってたけどさ」
告白してそのまま音信不通になるとは思わなかった。
リョウの表情がそう語るけど、私はあえて気付かないふりをする。
大体上京する時期を宣言してた訳ではないから、いつしようと私の勝手だ。
話題を変えたくて私は顔を上げ、質問を投げかけた。
「リョウは今、何してるの?」
「・・・知り合いの会社で働いてるよ」
「へえ。会社員ってガラじゃないから意外だね」
記憶の中のリョウと今の肩書きがあまりにも似合わなくて思わず笑ってしまう。
このケンカっ早い男もスーツを着て満員電車に揺られているんだろうか。
年月が性格を丸くするというのも、一理あるのかもしれない。
「まあ、普通の会社じゃないから・・・」
私の笑う様子を興味深げに見ながらリョウが何気なく濁した言葉に、私は笑うのを止めた。
(やっぱりか)
こんな世の中で失業者だって溢れているのに、リョウを雇う会社なんかマトモな訳がないのだ。
普通ではない会社の人もバイト先のクラブには来るし、そんなに珍しい事ではない。
でも関わって得をする事もないので、私は黙ってコーヒーを口にする。
「瑠璃が笑うのって珍しいよな」
仕事の話から話題がそれてホっとしたが、あんまりな言葉に返答するか迷った。
「そんなことないよ。昔テレビ見て笑ってたでしょ」
「いや、そういうんじゃなくて。まあ今のも本当の笑顔とは違うな。多分昔から笑顔ができないんだよ。心から幸せって感じた事ないだろ」
「人の事言えないじゃん」
大きなお世話だったのでばっさりと斬る。
リョウにそんな事を言われるとは意外だった。
こんなに他人に関心を持って観察できる奴だっただろうか。
それとも4年という歳月が彼を少しずつ変えたのだろうか。
「俺は変わったんだよ。少しだけな」
私の思考を感じ取ったのか、そう言って笑うリョウに少し寂しさを感じた。
似ていると共感して一緒にいたあの頃の彼はもういないのかもしれない。
置いて行かれたような妙な疎外感に、胸が一瞬締め付けられる。
それからしばらく思い出話やお互いの近況を話すうちに、
気付けばもうバイトに向かう時間が迫っていた。
「もう時間?まだ色々話したかったんだけどな」
名残惜しそうなリョウの声に「また会えばいいでしょ」と私はコートに袖を通しながら苦笑いして返す。
正直、私も話し足りない気分だった。
「アドレス教えて。…瑠璃が迷惑でなければ」
どこか遠慮気味に言うリョウと、手早く連絡先を交換して私は席を立った。
急がないと遅刻ギリギリになってしまう。
「今度ゆっくり会おうな」
そう言って手を振るリョウに手を振り返し、私はカフェを後にした。
冬の冷気が首筋から入り込み、ひとつ身震いする。
けれど久しぶりに友達と呼べる人と話したおかげか、心にはまだ温もりが残っていた。