#96
「しかし、コーイチさんって、思ってたよりもいい身体してますね」
ひょこっと顔を出してきたのはレオ。ジイッと、まじまじ浩一の身体を上から下まで見て回る。
変な気がない、というのは理解しているが。それはそれとして少し毛恥ずかしい。
「まあ、レオには負けるけどね」
「俺ですか? まあ、俺は腕っぷしと体力だけが取り柄ですから!」
レオはそう言うと、少々力んで、ガッシリとした健康的な肉体を見せつけてくれる。
「でも、たしかにコーイチさんの身体、しっかりとしてますね。僕よりちゃんと筋肉ついてそう」
いちおう、最初は現場として採用されてたんですけどね、と。ルイスが小さく苦笑いをする。
「まあ、俺の場合はなにかあったときに動けるように、くらいのつもりでそれなりには鍛えてるよ。元から多少はやってたけど、最近は特にね」
浩一の場合は、ほぼ常にアイリスが周りにいるというのも小さくはない要因である。
以前、移動中に賊に襲われたということもあり、最低限有事の際に対応できるように、と。
まあ、そもそも独力での魔法が使えないという点で大きく足を引っ張っているのだけれども。それでも、なにもしないよりかはマシであろう。
「最近はデスクワークばっかりだったけど、僕もそうしておくほうがいいのかなあ」
「お、ルイス。トレーニングするなら付き合うぞ!」
「レオくんのトレーニングに、僕がついていけるかなあ……」
相変わらず、ここのふたりは仲がいい様子である。
見ていて微笑ましく思えてくる。
「しかし、それだけいい身体をしてると、モテそうっすよね、コーイチさん。運動もできて、頭も良くて、仕事も……やりすぎなくらいですけど、できますし」
「えっ、俺が?」
ふと投げかけられたその質問に、浩一は首を傾げる。
同時、ルイスはというと首がもげそうな勢いで頷いており、はたしてどうなのだろうか、と。
「いやあ、それなりだとは思うぞ? 身体つきで言えばレオとかのほうが凄いだろうし、俺より頭がいい人なんてごまんといるだろうしな」
「そうなんすか?」
「実際、好意を寄せてくれる人がいないとは言わないけど、そのほとんどは友愛とか親愛に近いものだしな」
いちおう、フィーリアの存在はあるけれども、わざわざここで言うものでもないだろうし。
仮に彼女のことを数えたとしても、いわゆるモテている、という換算になるのかというと難しいだろう。
と、説明をしたのだが。
「ちなみにルイス。これ、どっちだ?」
「たぶん、レオくんが思ってる方だよ」
「……なるほどなあ」
なにやら浩一をよそに、レオとルイスが、コソコソと会話を交わしていた。
「なんというか、大変っすね」
「えっ? ああ、そう、かもな?」
「あー……まあ、コーイチさんもですけど。主には、周りの人たちが」
「…………?」
いったいなんの話だろうかと浩一は首を傾げていたが。
やはりルイスは、全力で頷き、肯定を示していた。
浩一たちのシャワータイムが終わり、入れ替わりで、女性陣の時間。
「実際覗かれたら困るというのはそれとして置いておくけどさ」
どこか複雑な感情を顕にしながら、風花がそうつぶやく。
「全く持って興味を持つ素振りもない、ってのは。それはそれで複雑なのよ」
「まあまあ、皆さん健全な方、ということですから」
理不尽な怒りを顕にする風花を、フィーリアがなだめる。
当然ではあるがシャワー用の場所などが特別に準備されているわけではないが。他に誰かがここにいるというわけではないので、男女どちらかがテントの中に入ることによって対応をしていた。
男性陣のテントへと向かっていく浩一たちに向けて「覗くんじゃないわよ?」と、冗談半分で伝えた風花だったのだが。
しかし、本当に興味なさそうな様子で三人ともテントの中に入っていった。
安心、といえばそのとおりなのだが。
「ムカつく。こちとら主にアイリスちゃんなんかが、待ってる間気が気じゃなかったっていうのに」
「フーカ様!? ですから、あれはそういうわけでは……!」
風花の言葉に、まだお湯も浴びていないというのに、アイリスは湯だったように顔を真っ赤にした。
先刻まで外でシャワーを浴びていた間、当のアイリスはというと周りの全員から見てわかるレベルでソワソワしていた。
「あれは、先程の話がありましたので、こう、なんといいますか」
「想像しちゃったんでしょ? 浩一の裸」
「はだ――っ!」
「私は想像いたしましたよ?」
「フィーリア様!?」
唐突に成されたカミングアウトに、アイリスが目を剥く。
なお、マイペースの権化たるマーシャは「早くお湯浴びない?」と、既に衣服を脱いでスタンバイしていた。
そんな彼女に引っ張られるようにして、全員も準備をしていく。
その間もアイリスだけは「裸……裸…………」と、悶々とした感情でやや上の空であった。
「しかし、服の上からでもそれなりにわかってはいたけれど。改めて直に見ると、すごいわね。……主には、ふたり」
風花は気づかれないように、小さな声でそうつぶやく。
それも、なんの偶然か。浩一に好意を寄せているふたりである。
ちなみに、フィーリアのほうが少し大きい。
自分自身もそれなりにはある方ではあるはずなのだが、このふたりを見ていると基準がおかしくなりそうである。
なお、マーシャについては、ないわけではない、という程度である。
「これが隣にあるっていうのに、一切興味を示さないって。あの三人はどうなってるのよ全く」
怒りを通り越して、もはや呆れやあるいは心配のほうがやや勝ってきていた。
その怒り自体がそもそも理不尽であるというのは気にしないことにしておく。
「特に、主には浩一よね。ふたりから事実上迫られているというのに、気にしていない。……いや、いちおうフィーリアさんの方は気にしているのか」
ただ、どちらかというと。風花自身その確証を握っているわけではないのだが、おそらくは真っ直ぐに好意を伝えられて、その上での自覚なのだろう。
そういう意味では、やはり、現状のアイリスでは攻めるための勇気を持てていない側面がどうしても足を引っ張ってしまっている。
風花個人の認識としては、友人として、アイリスのことを応援してあげたい気持ちはたしかにありはするのだが。
だが、それと同時に。姉としての風花は、浩一が幸せになることが大切、という認識もある。
そういう意味でも、フィーリアの行動を咎める気にもなれない。
まあ、そもそも他人の恋路に下手に足を突っ込むこと自体が無粋ということもあるのだけれども。
「……なんていうか。なにがしたいんだろうな、私」
「おねーさん、どうしたのっ?」
「わっ、マーシャか。どうしたの急に」
いつの間にやら、背後に回られていたようである。
風花は少し驚きつつも彼女の方に向き直ると。不思議そうな表情をマーシャは浮かべていた。
「どうしたの、は私の方だよ?」
「……そういえば、先に言われてたわね」
「うん。さっきからお湯にあたったまんまでなにもしてないから、なにかあったのかなって」
「そう、ありがとね。まあ、お湯が気持ちよかっただけだから心配しないでいいわよ」
「たしかに、いっぱい汗をかいたから、お湯がとっても気持ちいいね!」
ぴゃーっ、と。楽しげな声を出しながらにシャワーを浴びるマーシャ。
どうやら、思わず口をついた言葉が聞かれたとか、そういうわけではないらしい。
下手な心配をかけて、キャンプに心配事を持ち込むべきでない。
よし、と。ひとつ切り替えるようにして、風花は顔を洗った。